開花、究極スキル
フェアトは石造りの通路を走っていた。
ガラクを倒したあと、急いでパイが向かったはずの道を進んでいるのだ。
「結構時間が経っちまったな、先生!」
「ええ、急がなければ!」
フェアトの走る速度はケイローンの加護で速まっており、仔馬のメラニと同じくらいになっている。
星見で占った道が正しければ、距離的にパイに追いつくまで2分程度だろう。
敵意を持ったイカと、商人がいるのだから急がなければならない。
パイは防御に関しては障壁でなんとかなるが、攻撃の手段は持っていないからだ。
「――見えてきたぜ! 扉だ!」
「開けます!」
最初の入り口と似た扉があったので、フェアトは大急ぎで開けた。
そして、向こう側の砂嵐の光景を見て驚いた。
「これは……!?」
集中して観察すると、砂嵐には魔力が籠められている。
用心して矢の先にハンカチを結びつけ、それを砂嵐が舞う部屋の中へ差し出す。
「うわっ、先生のハンカチがボロボロだぜ!?」
「なるほど……」
フェアトはこれだけで理解した。
理解した上で、躊躇せず行動する。
「メラニ君はここで待機……いえ、〝英雄の教室〟でニュム君と協力して薬草などの治療準備をしておいてください」
「せ、先生はどうするんだぜ!?」
「もちろん、こうします」
フェアトは眼球を両腕で庇うようにしながら、砂嵐の中へ〝超速〟で走って行った。
背後から『馬鹿かー!?』と聞こえたような気がした。
そして、パイが障壁を張って耐えているところに到着したのであった。
「は、早く入ってください!!」
一瞬だけ障壁が消滅して、パイに抱き締められるかのように引き寄せられる。
「
「パイ君、大丈夫ですか!?」
再び障壁が復活したが、その間に入ってきた砂塵によってパイも軽い擦り傷を負っていた。
しかし、パイはそんなことを気にせずフェアトの方を睨み付けてくる。
「あたしなんかより、お師匠様の方がずっと酷い怪我じゃないですか! 馬鹿なんですか!?」
「ハハハ……メラニ君にもさっき言われた気がします」
「こんな中をあたしのために走ってくるとか、本当に大馬鹿ですよ……! もっと命を大切にしてください!!」
「そうですね、心配させて申し訳ないです。でも、僕にとってはパイ君の命も、とても大切だったのです」
それを聞いたパイは、目を大きく見開いて、驚いたような顔をしていた。
フェアトとしては当たり前のことを、当たり前に告げただけなのに。
「た、大切……ですか……あたしなんかの命が……」
「ええ、生徒の命ですから。僕の命よりも――と言うとまた馬鹿と言われるので、僕の命と同じくらい大切ということにしておきましょう」
パイは眼に涙を溜め、諦めたような表情をしていた。
それは数分前の『命を諦めた』という意味とは違い、『もう諦める事を諦めた』というものだった。
「ズルいなぁ……お師匠様は……。こんなタイミングで、そんなことを言われたら……」
パイは頬を紅潮させて、自分でも恥ずかしいと思うセリフを口に出そうとしていた。
だが、そこはフェアトである。
ムードを気にせず、障壁内に落ちていた星砂を見つけると、嬉しさのあまり歓声を出しながら観察を始める。
「ほおおおお!! これは珍しい砂ですね!」
「あたしは――」
「一見、砂浜などに落ちている星砂に見えますが、どうも材質が違う。通常、星砂と呼ばれる物は有孔虫と呼ばれる小さな生物の死骸ですよ、死骸。正確にはその殻で出来ています」
「って、お師匠様!? 聞いていますか!? 知識欲を爆発させて聞いていませんね!?」
「しかし、よく観察するとこれは殻ではない。石でもなく、何か金属のようにキラキラしているような。そして、これが障壁の中に入った途端、砂嵐として機能しなくなったのは風の影響……いえ、魔力の供給を絶たれたからですかね。なるほど、なるほど。活路が見えてきましたよ」
「はぁ~……」
パイは深いため息を吐いて、頭を切り替えることにした。
今はどうやってフェアトと一緒に助かるかが問題なのだから、他のことは後回しにしようと決めた。
「サラサラっと……」
フェアトは暢気に手稿を執筆していた。
さすがにパイも一言ツッコミを入れる。
「お師匠様……一日中そうやっているつもりですか? あたしの障壁が持ちませんよ……」
「ああ、すみません。丁度、スキルのためのポイントが貯まりそうだったので」
「スキルって、あたしのスキルですか?」
「はい、その通りです。パイ君のスキルで、星砂の巨兵を倒してしまいましょう」
「ど、どうやってですか!? そもそも、相手のことすらわからないのに――」
「実は、事前にジンさんから試練の内容をカンニングしておいたのですよ」
「きょ、教師としてそれはいいんですか!?」
「今回だけの特別な措置です。二人だけの秘密にしておきましょう」
「ふ、二人だけの秘密……まぁ二人だけの秘密なら問題ないですけど……」
なぜかパイは『二人だけの秘密』というのを強調して、まんざらでもなさそうだ。
フェアトは首を傾げながらも話を続けた。
「本来の試練の内容は、あの星砂の巨兵が人型のままで、体内をコアが自由に移動していて、その場所を当てるというモノでした。コアを当てると、それが排出されて、しばらくすると星砂の巨兵が崩れ落ちるという演出ですね」
「な、なるほど……つまり、コアに攻撃を当てれば砂嵐が止む可能性があるんですね」
「その通りです」
「でも、どうやって攻撃すれば……」
パイは周囲を見渡した。
狭い球体の障壁の中で、押しくらまんじゅうに近い状態でフェアトと二人きりだ。
球体の外は恐ろしい刃のような砂嵐で視界が悪い。
コアを探すために移動しようものなら、障壁のコントロールが不安定になってしまう。
「そこで僕の〝星弓〟を使います」
「し、視界が悪すぎて、コアをピンポイントで狙うなんて出来るはずが――」
フェアトは手稿を開いて、ある項目をパイに見せた。
【パイ・スターゲイジー】
【授業効率Ⅰ】
【占い的中率Ⅰ×】
【占い速度Ⅰ×】
【占い強度Ⅰ×】
【水晶玉投げⅠ×】
【究極スキル×】
「これは、あたしの……」
「一番下のところに目をこらしてください」
「……究極スキル」
文字が浮かび上がってくる。
【究極スキル×】予知必中の星射。フェアトを星見の力で強化して、1%でも可能性があるのなら必ず当たる神の一射を授ける。解放条件は互いに命を預けられる親密度。
「ポイントも丁度貯まったので取得可能です。あとはパイ君の意志だけで――」
「も、もうここまで来たら
「元気があってよろしい。では、取得します」
手稿を操作すると、二人の中に何かが流れ込んできた。
不思議なことに〝何をどうすればいいのか〟というのが、一瞬にして理解できた。
「よし、それじゃあ――」
「ちょ、ちょっと待ってください、お師匠様!? ここだと物理的に弓が撃てないじゃないですか!?」
理解して、パイは気が付いた。
弓を放つという動作が見えたのだが、それは弓を引き絞るという関係上、ある程度の空間が必要になるのだ。
それは明らかに障壁のサイズとは異なる。
しかも、そもそも障壁が矢を通さない。
「ああ、それなら心配はいりません。上手く障壁を操作して、前方をちょっとだけ開いてください」
「えっ!? そうしたら砂嵐が……」
「大丈夫、僕の腕しか出ないようにしますから」
「だ、だから砂嵐が――」
「では、始めましょう」
もし言うとおりにしたら、フェアトの腕だけが砂嵐に晒されて、二度と腕が使い物にならなくなるだろう。
それを理解した上で、始めようと言っているのだ。
パイはどうしても実行することができない。
「おや、どうしましたか?」
「だ、だって……これをやったら先生の片腕が……」
「そんなことですか」
「そ、そんなことって!?」
「忘れたんですか? 以前、言ったじゃないですか。生徒のためなら片腕を斬り落とされても構わないと――」
たしかに以前、ジンに向かってそう言っていた。
アレは本気だったのだ。
パイは言葉が出ない。
彼は、きっと後悔することになるのだろうと思ってしまった。
幼いパイが一時の興味で、両親を占ってしまったときのように。
「パイ君、そんな顔をしないでください。それにまだ確実に腕が使えなくなると決まったわけではないんですから」
「……お師匠様は、きっと何を言ってもやるんですよね」
「ええ、はい。その通りです」
(だったら、あたしが何とかするしかない)
パイは内心震えていた。
大馬鹿な教師を持ってしまって怖くなったからではない。
今から密かに挑戦しようとすることが、神をも恐れぬ行為だからだ。
「お師匠様。昨日、徹夜で教えてもらった暗号のところ――使わせてもらいますよ」
「パイ君の判断にお任せします」
この世界の不思議な現象、スキルや魔術などは、自分以外の存在から力を得て行使することが多い。
たとえば、火の魔術なら火の精霊という感じだ。
パイが使う星見は〝星の精霊〟から力を得るのだが、本来は〝違うモノ〟から加護を受けていた。
あまりにも強力で、運命を固定化させてしまう原因となる上位存在。
その上位存在の知識を高め、理解し、受け入れることによって加護の精度を上げることができる。
「お師匠様。今思えば、入り口にあったレリーフ――羊、弓矢、月桂樹、竪琴、太陽は
「ええ。ここはある意味、星見の力を最大限に高める場所なのかもしれませんね。それこそ一度きりの
パイは今度こそ覚悟を決めた。
結果がどうなっても、もう絶対に後悔しないように。
お師匠様が、自分を選んでくれたことを後悔させないように。
精一杯の力を出し切る。
とある異界の神に祈りを捧げ、真の星見を開始する。
(占う――違う。未来を視て、その中から最高の運命を掴み取る!)
相変わらず地下にも関わらず、全天球モニターとなった障壁の上下左右すべてに星々が表示される。
この宇宙に散らばる星々を感じ取り、流れに身を任せて、星座となっている神々から力を得て星見をする。
演算に次ぐ演算。
身体全体が未来を計算する回路となり、数字をはじき出していく。
数字は点となり、繋がって線、線は無限に均しい未来を形作る。
そのすべてを途方もない体感時間で視てきてた。
針に糸を通す、いや、海岸に落ちた一粒の砂を探すような地道で気が狂いそうな作業だった。
それでも人生で初めてみせる本気の執念を発揮して、たった一つの煌めく可能性を掴み取る。
体感時間、数百年――答えを得たパイは、いつもとは違う自信に満ち溢れた良い笑顔をしていた。
脳へのダメージで吹き出てきた鼻血をグイッと拭いながら言った。
「今度こそ、今度こそ星見で守る――……障壁、開きます!!」
障壁の前方が弓と腕一本分だけ開き、フェアトはそこから手を出した。
なぜか砂嵐の触れてくる感覚がないが、それは気にせず〝星弓〟を出現させた。
そして、究極スキルを開始する。
「銀弓で名高き異界の神よ、我らに力を与え給え――」
パイの眼が星のようにキラキラ輝いていた。
その眼と同じ銀色が〝星弓〟を再構築していき、二人は同調し始めた。
弓は竪琴をモチーフとした神々しい逸品を形取り、いつの間にかフェアト自身も眼が金色に輝き、魔力で織られた赤いマントと月桂樹の冠が装着されていた。
「――いきますよ、パイ君!」
「はい! お師匠様となら!」
「これが二人の力です――
銀の閃光。
輝きは砂嵐を切り裂いて一直線に進み、まるで見えているかのように――否、それは未来予知。最初から全て結果が〝
終焉をもたらす銀の矢は、吸い込まれるかの如くコアを貫いた。
この究極スキルは1%でも可能性があるのなら、それを手繰り寄せ、絶対に命中させるという非常に強力な因果律操作だ。
たとえ見えない場所に撃ったとしても、届く距離ならば確実に射貫くことができる。
「――授業、終了です」
コアを貫かれた星砂の巨兵は活動を停止。
コアから伝播するように砂嵐が止み、ザァッと降る大雨のように落ちていった。
キラキラと煌めくそれは、一瞬だけ星々のように見えた。
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