ダンジョンボス、星砂の巨兵
一方その頃――先行していたイカと商人は最奥の間へと辿り着いていた。
「うひゃひゃ! ここが最奥の間……〝お宝〟がある場所ですか!」
見渡しても果てが見えない。
地下とは思えない部屋になっている。
不思議なことに壁も柱もないため、たとえるのなら古代建築の広場という感じだろうか。
その奥に三メートルほどのゴーレムが立っていた。
一見すると石素材だが、よく見ると小さな星の砂の集合体である。
「イカよ、あのゴーレム――
「ははっ! 心得ております!」
イカはオドオドしながらも星砂の巨兵に近付いた。
すると、星砂の巨兵がやけに反響する声を出した。
『人の子よ、我が試練を受け――』
「はっ、試練なんて受けませんよ! アナタの目的はコアなんですから!」
声を最後まで聞かず、イカは星砂の巨兵の胸に埋まっていたコアに手を伸ばし、それを強引に引き抜いた。
『……愚かなり、人の子よ』
「えっ!? 商人さんの話だと、引き抜けば動きが止まるってことじゃ――」
星砂の巨兵は怒りを露わにして、その大きな拳でイカを殴りつけた。
「ブァギャッ」
イカはよく聞き取れない小さな悲鳴をあげて、吹き飛び、転がり、遠くまで飛ばされていった。
それと同時に、一人だけ先行していたパイが最奥の間に到着した。
***
「え、えーっと……」
不思議な空間、三メートルの巨人が崩れかけていて、それに殴られたらしきイカが弾丸のように通り過ぎていった。
詳細は理解できないが、明らかに何かヤバいと感じる。
フェアトと離れたことで、パイ本来の臆病な性格が出た。
回れ右して帰ろうとしたのだが――
「お、お取り込み中ですよね……? 失礼致します……ふへへ……」
『待て、人の子よ』
「ピギィィィイイイ!?」
星砂の巨兵の声にビビり、締められたガチョウのような声が出てしまった。
『資格無き者がコアを奪い取ろうとするのは許さぬ。我を倒して資格を示せ』
「勘違いですうううぅぅ!? コアとかいうのは知りませんし、もらうのは星見の資格だけでいいんですぅぅぅ!?」
星砂の巨兵は落ちていた球体――コアを掴んで、自らの胸のところに嵌め直した。
そして、その身体が崩れ始め、霧のように空気中に散っていく。
「な、何が起こるんですか!? これ、試練がバグってませんか!?」
砂嵐となった星砂の巨兵は、その一塊をパイに飛ばしてきた。
右腕の袖のところに掠ったのだが、見事に布の服がボロボロに破けていた。
「ひぃぃぃぃ!? なんですかこれ、なんですかこれぇぇぇ!?」
パイはパニック状態に陥った。
そして、とっさに呪文を唱えて星見の全天球障壁を展開する。
そのおかげで次に襲ってきた砂嵐を防ぐことができた。
「はぁはぁ……。これ、もしかして砂嵐が細かい刃みたいになっていて、当たると……」
ボロボロになった右袖から色々と想像してしまう。
もし、服ではなくて、真っ正面から全身にこれを浴びたとしたら、服がボロボロになるだけでは済まない。
皮は裂かれ、肉がこそぎ落とされ、骨だけのスケルトン種族が誕生していたことだろう。
思わずゾッとしてしまう。
「ひ、引きこもりでお腹がつまめるようになっちゃって悩んでいたけど、急激なダイエットは死んじゃいますよぉ!?」
『我を倒して資格を示せ、我を倒して資格を示せ』
砂嵐の音がうるさくても、不思議と星砂の巨兵の声は最奥の間全体に響き渡ってくる。
それこそ反響しているように、どこから聞こえてきているのかはわからない。
「た、倒すと言っても、どうやって……」
本来の星見の試練は、そこまでの危険性はないはずだった。
今まで何十、何百の星見が試練を受けてきても、死者は一人もいなかったからだ。
明らかに通常の試練とは違う状態に入っている。
星見の試練を受けに来ただけのパイが一人でどうにかなるはずがない。
「こ、怖い……本当に死んじゃう……」
ギリギリ生き残っているのは星見の障壁のおかげだ。
だが、それもパイの小さな身体をギリギリ覆う球体。
少しでも制御がズレれて身体を出してしまえば、片腕くらい持って行かれてしまうだろう。
閉塞感と、透明な膜一枚隔てた間近にあり続ける〝死〟が恐怖を与えてくる。
「ひぃぃぃぃ!!」
砂嵐の音が暴力的なまでに鼓膜を揺らしてくる。
耳を塞ぎたいが、制御が不安定になるのでできない。
怖い、恐ろしい、もう何もしたくない、すべてを投げ出したい。
立ち直ったとか偉そうなことを言ったけど、アレはすべて嘘だ。
今も気持ち悪くて吐きそうだし、我慢して、見栄を張って試練に挑んだだけだ。
本当は心の中で何も解決していない。
「どうして、なんで、こんなことに……」
大好きな両親を殺してしまった自分に生きる価値はあるのか。
なぜ、兄はそんなあたしを恨まれてでも守ろうとしていたのか。
そんなことはわからない。
兄や、あの人たちのように立派な志があるわけでもないのだ。
この砂嵐の中で立ち続けるのは辛い。
きっとこの先に生き続けても、自分のような性格では生き辛いだろう。
それこそ砂嵐の中を歩き続けるような人生なのだろう。
何で今更、ダメダメな自分なんかが頑張ろうとしていたのかわからない。
立ち直ったと見栄を張ってしまったのかわからない。
生きる価値なんて無い。
もう生きるのを諦めよう。
これからも、手に、心に、ただ死が纏わり付くだけだ。
「あたしは何もかも……もう遅かったんだ――」
「いいえ、もう遅いなんて言わせない!」
この状況で聞こえてくるはずのない声がした。
だって、障壁の外は死が吹き荒ぶ砂嵐で、近くに誰か助けに来てくれることなんてありえなくて――
「お師匠様!!」
それでも、彼は生徒のためにやってきてくれた。
ボロボロの身体で笑顔を見せながら。
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