超巨大地下迷路の対決

「なぁ、先生」

「どうしましたか、メラニ君」

「これって五分の一を当て続けなきゃいけないんだよな? それをパイさんの的中率30%でやるのはきついぜ……」

「そうですね。30%を当て続けるのは天文学的な数字になるでしょう。それでは、視点を変えてみましょうか」

「視点を変える?」

「つまり、こういうことです――」


 現状、パイの占いは大体30%の確率で当たる。

 メラニの言うとおり、これで目の前の五分の一を当て続けるとなると至難の業だろう。

 分かれ道が四回あっただけで正解率1%以下となる。

 しかし、目の前の五分の一ではなくて、一気に最奥までの道を占えば、30%で一気に奥まで進むことができる。


「一気に最奥まで?」

「ええ、そうです。一回一回占うのではなく、一回で最奥まで占うんです。これなら30%の確率で正しく辿り着けます」

「よくわからないけど、なるほどだぜ。とりあえず、ついていけば良いってことだな」

「ハハハ、あとで復習ですね。まぁ、どうやっても30%なので数回は往復しそうですが」


 ちなみにこの方法はパイ自身が編み出したものだ。

 それを聞いたジンが『俺もそれをやった』と驚いていたのを思い出す。

 血は争えないのかもしれない。


「ん~……右から二番目ですかね。その次は一番左、次も一番左、次は――」


 道順を手稿に書き留め、あとは歩き続ける体力勝負である。

 幸いな事に古代遺跡の内部にトラップやモンスターなどは存在しない。

〝最奥の仕掛け〟は別としてだが。

 では、認められている従者二人は必要なのか? となるのだが、試練を受ける者が足をくじいたりしたときに棄権できるよう、肩を貸して脱出させるような役割なのだろう。

 随分と身体を気遣った優しい仕様だ。

 そのはずだったのだが――十分ほど進んだところで問題が起こった。


「ちょっと止まってください」

「どうしたんだぜ、先生」


 先頭を行くフェアトが立ち止まった。

 彼は何か違和感を覚え、足元を凝視していたのだ。

 すると――石と同じような色を塗られた細いワイヤーが、すねの高さに張られていたのだ。


「これは……なぜこんなところにトラップが……。もしかして、イカさんが星見でこの先に進んでいて、ワイヤーを仕掛けて――」


 瞬間、背後から何者かがフェアトの身体を拘束した。

 片腕で首を、もう片腕で腕だ。

 ワイヤートラップに気を取られていて、背後の気配に気づけなかったらしい。


「先生よぉ、まさかワイヤートラップに気付くとは驚いたどぉ」

「その声……ガラクさんですか」

「覚えていてくれて嬉しいどぉ。本当ならワイヤートラップで転んだところを、別の分かれ道に隠れていたオラが飛びかかってマウントポジションを取る予定だったのに。この立っている体勢だと腕の骨を折りにくいからなぁ!」

「一つ良いでしょうか、ガラクさん」

「んん? 冥土の土産だ、何でも訊くどぉ」

「イカさんと商人さんはどこへ?」


 その質問に背後のガラクは笑った。


「ああ、この先に向かったどぉ。もう今回のルートで当たりっぽかったからな。オラがここで足止めして、イカ様が最奥の〝お宝〟をゲットする予定だ。二度と星見の試練も行えなくなる」


 それを聞いたフェアトはすぐさま、立ちすくんでいたパイに向かって叫んだ。


「パイ君、僕のことはいいので急いで先へ進んでください!」

「で、でも、お師匠様!?」

「いいから! 生徒は生徒の成すべき事をしなさい!」


 そのいつもと違う強い口調に、パイは反射でビクッとしてから覚悟を決めた。


「わ、わかりました! 最奥で待ってますからね! 絶対ですよ!」


 パイが言うことを聞いて走って行ってくれるのを見送り、フェアトはホッとした。

 それが気に障ったのか、背後のガラクが太い腕に力を込めてくる。


「くっ」

「ガハハハ! どうだ、痛いか? お前はじっくりと痛めつけてから殺してやるどぉ。まず、折る骨は腕から――」


 ガラクは強者であるため、フェアトは拘束から抜け出せない。

 メラニも下手に行動したら足手まといになるとわかっているため、今は黙って見ていることしかできない。


「さぁ、先生さんの骨はどれくらいで折れるかな? 良い音だと嬉しいどぉ……」

「や、やめてください……!?」


 腕にかかる力が増し、フェアトは懇願めいた悲鳴を上げる。

 それでもゆっくりと、確実に、ガラクは腕の骨を折るべく曲げていく。

 残念ながらガラク本人から位置的に視認はできないのだが、一定のところでググッと関節の動きが止まった。

 これを徐々に曲げようとすれば、肘関節部分の骨が見事に折れるだろう。

 ガラクはその瞬間を何よりも至福としていた。


「それ、折れるぞ、折れるぞ……! 折れろ、折れろ、折れろ、さぞ生徒に愛された大事な腕なんだろう、折れろ折れろ折れろ!!」

「あぁぁぁあああ!!」


 ボギンと小気味の良い音がして、ガラクは掴んでいた腕がスイッと曲がったのを感じた。


「ぎ、ぎもぢいいどぉ~……」


 ガラクは恍惚に表情を歪めて、放心していた。

 憎たらしい相手だからこそ、このときが楽しいのだ。


「人間の骨はいっぱいあるどぉ……一本減っても、まだまだ楽しめそ――」

「人間の骨の数は正確には206本ですね。ちなみに――僕の骨も折れてないので206本のままです」


 激痛で動けないはずだと思って油断していた。

 フェアトは折れたはずの腕を動かし、一瞬でガラクの拘束を解いたのだ。


「なにぃ!?」

「残念ですが、ガラクさんが骨だと思っていたのはこれです」


 フェアトの腕には、薄い形状にした〝星弓〟の矢が張り付いていた。

 ガラクに掴まれる直前、これを腕に貼り付けていたのだ。

 そして、腕を器用にねじ曲げて、関節の曲がる位置を誤解させたという仕掛けである。


「なっ!? 身体が柔らかすぎるどぉ!?」

「ハハハ、毎朝体操をしていますから」


 フェアトは体勢を立て直し、〝星弓〟を構えようとした。

 しかし、うまくいったのはそこまでだった。

 いくらフェアトが機転を利かせて、しかもケイローンの加護があったとしても、近接戦闘はガラクに一日の長がある。


「それなら斬り殺してから骨を折るどぉ!」

「くっ!?」


 魔力で強化された近接攻撃は凄まじく素早い。

 ガラクは曲刀を抜き、フェアトが〝星弓〟を構えきる前に斬りかかってきた。

 響く金属音。

 フェアトは何とか〝星弓〟で曲刀を弾くが、同時に体勢を崩してしまう。

 地下闘技場経験者の巨体から繰り出される一撃は想像以上に重いのだ。

 二撃目で隙を突かれてやられる――……と思っていたのだが。


「ぐがぁッ!?」


 やられたのはガラクであった。

 倒れた巨体の背後から見えたのは、仔馬の尻――いや、正確には後ろ脚だ。


「私様の本気の馬蹴り、受ける事ができて光栄だと思うんだぜ?」


 クルッと回ってターンでキメ顔。

 勝者はメラニであった。


「た、助かりました。メラニ君」

「ただの仔馬だと思って警戒されてなかったからな。ギリギリで切り札を見舞ってやったぜ!」

「さすがです――……ッ危ない!?」


 完全に油断をしていた。

 倒したと思っていたガラクはまだ意識があり、最後の力で手に持っていた曲刀を投げつけてきたのだ。

 投擲先はメラニだが、もう避けることができない。

 フェアトは身を挺して庇った。


「先生よぉ……やっぱり生徒を庇うよなぁ……そのまま死ぬといいどぉ……!」


 フェアトは死を覚悟した。

 そのとき――


「――開け! 門よ!」


 一直線で向かってくる曲刀に対して、メラニは〝英雄の教室〟の門を開いた。

 それは鼻先ではなく、少し遠く――庇っているフェアトの前にだ。

 曲刀は門の向こう側へスッと消え去っていく。


「そ、そんな馬鹿なことがあるわけないどぉ! ギャッ!?」


 フェアトも驚きながら、チャンスができたのでガラクの腕に矢を撃ち込んで無力化させた。


「め、メラニくん、もうここまで力を使いこなして……!?」

「へへ、自習してたからな! 先生の生徒ならこれくらい当然だぜ!」


 再びドヤ顔でキメるメラニ。

 もう気分は無敵だ。

 ガラクを完全に行動不能にしたし、さすがにもう懸案事項はないだろうと安心していた。

 ――しかし、門の中から叫び声が聞こえてきた。


「うっぎゃー! 何か急に刃物が飛んできたんだよー!? 脇をかすめて超怖い!!」

「あ、忘れていたぜ……」


 当然、門の中に曲刀を飛ばしたのだから、中の空間では大変なことになる。

 この技のリスクは、英雄の教室にいるニュムの肝が冷えることだろう。

 メラニはニュムに死ぬほど謝りながら『ガラクを拘束してそっちの空間で預かって欲しい』と頼んでおいたのであった。

 ちなみにガラクは馬蹴りで骨を折られており、二つ名は骨折り損のガラクになったとか。

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