試練中止

 パイはすべてを話した。

 途中、言葉に詰まり、嗚咽を漏らしながらも。

 フェアトはそれをただ黙って聞いていた。


「お師匠様は……あたしのことを嫌になって、お師匠様を辞めてしまいますか……?」


 震えながら、祈るような小さな声。

 それに対してフェアトは張りのある大きな声で、自信たっぷりに答える。


「いいえ! たとえパイ君が世界中の敵になろうとも、僕の生徒で居続ける限り味方であり続けます!」

「……たぶん、以前のあたしなら薄っぺらな言葉だと思ってはね除けていたかもしれません。でも、お師匠様の言葉なら信じられます。……だって、本当に世界中を敵に回しても信念を貫きそうですし」


 生徒のために奔走し、怒り、力になってくれた存在。

 たしかな絆というモノが感じられた。


「お、お師匠様はちょっと変わり者すぎるだけかもしれませんけど……!」

「アハハ、よく言われます」


 笑い合う二人。

 そこで黙っていたメラニがプルプルと震えてから、ヒヒーンと鳴き声をあげた。


「うわあああああああパイさんにそんな過去がぁぁぁあああ!! 辛かったよなぁ!! 苦しかったよなぁ!! あたしも小さい頃にキツい経験があるからわかる……いや、あたし程度がわかるとか言っちゃいけないかもだけど、でも、でもさぁぁぁあ!!」


 大粒の涙を流しながら、メラニに身体をすり寄せていた。


「メラニ様……良い人だなぁ……」


 パイとしては、こうまで自分のために泣かれた経験はないので、少しどうしていいのか戸惑いながらもメラニを抱き寄せた。

 メラニを泣き止ませるように、馬特有の手触りの良いたてがみを撫でた。

 しばらく気持ちを落ち着かせてから、その場から離れる事にした。

 そして、偶然にもその途中――


「ほう、我が愚妹の教師、フェアトではないか」


 パイの兄であるジンと偶然出会った。

 フェアトとしては都合がよかったので、生徒二人を先に帰らせて、ジンと保護者面談をすることにした。


 そして次の日――星見の試練は中止が決定された。




 ***




「どういうことなんだぜ!?」


 メラニは中止を聞かされて、その開口一番がこれである。

 星見の試練のために一週間、パイとフェアトが真剣に勉強をしていたのだから、このリアクションも当然だ。

 それにイカとガラクとも決着をつけたいという気持ちもあった。


「今回のことに関してはジンさんからお話があるようです」


 三人がやってきていたのは、会合用の大きなテントだ。

 招いたのはジン。

 人払いがされていて、他に誰もいなかった。


「ええと……お兄ちゃん? やっぱり、あたしを嫌って星見の試練を中止に――」

「違う! 謝らせてくれ、我が妹よ!」

「え? え? ……どういうこと?」


 パイはポカンとしていた。

 メラニも、最初はパイを守るためにいつでも飛び出せるように身構えていたのだが、何か様子がおかしいと気が付いた。

 フェアトは最初からすべてわかっていたので、メラニを掴んで後ろへ下がらせてから耳打ちをした。


「メラニ君。僕たちは立ち会いを許されましたが、これはご家族の問題なので目立たず、静かにしていましょう」

「わ、わかったぜ……?」


 よくわからないことがわかったメラニは、興奮を静めて大人しくしておくことにした。


「俺は……パイ、お前に謝りたい」


 ジンは負い目から、斜め下に俯いてしまっている。

 背の小さな妹相手に目も合わせることが出来ない。


「なんで……今更……。あたしを嫌っているのなら、謝ることなんて何も――」

「違う! 俺は……お前を傷付けないために、星見にさせたくなかったんだ……」

「ど、どういうことなの、お兄ちゃん……?」

「星見はお前の手を血で汚し、星見はお前から笑顔を奪った……」


 パイが過去に星見で両親の死を占って、そこから引きこもり気味になってしまったことを言っているのだろう。


「我が家系は星見になることを求められるが、パイが星見になってしまったら一生苦しむことになってしまう……。それを避けるために、俺はわざと星見になれないように手を尽くして……突き放して……」

「ちょ、ちょっと待ってお兄ちゃん……。色々と言いたいことはあるけど、あたしは星見自体は嫌いじゃ――」

「だが! 星見というのは人の死を占ってしまうこともある! そして、本当の星見は〝見た運命を固定〟してしまう恐ろしいものなんだ!」

「え……?」


 パイは今まで、星見はただの占いの一種だと思っていた。

 ただの未来を予測するための儀式。

 しかし――


「嘘だ、そんな……」


 愕然とするパイに対して、フェアトが無慈悲に真実を話す。


「パイ君、昨日解いた暗号。アレの中身は真の星見――運命の固定化についてでした。占った結果をただ待つのではなく、真実として固定してしまうという強大な神の加護を得た儀式です」

「じゃあ、もしかしてパパとママを占ったあたしが本当に二人を殺して……」


 人を殺したときの感触というのは手に残るというが、運命をねじ曲げて殺した感触は手に残らない。

 星見という概念に触れるとき、それが生々しく心を侵していくだけだ。

 ジンはそれを懸念していた。


「真の星見に触れて、真実を知ったあとも星見を続けることはできまい……俺はそう考えていたのだ。そして、フェアトにもそれを気付かれた」

「ええ、暗号を解読したあと、今までのジンさんの不可解な行動が繋がりましたから。両親の死を占ったのではなく、数ある可能性の一つである両親の死を絶対的にしてしまったという真実」


 あまりにも直接的すぎる言葉に、静かにしていようと思っていたメラニが口を挟んだ。


「お、おい……いくら何でも言い方が酷くねぇか? 小さなときのパイさんは、何も分からず真の星見とやらをやっちまったんだ。不可抗力で何も悪くは――」

「はい、メラニ君。よくできました。その通り、不可抗力でパイ君は何も悪くはありません。ですが、人の心というのはそう簡単に割り切れるものではない。人を殺すというのはそういうモノです」


 どうやらその通りのようで、パイは自らの手の平を見ながら、置いてあった椅子に倒れかかるように座り込んだ。


「ですが、僕はこうも考えました。今のパイ君なら、真実を知っても乗り越えられるだろうと――自分勝手な期待ですがね」

「俺は……フェアトから今のパイの気持ちや、成長を伝えられて、信じてやれと言われて……真実を伝えることにした。家族である俺の口から……」


 それを聞いてパイは椅子の上で器用に体育座りをして、押し黙ってしまった。

 ジンは手で触れようとしたが、フェアトがそれを止める。

 メラニはオロオロとするばかりだったが、しばらくしてから別の疑問があることを思い出した。


「そ、そういえば、星見の試練を中止ってどういうことなんだぜ? パイを星見にさせないだけならまだしも、イカも星見の試練を受けるはず」

「ああ、それも話しておかなければならないな。端的に言えば、イカは裏切り者だった」

「えっ!?」


 昨日、フェアトはジンと話したあと違和感を覚えた。

 ジンは妹に星見になってほしくないために妨害はしていたが、それは優しさからであり、必要以上に傷付けたりはしたくないはずだ。

 対抗馬としてイカを用意したというのはあるのだが、その護衛であるガラクはパイをかなり手荒に扱っていた。

 それがジンの意思ではなく、雇い主であるイカの意思なら何かあるのだろうと思ったのだ。

 ジンと協力して調べてみると、イカの背後には外部の商人が絡んでいたのだ。

 どうやらその商人は星見の試練が行われるという場所にある〝お宝〟が欲しいらしく、イカと協力していた。

 そして、護衛のガラクまで貸し出したというのだ。

 ジンは即座にイカと商人を拘束したのだが、ガラクは行方不明。


「そして、星見の試練は中止としたのだ」

「な、なるほどだぜ……イカとガラクは、星見の試練にある〝お宝〟を狙って……」

「俺も星見の試練は受けたが、外部の商人はあんな危険な物を〝お宝〟と――」


 ジンが渋面を見せていたのだが、そこへテントの外から火急の知らせが舞い込んできた。


「た、大変ですジンさん! イカと商人が逃げ出しました!」

「なんだと!?」

「骨折りのガラクが強襲してきたんです! 幸い、死者は出ていませんがガラクによって戦える者は手足の骨を折られており……。さ、三人は星見の試練がある方角へ逃走……!!」

「くっ、あそこへ逃げ込まれると面倒だな……。試練の資格がある者と、その従者二人しか入れん……」


 今の星見の里では、あのガラク相手と対等に戦えるものは存在しなかった。

 それでも集団なら拘束できるだろうと考えていたのだが、星見の試練では少数しか入れない。

 しかも、今年の資格を持つ者は二組だけ――


「だ、そうです。パイ君、どうしますか?」

「あ、あたし……行きます」

「パイ!?」


 深いショックを受けて黙っていた妹が、いきなり危険な場所へ行くというのだ。

 ジンは驚いて目を見開くしかなかった。


「あたし、星見の試練を受けます! ついでにガラクもやっつけます! お、お師匠様が!」

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