虎の尾を踏む

 パイの占いは当たり、無事に誰とも会わず図書テントへ忍び込むことができた。

 普段は見張りがいるのだが、今回は偶然にもミスって魔力探知機能をダウンさせたまま、お腹を壊してトイレに籠もっているのだ。


「さすがパイ君ですね」

「そうだな、パイさん。やるじゃねぇか!」

「こ、こんなの当てずっぽうの偶然と変わらずで……」


 二人に褒められるも、そういうのに慣れていないパイは萎縮してしまう。


「そんなことはありませんよ。パイ君が一生懸命に勉強を頑張ったからです」

「……う、嬉しいかもです」


 パイは初めて努力が報われたような気がして、今までのダメな自分から生まれ変われた気がした。

 このままフェアトと一緒に居れば、立派な自分になれるんじゃないかと思う程だ。


「それで先生、暗号鍵っていうのはどこにあるんだぜ? 地面に鍵は落ちてないようだけど……?」

「ハハハ、メラニ君。暗号鍵というのは物理的な鍵の形をした物ではありませんよ」

「そ、そうなのか。じゃあ、どこに落ちて……」


 全員の視点が向いていた下――フェアトはそこから逆の方向を指差した。


「下ではなく、上です」

「上……? あっ!? 何か天井に模様が描いてあるぜ!」

「たぶん、それが暗号鍵ですね」

「すごいぜ! どうして図書テントの天井にあるってわかったんだ!?」

「僕が見つけられた理由、それは――」


 フェアトは手元の手稿と照らし合わせて暗号を解読しながら、つらつらと説明も同時にこなし始めた。

 そもそも最初からヒントは二つほど得ていたのだ。

 一つは、初日に料理屋で聞いていた、テントの裏側に描かれた図形のことだ。

 星見の民は、歴史や家の約束事などをテントの裏側に残していくのだ。

 つまり、スターゲイジー家の暗号もテントの裏側にある可能性が高い。


 そして、二つ目だ。

 星見の民は、その名の通り星を見ることが多い。

 普段の会話でも、天体関連にたとえるほどだ。

 その二つを合わせると、最初に図書テントに来ていて気付かなかった天井に描かれているであろう暗号鍵が浮かび上がってきたのだ。

 図書テントの本当の役割も、置いてある本ではなく、この暗号が刻まれたテント自体だったのかもしれない。


「――という感じですね。そして、暗号もきちんと意味ある言葉として解読できたので本物です」

「はやっ!? もうかよ!?」

「はい、二人が丁寧に書き写してくれたおかげです。ありがとうございます」


 フェアトから褒められて、生徒二人はむず痒そうにしていた。

 しかし、ここでこんなことをしている場合ではないと気が付く。


「せ、先生。解読が終わったなら早く脱出しようぜ。誰かに見られでもしたら面倒だ」

「えぇ~……この本に囲まれた空間、好きなんですけどね~……」

「ほら、駄々をこねてないで行くぜ!」

「あたっ!? 馬蹴り、上手くなりましたね!?」


 メラニから加減された馬蹴りを臀部に食らい、フェアトは渋々とテントの外へ向かうことにした。

 腰を押さえながら情けない姿でヨロヨロとしていて、パイはそれを見て笑いながら最初にテントの外へ出た。

 瞬間――大鉈が振り下ろされる。


「ひっ」


 爆発したかのように地面が土埃を上げて、衝撃でパイは尻餅をついて涙目でガタガタと震えていた。


「オメェら、こんなところで何をやってるだどぉ?」

「が、ガラク……」


 その大鉈を振り下ろしてきた主――ガラクは獲物を見つけた猛禽類のような表情をしていた。

 パイの数センチ横に振り下ろされた、威嚇のための大鉈を持ち上げてから、彼女の腕を掴んで引き寄せた。


「先生さんよぉ、オラのことを覚えているかぁ?」

「さぁ、骨折り損さんでしたっけ」

「違ぁう! 骨折りのガラクだ!」


 まだ図書テントの中にいたフェアトとメラニは、非常にこの状況は不味いと思っていた。

 穏便に済ませるにはどうしたらいいかと頭を働かせる。


「おぉっと! オラに近付かないようにテントから出て、離れてもらうどぉ……!」


 そのガラクの態度からして、掴んでいるパイを人質にしているのだろう。

 言うことを聞かなかったらどうなるかわからない。

 フェアトとメラニは言われたとおりにして、テントから出てガラクとの距離を離した。


「お、お師匠様すみません……あたしの占いが不甲斐ないばかりに……」

「いいえ、パイ君。図書テントまでの道は占ってもらいましたが、帰りは聞いていませんでしたからね」


 こんな状況でも謝罪をするパイは、掴まれている腕を振り払おうとしても、巨漢のガラクはビクともしない。


「なぁ、先生さん。オラはテメェみたいなスカした奴が大嫌いなんだどぉ」

「なるほど。では、僕に暴力を振るえばいいのでは?」

「いんや、それだとテメェが糞みてぇな自己犠牲で格好良い感じになっちまう。弱いのにそう見られる奴は許せねぇ。強いオラの方が偉いんだどぉ……」

「そういう思考をお持ちですか。では、どういうことを僕にお望みですか?」


 ガラクはニィッと下品に笑みを浮かべた。


「オラの方が強くて、戦いに関しちゃ頭も良いというのを証明してやるどぉ! 生徒を無残に嬲られる、何も出来ない先生さんの無様さでよぉ!!」

「うっ……苦し……」


 ガラクは片腕でパイの細い首を掴み、ゆっくりと締め上げていく。

 体重の軽いパイは片腕で持ち上げられる形となり、喉が潰れていき、言葉とも漏れる息ともわからないモノを吐き出すだけだった。


「ウハハハ! こんな不出来な獣人の血が混じった娘、スターゲイジーの名を継ぐには相応しくないどぉ! 呪われた星見で自らの両親も殺しているしなぁ!」

「かっ、ハッ……」


 酸素が足りなくて薄れ行く意識の中、パイは走馬灯のように過去を思い出していく。




 ***




 アレは五歳くらいのときだった。

 まだ遊牧生活がそこまで形骸化してなくて、今よりも牧歌的だったと覚えている。

 星見に群がる商人や王侯貴族も少なく、静かだった頃の里。

 両親は希代の星見と言われ、その占いはもはや神託とも、未来予知とも言われていた。

 普段は荘厳な星見の長として振る舞っていたが、子どもたちと接するときは優しかった。

 獣人の血が混じるパイと、純粋な両親の子どもであるジンとも分け隔て無く接してくれていた。

 そんなある日、両親が揃って遠出をしに行くことになった。

 星見に興味を持ち始めていたパイは、両親がやっていたのを見よう見まねで再現して、二人の旅路を占ってみのだ。

 すると――


「あのね、とっても危険みたい」


 子どものお遊びだと思われたが、パイが必死になって止めるので両親も子どもを安心させるために――と仕事をキャンセルしようとした。

 しかし、依頼主である王はどうしても占ってほしいと食い下がる。

 普段であれば押しの強い王ではないのだが、なぜかこのときだけは引き下がらなかったのだ。

 では、王が自ら星見の里に来てはどうだろうか、というのも、なぜか直前に王は脚をくじき、さらに王お気に入りの馬も骨折した。

 あげくに星見をしなければ里の者たちの命を奪うとまで王は言ってきた。

 さすがにこれはもう直接出向くしかない。


「行っちゃダメ……。だってかみさまが、パパとママが死んじゃうって言ってる……」


 用心のために多めの護衛をつけたパイの両親だったが、崖崩れに遭い、帰らぬ人となった。

 それから一部の心ない外部の人間が、パイのことを『親殺しをした呪われた獣の子』だと噂をした。

 パイ自身も心に傷を負い、あまり人前には姿を見せなくなった。




 ***




(ああ、これはきっとあたしへの天罰なんですよ……。お師匠様にも隠していたし、お兄ちゃんからもたぶん恨まれている……。殺されても仕方がないですよね……)


「親殺しをした呪われた獣の子――コイツの正体はこんなおぞましいんだどぉ? それでもまだ生徒と呼ぶことができるかぁ?」


 ガラクはパイの首を絞めながら、ゴミを見るような目をしていた。

 親殺しをしたと知れば、その教師も似たような表情になっているはずだ。

 そう思ってフェアトに視線を向けたのだが――


「関係ありません。今すぐに――僕の大切な生徒から薄汚い手を離せ」


 フェアトの穏やかな口調が崩れ、荒々しいモノに変わっていた。


「ひっ!?」


 傭兵のガラクは戦い慣れしていたが、そのフェアトの姿を見て恐ろしくなってしまった。

 なぜかというと、フェアトは普段と違う雰囲気というのもあるのだが、眼が人外のモノに変化していたからだ。


「あ、悪魔……」


 眼の色が黒から金に変わり、瞳孔の形が横長になっている。

 ガラクの言うとおり、まさに悪魔の眼だ。

 しかし、ガラクは自分に優位性があることを思い出して心を落ち着ける。

 仮にも戦闘のプロだ。

 スラムのチンピラのように外見の恐れだけで逃げたりはしない。

 何か魔術でも使って眼だけ変えたのだろうと推理した。


「て、手を離せぇ? 弱者がオラに命令できる立場ではないどぉ! 何ならご自慢の弓矢でも使ってみるといい。でも、そこから一歩でも動いたら、獣の子の首をへし折ってやるよぉ!」


 ガラクが弓矢に対して警戒していないのは理由があった。

 この世界の弓矢は、ほとんどがただの狩猟用とされているからだ。

 冒険者は使わない。

 それはなぜかというと、近接武器と遠距離武器の特性にある。

 剣などの場合は、魔力を通して威力を上げることで――同じく鎧に魔力を通して防御力を上げている相手にも攻撃が通るようになる。

 一方で、遠距離武器の場合は魔力を通しても、手から離れた途端に魔力が霧散してしまうのだ。

 これにより、弓矢は身体を魔力で守っていない野生動物くらいにしか使い道がない。

 だが――例外があった。


「〝星弓〟」


 フェアトは何もなかった空間から光の弓を出現させた。

 それは魔力によって形作られており、一種の神々しさを感じさせる。


「な、なんだそれは!? また、こけおどしだな!!」


 ガラクは弓相手なら『大丈夫だ』とたかをくくっていた。

 以前、猟師の家に強盗で押し入ったときも、放たれた弓は素肌に傷すらつけることができなかったのだ。

 経験に裏打ちされた絶対の自信。

 多少、弓の形が変わったところで問題はないはずだ――と。


「〝剛力射術〟」


 フェアトは何千回と繰り返してきた構えを実行、矢を放つ。

 それは自らが矢の射出装置になった感覚だった。

 一分の隙もない静かで美しいフォーム。

 しかし、放たれたのは剛力の名の通り、巨大な設置式の弩に匹敵するような恐ろしい破壊の矢だった。

 空気を切り裂く音が響き、ガラクに向かっていく。


「途中で魔力が霧散する矢なんて、オラにとっちゃ無意味――」


 否、霧散しなかった。


「ッなにぃ!?」


 ガラクにとっては何のダメージも食らわないはずで、手で持っていた曲刀に魔力を極限集中、軽く弾いて絶望させてやろうと考えていた。

 ……考えていたはずだったのだが――それは違うと身をもって知る事になる。

 はじき返そうとしていた矢が、逆に曲刀を粉々に撃ち砕いていたのだ。


「はぁ!? えっ!? なんで、なんで雑魚武器の弓矢が、オラの曲刀を!?」


 ガラクは驚き、もう片腕で掴んでいたパイを落としてしまった。

 酷く混乱していて、すぐにパイが逃げたことも気付いていない。


「先生の勝ちだぜ! ガラク!」

「なっ!? オラが……負けた……?」


 メラニに指摘されて、ガラクは初めて現状を理解した。

 雑魚だと思っていた弓矢に曲刀を砕かれ、今もその射線に入っているのだ。

 このとき、ガラクは恐怖よりも、怒りが先にやってきた。


「くっ、ガアアアア! オラが負けるなんてありえない! そ、そうだ! 油断していたから……本当の戦いだったらオラの方が……」


 すでにパイはフェアトの後ろまで逃げてきていて、ガラクも言い訳中の滑稽な姿を晒している。

 それらを見て、先ほどまで怒りを見せていたフェアトも冷静になり、口調と目の色を戻してガラクと会話をした。


「ガラクさん、ここで僕たちと会ったことは忘れていただけませんか?」

「な、なんでそんなことをしなくちゃ!?」

「ここで会っていなければ、僕と戦うこともなかったでしょう。つまり、会ってないのなら貴方は矢で曲刀を砕かれてはいない」


 詭弁である。

 しかし、ガラクにとってそれが一番、喉から手が出るほどに欲しい真実ウソなのである。


「そ、そうだ……オラは誰とも会ってない……。つまり負けてない……。次に試練で全身の骨を折って、ぶっ殺しちまえばオラの勝ちだ……」

「はい、それがお互いの利益になります。いやぁ、助かりました」


 ガラクはブツブツと何かを言いながら、もうフェアトの言葉を聞いていないかのように去って行った。

 そして、安心しきったパイは、フェアトに抱きついて号泣してしまう。


「うわああああん! お師匠様ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「喉、大丈夫ですか?」


 フェアトは屈み込み、パイに目線を合わせてから掴まれていた喉の様子を確かめてみる。

 よく見るとそこまでダメージはないようだ。

 実際にパイが死んでしまうと試練にも影響が出るため加減されていたのだろう。


「大丈夫だから、あたしの過去に何があったのかを聞いてほしいんです……」

「はい、わかりました。パイ君がそうしたいのなら」

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