メラニの猛特訓
――一方その頃、メラニは山で修行をしていた。
「ていっ! そりゃ!」
木に向かって後ろ蹴りを繰り出す。
ポニーサイズの馬とはいえ、脚力は高いので充分な威力で枝葉を揺らしている。
それを少し離れたところからニュムが見ていた。
「今やってるの、馬蹴りの解放条件~?」
「そうだぜ! 取るかどうかはわからないけど、解放条件が提示されているのはこれくらいしかないし!」
「ほえ~、若人は熱心だよ~」
「外見幼女のニュムに言われると複雑だぜ……」
森の中で仔馬と精霊の会話。
ここだけ見るとおとぎ話もかくやという幻想的な場面である。
しかし、やっていることは木に向かって後ろ蹴りだ。
幻想感は0である。
「ねーねー、ニュムちゃん思っちゃったんだけどさー」
自らのことをニュムちゃんと呼ぶ精霊に視線を向けると、何やら意地悪そうな表情をしていた。
「木ばっかり蹴ってるとさ、毛虫とかが落ちてくるよー」
「へ?」
「ほら、丁度背中のところとか」
メラニは基本的にお嬢様で、この英雄の教室にやってきたあとも木を蹴って遊んだりはしたことがなかった。
木を蹴ると葉っぱだけでなく虫まで落ちてくるとは想像が出来なかったのだ。
言われてみると背中に何か気配を感じ、その位置を目で確認する。
ちなみに馬はとても視野が広いため、少し体勢を変えて首を捻れば背中も見えるのだ。
「ウッギャアアアアアアア!? 毛虫が背中にィィィィ!!」
混乱して、ブンブンと身体全体を揺らして毛虫を取ろうとした。
毛虫も必死にしがみつき、身体から離れようとしない。
本人達からしたら必死の攻防戦だが、ニュムは堪えきれずにゲラゲラと笑っていた。
やがて、サイクロンのような動きで毛虫が木まで飛んでいって、そこに張り付いた。
「メラニ! チャンスだよ、今こそ馬蹴りだ!」
「わ、わかったぜ! うおおおおお!」
混乱しているメラニはわけもわからず返事をして、指示通りに木に張り付いている毛虫に後ろ蹴りを食らわせた。
いつもよりキレがあり、いわゆるクリティカルヒットである。
やってやった! と思うと同時に、足先には気持ち悪い何かがプチッと潰れる音と感触があった。
「って、潰しちゃったじゃないか!? 何をやらせるんだよニュム!?」
「ああ、毛虫の一生はここで終わってしまったのだよ~……。可哀想に……」
「わ、私様も、何も殺してしまおうなんて考えてはいなかったぜ……いきなりやれっていうから……つい……」
「でも、何か頭の中に響かない?」
「え?」
そう言われると、メラニの頭の中で何かカウントが聞こえた気がした。
不思議な音で、今までに感じた事のないものだ。
「馬蹴りの回数は、木にやっても増えないよ~。生き物とかにやらないと」
「そ、そうだったのか……。それで私様に蹴れと……。ニュムのことを誤解していたぜ、てっきり面白がってやらせたのかと」
「あっはは~、そんなことはないんだよ~。あ、見て見て! 足先に変な汁が付いてる!」
「ギャー!! やっぱり面白がってるだろー!?」
それから手に入れた【門の射程Ⅰ】も試すことにした。
「よし、ニュム。ちょっと私様に向かって石を投げてくれ」
「何で石を?【門の射程Ⅰ】と関係あるの?」
「それはあとのお楽しみだぜ! というわけで、ほら、石!」
怪訝そうな顔のニュムに、そこらへんに落ちている石を前足で示す。
「え~? 何かもっと他に方法ないの? 危ないよ~」
「木の棒にツタを結んで、ぶらんぶらんさせて試したけど、どうやら繋がったモノだと門が閉じられないんだぜ」
要は簡易サンドバッグのようなものをそこらのもので再現したのだが、ツタの部分が門に引っかかって練習にならなかったのだ。
それを想像してニュムは真顔で言った。
「あ~、閉じるときに切断する威力があったら、通っているときにミスって胴体真っ二つになっちゃうね~」
「怖い怖い怖い、可愛い顔で何てことを言うんだぜ……」
「素直に思ったことを言っただけだよ~。それじゃあ、どのくらいの力で投げればいいの?」
「そうだな~……」
メラニは考えた。
六歳児サイズのニュムが投げてもヒョロヒョロ球だろう。
届かなかったら門の練習にならないし、ここは全力で投げてもらった方がいいはずだ。
「怒りを込めて投げる感じでいいぜ!」
「このニュムちゃん、怒りと言われても自我が芽生えてからそんなに経ってないし~」
「そうだな~……それなら! 実は昨日ニュムが替えてくれたシーツ、つい泥だらけで乗ってしまって汚れたまま現在も絶賛放置中だぜ!」
「…………なるほど、これが怒りなんだよ~……!!」
英雄の教室の大まかな仕事はニュムがやってくれている。
それこそシーツを交換したり、衣服を洗濯したりと働き者の精霊なのだ。
好きなものはお客様、子ども、誰かのお世話。
嫌いなものは失礼なお客様だ。
「ふりゃ!!」
空を飛びながらの華麗なフォームから繰り出される剛速球。
その球速はなんと時速165キロだった。
これは野球の精霊ビッグバレー・サンの記録と同じである。
「……へ?」
レーザービームとなった石はメラニの横を通り過ぎ、後ろにあった大岩を爆散させた。
メラニはただ呆然と立ち尽くすしかない。
「メラニ~……まだまだ練習に付き合うよ~……」
「ちょっ、まっ!?」
いつの間にかニュムの足元には山盛りの石。
それからの練習は強制的に捗ったという。
「ニュム、ごめんだぜ~~~~~!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます