それも一つの選択

「こ、今度はあたしの番ですね……」


 輝かんばかりのメラニを見て、パイは複雑な心境になった。

 自分と違って、フェアトからの勉強をこれまで頑張ってきた結果を出して、とても眩しい存在に思えたのだ。

 それこそ違う存在だと。


「あ、あたしも【授業効率Ⅰ×】をお願いします。あとは……保留で」

「えっ、パイさん。もう一つくらい取れそうだけどいいのか?」

「は、はい。メラニさん。もうちょっと考えてから決めようかなって……」


 せっかくのフェアトが溜めたポイントを使わずに、スキルを選べなかったことを怒られるかもしれない。

 けれど、選んでも失敗したことを怒られるかもしれない。

 それならまだやり直しが利く方で怒られた方がマシだ。

 そう考えてしまったのだ。

 ビクビクしながら、怒っているであろうフェアトの顔色を窺うと、そこには――


「わかりました、それも一つの選択です。よく自分で選んでくれましたね。僕はとても誇らしいです」

「あ、あはは……」


 予想外だった。

 怒るどころか、優しく微笑んでいたのだ。

 失望の言葉も吐き出さずに、選んだことを誇らしいとまで言ってくれた。

 自信も何もないパイにとって、愛想笑いを返すしかできなかった。




 ***




 それからフェアトの時間は、授業と個別の能力伸ばしに使った。

 授業は一般的なものと、星見の里で得た部分だ。

 生徒二人は熱心に授業を受けてくれている。


 個別の能力伸ばしは、パイが星見、メラニが新たに得たスキルとこれからのスキル解放条件を満たすため、という感じだ。

 タイムリミットもあるので、フェアトは主にパイの方に付いている。

 その最中に気付いたのだが――


「うーん、何か身体の調子がおかしいような……」

「えっ!? お師匠様、もしかしてあたしのために無理をしすぎて……!?」

「いえ、調子がおかしいというのは、良い方におかしいのですよ」

「……良い方に?」


 最近、さすがに無理をしているというのは自覚していたのだ。

 しかし、なぜかそこまで疲れないし、普段よりも体調が良い気がするのだ。

 こうなったタイミングは生徒がスキルを取ったあとで、それが何か関係あるのかもしれない。


「ほへ~、不思議なこともあるものなんですね~……」

「んー、不思議といえば不思議なのですが、何かタイミング的にありそうなんですよねぇ」


 フェアトがツヤツヤの血色で訝しげな表情をしていると、手稿が現れてマギス・アキが愉快そうに喋りだした。


「そりゃ不思議でも何でもねぇ。生徒がスキルを取ったことによって、フェアトもパワーアップしたってことだよ」

「マギス・アキ、それは本当ですか?」

「当方、冗談は言うが、嘘は言わねぇ。生徒を強化することによって、教師も強化されていく。スキルを解放した直後は顕著にそれが出るから、魔剤エナドリを飲んだみたいになってるんだろう」

「……エナドリというのはわかりませんが、なるほど。そういうことだったのですか」


 つまり、これからは知識を得る→手稿に書き込む→そのポイントで生徒のスキルを取る→フェアトが強化されてさらに知識を得やすくなる。


「これで僕は知識欲を満たしやすくなりますね!!」

「は? フェアト、お前どうしてそういう結論に……。ま、まさか類い希なる強化の力を自分の知識欲のためだけに使おうってのか!? 武力方面なら世界最強になれる可能性だってあるのに!?」

「力があれば災害級が支配する〝未開領域〟でも活動できますし、地位があれば〝国家指定禁忌書物〟の閲覧許可が出るかもしれません!」

「……そうだったな、こういう奴だよ。当方はただのインターフェイス、この頭のおかしい馬鹿に悪態を吐くくらいしかできねぇ」


 マギス・アキは、底なし沼より深そうなため息を吐いてから、ただの手稿の形態に戻り黙ってしまった。

 フェアトはそんなことを気にせず、教室で二人きりになっているパイに向かって個別授業を始めようとしていた。


「さて、パイ君。星見の知識は何のために勉強すると思いますか?」

「い、いきなりですね、お師匠様……。ええと、正式な星見という立派な肩書きを得て、そこから堂々とニートをするためです」

「…………それも否定はしないのですが、かなり個人的な理由ですね。今、質問した意図は星見たち全般の話です」

「星見たち……」


 つまりパイがどうして星見の勉強をするのか、ではなく、星見はどうして勉強をするのか? ということだ。

 パイはスッと思いついた一般的な意見を述べていく。


「そ、そうですね~……。まずは、先ほどあたしが言った肩書きというのですかね。正式な星見と認められない見習いだと信頼してもらえないし、趣味でやっていると思われます。次に――星見としての的中率でしょうか」

「はい、良い回答です。続けてください」

「あたしは直接本を読んでなくて、兄からの受け売りですが……。きちんとした星見の勉強をすることによって、占い結果の的中率を大幅に上げることができると言われています。……まぁ、才能がないあたしは、勉強しても〝0に0をかけても無意味〟みたいな感じですが……」


 パイは話していく内にどんどんと口調が重くなり、自分の太股しか見えないくらいに頭を垂れていた。

 それに対してフェアトは笑顔で言い放つ。


「ハハハ、パイ君の場合は0というより、大幅にマイナスの数値になっていますね」

「お、お師匠様……冗談でもひどい~……」

「いえ、冗談ではありません。プラスだったものが意図的にマイナスにされています」

「え?」


 顔を上げたパイはキョトンとしていた。

 言葉の意味はわかるはずなのだが、頭の中に入ってこないのだ。

 どこか理解したくないという部分があるのかもしれない。


「端的に言いますと、パイ君のお兄さん――ジンさんが口伝したものは、すべて逆効果です。意図的にパイ君の星見の精度を下げさせていますね」

「そ、そんな……お兄ちゃん……じゃなくて、兄はどうして……」

「どうしてか、というのはわかりかねます。ここまで真逆というのは偶然ではありえないと断言できますが」

「も、もしかして……血の半分は本当のきょうだいじゃなくて、あたしに獣人の血が混じっているから……」


 パイは今まで家族だと思っていた兄の裏切りを知り、その原因がどうしようもない〝血〟だということに絶望しそうになっていた。

 そのまま人生という歩みを止めそうなほどだ。

 それに対してフェアトは慰める――などはせず、ただ勉強の話を続ける。


「それで、今日からは星見の基礎をすべてやり直してもらいます」

「も、もう星見なんてどうでも――」

「その気持ちは尊重してもいいのですが、パイ君は忘れてはなりません。それなりの覚悟を持って一週間後の試験を受けると決めたのでしょう。せめて精一杯やって、一週間後に結論を出すことをオススメします」

「試験……そうだ。ごめんなさいお師匠様、あたしが試験に負けるとお師匠様の片腕が……」


 パイは独りよがりで試験を放棄しようとしていたことを恥じた。

 せっかく片腕を懸けてまで先生になってくれた、ここまで信頼してくれた人間が目の前にいるのに――と。


「ああ、いえ。もう片腕分くらいの知識欲は満たせたので、そこは気にしなくていいです。何なら今片腕を斬ってもいいくらいです」

「あ、あたしに心配をさせまいと……。わかりました! これから一週間――いえ、正確には六日間ですが、勉強を頑張ります!」

「う~ん、本当なんですけどねぇ~……。まぁ、やる気があるのはいいことですね」


 フェアトは楽しそうな表情で手稿を開き、すでにまとめておいた星見のカリキュラムを始めることにした。

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