名前を出したら机をBANとされる食べ物

「さて、では冷めない内に頂きますか。ちなみに何かマナーのようなものはありますか? パイさん」

「ま、マナーというか、食事時にやってはいけない言い伝えみたいなのは数十はあるけど、もうお婆ちゃん世代くらいしかやってないですね……。遊牧民というのも徐々に形骸化しつつありますし」

「なるほど、そういう事情もあるのですね」


 フェアトが質問をして、パイが答える。

 それを見ていたメラニは、見て見ぬフリをするか迷っていたが、そろそろ出てきた料理に対して突っ込む事にした。


「なぁ、今まさに食べようとしている雰囲気だけど、本当にそれを食べるのか?」

「ハハハ、何を言っているんですかメラニ君。もちろん、美味しく頂くに決まってるじゃないですか」

「だってそれ……どう見ても羊の……何というか……脳みそ・・・だぜ……!?」

「はい、どう見ても羊の脳みそですね。おっと、自分で冷めない内にと言っていたのに。早く頂かなくては」


 運ばれてきた料理で一際目立つそれ――羊の頭蓋骨に盛られた脳みそである。

 茹でて火は通してありそうだが、見た目のインパクトが凄まじい。

 フェアトは用意されている箸、ナイフ、フォーク、スプーンからどれを使うか悩んだ。

 今の世代になって何を使って食べるかも多様化しているのだろう。

 箸に民族的な紋様が刻まれていて美しかったため、それを選ぶ。

 脳みそは左脳、右脳、その他に別れているので、箸でも平気そうだ。


「では、星見の民の味を……」

「ひぇっ」


 箸で羊の頭蓋骨から脳みそを取り出して、それを口元まで運んでいく。

 ショッキングな映像でメラニは一瞬、小さく悲鳴をあげるほどだ。


「うーむ、なるほど。これはこれは」


 基本的な味付けはシンプルな塩。

 新鮮なせいか、香辛料を使わなくてもあまり臭みはない。

 食感としては白子に近いので、そういうのが苦手な人間でなければ平気そうだ。


「うん、美味しいですね~~~!」


 フェアトは普段の食事で見せないような、知識欲に満たされた無邪気な笑顔でご満悦だ。

 数口食べたあとに、他の料理も出来たてで食べる――もとい出来たての状態を記憶するために箸を伸ばす。

 次は、皿に載せられたスライス肉のようなものだ。


「これは、元はこぶし大の部位を煮た物に見えますね。一体何なのでしょうか? パイ君、わかりますか?」

「え……ええと……その……言うのがちょっと恥ずかしいというか……」

「どんな物でも、人の身体を形作るための大事な食べ物です。恥ずかしい物なんて存在しませんよ」

「ほ、本当ですか……? 軽蔑したりしませんか……?」

「ハハハ、大丈夫ですよ。ねぇ、メラニ君?」


 急に話を振られたメラニは、脳みそ食で呆然としていたのだが、ハッと意識を取り戻した。


「そ、そうだぜ! さっきのもちょっとインパクトあったけど、その地域の食文化を馬鹿にする気はないからな! どんなものでもバッチコイだぜ!」

「何かもう、メラニ様が食べるような勢いになっていますね……」

「パイさん、何を言っているんだぜ! 先生の生徒なら、どんな食べ物でも興味を持って食べてやるさ! ……脳みそ以外なら」

「メラニ様……!」


 パイはホッとして、笑顔を見せた。

 今まではカーストが高すぎる位置にいるメラニに対して少し壁を作っていたが、意外とどんなことを言っても温かく迎えてくれるような雰囲気で心を許したのだ。


「それで、この料理はいったい?」

「羊の腰に付いているモノです!」

「……ん~、腰ぃ?」


 メラニは笑顔のまま、優しい雰囲気で聞き返した。

 腰回りの肉、もしくは内臓を使っているのだろうと。


「そう、腰というか……股に付いているというか!」

「……股?」

「はい、羊の♂の股の間に二つあるアレです!」

「えーっと……」


 メラニの思考がフリーズした。

 実際にそういうのを見たことはないが、知識としては知っている。


「具体的に名前を言うとキンタ――」


 その時、メラニの思考が急加速した。

 今まで経験した事の無い程に、とっさの判断を行う。

 年頃の女子であるパイに、フェアトの前でそんな口に出すのも憚られるような卑猥な言葉を言わせるわけにはいかない。

 馬の強靱な前足を高く上げて、机の上に蹄を叩き付けて止めに入った。

 音としては『BAN!』と響き渡る感じだ。


「うわっ、メラニ様!? 急にどうしたんですか!?」

「メラニ君、テーブルに足を乗せてはいけませんよ」

「アッハイ」


 捨て身の行動が功を奏したのか、乙女が言ってはいけないような言葉は阻止できた。

 ちょっと『突然テーブルに足を乗せるという奇行を行うメラニ』として認識されたという犠牲があっただけだ。

 パイの清い口は守られた。

 影ながら正義を行う、誰も知らぬヒーローのような複雑な気分だった。


「さてと、次の料理は――ソーセージ、にしては形が複雑ですね。この棒状のモノは何でしょうか?」

「それはオチン――」


 BAN!

 再び机が鳴り響く。

 陰のヒーローメラニは、再び二人の視線を浴びることとなった。

 しかし、後悔はしていない。

 BAN! 回避で色々と救ったのだ。

 ちなみに、その二つの料理も意外と味は悪くなかったようだ。


 フェアトが特に気に入ったのは、そのあとに食べたブラッドソーセージだった。

 これはトナカイの血を、肉や穀物の粉、みじん切り野菜などと混ぜて塩胡椒で味付けした後、腸に詰めて茹でた物だ。

 普通、血のイメージとしては腐りやすかったり、宗教的な問題だったり、または見た目で忌避する者が多い。

 しかし、実際は栄養豊富で、上手く調理すれば優秀な食料になるのだ。

 フェアトは完食して、笑顔で手を合わせた。


「星見の民の文化、素晴らしいですね。知識欲も、お腹も満たされました。ご馳走様でした」

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