星見の民の料理屋さん
「というわけで、呪いのテントを片付けて料理屋さんにやってきたわけですが」
「えっ、呪いのテントって思われていたんですか……あたしのテント……」
「テントの料理屋さん――いえ、もうこれはテントという規模ではありませんね。知識欲が刺激されます」
パイをスルーしつつ、三人がやってきたのは星見の里に一軒だけある料理屋だった。
いくつかのテントを連結していて、中に入るとかなり広い印象を受ける。
ストーブも完備されていて快適だ。
客用の椅子とテーブルが並んでおり、そこに座ることにした。
「いらっしゃい、お客さんは星見の里は初めてかい?」
屈強な戦士と見間違えるような店主がやってきた。
手には年季の入ったメニューを持っている。
「ええ、話では聞いていたのですが、まさかこんなにも素晴らしいとは。食事が出来上がるのを待つ間、中を見学させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「がはは、好きにしてくれ! それじゃあ、これがメニューだけど――」
「注文は『お任せ』でお願いします」
「お任せ……か? あんた、好き嫌いはないかい?」
新しい土地にやってきたとき、好き嫌いを聞かれた場合は注意した方がいい。
食文化が大きく異なるので、自分の常識にある嫌いなものをあげても無意味なケースが多いのだ。
好きな物を言って祈るか、先に食文化を調べておかないと大変なことになる。
そして、もっとも博打率が高い返答は――
「何でも食べられます。なるべく、この星見の里の珍しい物をお願いします」
「よっしゃ! 星見の里に興味を持ってくれたんだ! 俺らでも滅多に食わねぇような珍しい物を食わせてやるぜ!」
「あ、終わった」
察したパイが絶望の表情で呟いた。
当たらない占いがこのときだけは当たってしまうのだろう。
初日から星見の里の珍味を出されて、信じられない〝それ〟の見た目で食べずに帰ってしまった人間をいくらでも知っているのだ。
「あれ、スターゲイジーさんのところの……えーっと、パイちゃんじゃねーか」
「あ、ども。あたしは羊肉のスープとパン、人参とキュウリのサラダで」
「えっ、人参あるの!? じゃあ、私様は生の人参で!」
「あいよ! 噂のユニコーン様には一番良い人参をご用意で!」
メニューを取った店主は、繋がっている別のテントへ移動してしまった。
そちらに調理場があるのだろう。
「『噂のユニコーン様』――私様のことを知られていたぜ……。有名人、もとい有名馬」
「ふへへ……星見の里は噂が広まりやすいですから……。って、そうじゃなくて、お師匠様!」
「はい?」
「はい? じゃありませんよぉおおお!? どうして自らヤバそうな料理に踏み込んでいくんですか!?」
「どうしてって、決まってるじゃないですか」
フェアトは良い笑顔で言った。
「知識欲に従ったまでです」
「……お師匠様、知識欲のためなら悪魔にだって魂を売りそうですね」
「ああ、うん。先生はずっとこんな感じだから慣れた方がいいぜ?」
「ユニコーン様、正妻ポジ」
「な、何なんだよ正妻って! 別に私様は先生の妻なんかじゃないぞ!」
「いや、ポジションってだけで実際の妻とまでは言ってないですが」
「そ、それにユニコーン様っていうのはそろそろ止めてくれ。私様にはメラニって名前があるんだぜ」
「あっ、はい! メラニ様!」
(メラニ様、、メラニ様か……ふふ……良い響きだぜ)
メラニは、自分の名前に様付けされたことに気を良くして鼻息をフフンと鳴らす。
偽物のユニコーン様として崇められるのは嬉しくないが、ケイローンの血が混じる高貴な自分に様付けされるのは気分が高揚するのだ。
「パイ君、パイ君! ちょっと質問があります! これは何ですか!?」
食事を待っている間、フェアトは初めて見る巨大テントの内部に興奮して、子どものようにはしゃいでいた。
パイはそのギャップに驚きつつも、指差されていた先を見る。
あったのは遊牧民の使う一般的なストーブだ。
どうやらその燃えている黒い塊――燃料が気になるらしい。
「良く燃えていますが、これはいったい!?」
「あー、それはウンコ」
「ぶはぁっ!?」
食事待ちで人参を楽しみにしていたメラニが噴き出した。
「う、ウンコ!?」
「へ~、ウンコですか! 人糞ですか? それとも他の動物の糞?」
フェアトは嫌悪感もなく、興味津々に質問をしてくる。
パイとしてもウンコの解説なのだが、普段から慣れ親しんでいるものなので普通に喋る。
むしろ陰キャとしては知識を披露しているときは普通より滑らかに喋る。
「主に羊などの草食系の糞を使いますね。大体の家の中に設置されている基本的なタイプです。年代によって使われている素材が変化していたりもします」
「草食……なるほど! だから臭わないのですね! いや~、すごいな~……感動だな~……糞燃料ストーブ……」
「所有している動物によって燃料となるウンコは違ったりします。たとえば、馬を多く持っている家は……あっ」
パイはメラニをチラッと見た。
そのまま黙ってしまう。
「……何か気を遣われたぜ」
「うーん、でもメラニ君は雑食ですので――」
「おい、先生! そっちはもっとデリカシーを持て!! ちなみに私様はトイレになんか行かない!! 行かないんだぞ!!」
デリカシーという概念をどこかに置いてきてしまっているフェアトは首を傾げ、そのまま気にせず室内の見学を続ける。
「外からではわかりませんでしたが、骨組みは薄い木材で組まれていますね。特殊な組み方だ……!」
「星見の里を移動させる時のために、小さく折りたためるようになってるんですよ」
「なるほどなー! 外からではわかりませんでしたが、テントの内側にまで細かい刺繍がしてありますね。絵が連動している物語のように見えます」
「それは星見の民の教えなどを絵として縫い付けているんです。あたしたちからしたら当たり前ですが、本にすると持ち運ぶときにそれだけ手間がかかりますから」
「すごい知恵だ! あ、上には天窓があるんですね! こっちには――」
いつの間にかフェアトは手稿を持って凄まじい速さで書き込んでいた。
食事待ちの時間まで食欲ではなく、知識欲で涎を垂らしているとは恐ろしい。
きっと〝英雄の教室〟でも変化が起きていることだろう。
ちなみにページは自動的に増えていくらしく、いくら書いても問題はない。
「お待ちどおさま、料理を持ってきたぜ……って熱心だな、あんた」
手慣れた様子でトレーを両手いっぱいに持ってきた店主は、フェアトを見て苦笑いをしていた。
「うちの先生が申し訳ないぜ……」
「へぇ、あんた先生なのか! それなら色々と知りたがりなのも納得だ! 生徒たちに教えないといけないしな!」
「……うちの先生はたぶん個人的に知りたいのが大きいと思うぜ」
料理がテーブルに置かれていくと、フェアトはすぐさま戻ってきた。
手を拭いて、ハンカチをナプキン代わりにして首に装備した。
店主は、そのあまりの変わり身の早さに驚いてしまう。
「ゆ、ゆっくり見ててもいいんだぞ……?」
「いえ、出された料理は、その食べるタイミングまで計算してプロが作った物ですから。すぐ食べ始めないと失礼です」
「嬉しいことを言うねぇ! 楽しんでいってくれよ!」
「はい、ありがとうございます」
店主は満足げな顔をして、料金を受け取ったら店の奥へ行ってしまった。
「先生、ナプキンまで首に巻いて張り切ってるな! ふふっ、まるで子どもみたいだぜ」
「張り切っているのは大当たりですが、ナプキンを首に巻いているのは意味があります。食べ慣れた物なら衣服を汚す可能性も少ないですが、食べ慣れてない物……旅先では破裂する食べ物とかもありますからね」
「破裂……」
メラニは食事というものに対して油断をしていたのかもしれない。
出てきた料理をチラッと見てみると、そこにはインパクトが強すぎるものが並んでいた。
自分は人参だけ頼んで正解だと確信した。
固まってしまっているメラニに対して、パイがそっと人参を口元に差し出す。
メラニは無意識で人参をモシャモシャ食べる。
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