閃光のパイ

「……なぁ、先生」

「はい、なんでしょうか?」


 メラニがコッソリと耳打ちをしてきた。

 実際はメラニの仔馬の背では耳まで届かないので、フェアトが屈み込んだ形だが。


「ニート生活を続けるために星見の試練を成功させるっていうけど、一人前の星見になったらそれはもう職業星見なのでは? って思うんだぜ……」

「ええ、星見ですね」

「働きたくないために職に就くって本末転倒なんじゃ……」

「僕は珍しい本が読めればそれでいいので、黙っておきましょうか」

「ひでぇ……。先生は知識欲が絡むと、人間としては反面だぜ……!」

「アハハ、上手いですね。一本取られました。けど、生徒として迎え入れたのなら育て上げるのみです」


 さて――と、フェアトはパイに話しかけた。

 彼女から聞かなければいけないことは、まだ多い。


「パイ君、あなたへ授業するに当たって、僕には星見の知識がありません。まずは今知りうる星見というものを教えて頂けないでしょうか?」

「は、はい! わかりました! 何でもします、何でも話します! このゴミ虫めは言うとおりにします!」

「ハハハ、虫だって本当は一匹一匹がすごいんですけどね。まぁ、それはともかく。星見の基礎を教えてください。……いえ、一度実践してみてくれた方が早そうですね」

「え……でも……あたしの星見って百発百中で外れますよ……」

「いいからいいから」


 観念したような表情をしてから、パイは頷いた。


「わかりました。では……星の精霊よ、その美しき瞳の力の一端を我に授けたまえ――〝星を見る人オブザバ・オブザバトリ〟」

「……星の精霊の力を使う魔術ですか。これは珍しい」


 薄暗かった呪いのテントの中が、パイを中心に明るくなった。

 パイの周りに暖色の透明な壁が現れ、周囲を覆ったためだ。

 フェアトとメラニは、その幻想的な光景に目を奪われてしまう。


「すげぇ綺麗だぜ……」

「ええ、まさかパイ君がこれほどの力を持つとは……」

「は、恥ずかしいです……あまり見ないで頂けると……って、そういうわけにもいかなんですよね。えーっと、この〝星を見る人オブザバ・オブザバトリ〟を発動させて、そこに描かれる星座を見て占う感じなんです」

「ふむ、なるほど。この壁は指で触れられるので障壁魔術を流用したものでしょうか。それをディスプレイとして星座を観測していると。しかし――いえ、この疑問は今は置いておきましょう。どうぞ、僕を占ってみてください」


 神秘的な輝きに包まれながら、パイはいつもの調子で自信なさげに呻く。


「う゛~あ”~……あの、何か具体的に占って欲しいことがないと……」

「そうですね。では、丁度お腹が空いてきました。ここに来る途中、食事を出してくれる店があったのでそこで何か食べようと思うのですが、『お任せ』で頼んだ場合、僕の口に合うかどうかを占ってみてください」

「わかりました! う~むむむ……この星座の位置と、輝き方……それに現在の日時や、気温天候、インスピレーションを組み合わせて……」

「インスピレーション……」


 メラニが『大丈夫かこれ?』という顔をしているが、フェアトは真剣に観察を続けていた。


「で、出ました! お任せで出される料理は口に合いません! お師匠様が地べたに這いつくばるレベルで後悔します!」

「そうですか、ありがとうございます。では、お任せを頼みに行きましょうか」


 フェアトはきびすを返して、呪いのテントから出て行こうとした。

 パイは彼が何を言っているのか一瞬理解できず、慌てて止めようとする。


「ま、待ってください、お師匠様! 今の占いの結果を聞いていたんですか!? よく外れるあたしの占いですが、万が一当たってしまったら大後悔ですよ!」

「ええ、はい。料理が口に合わず後悔するにしろ、それが生徒のためなら後悔はしません」

「お、お師匠様……」


 パイが小さく呟くと、身体の周囲を覆っていた魔力壁も消え去った。

 力なく膝から崩れ、フェアトの服を指で引っ張る。


「こ、こんなに優しくされたのは久しぶりです……」

「パイ君……」

「あの、優しさついでに片付けも手伝ってくれたらなーって……うへへ……」

「……」


 パイが纏った魔力壁は実体に干渉するモノで、狭い呪いのテント内で使ったことにより、妙な水晶玉が浮いていた台や、何やら私物の衣服や下着、小物が散乱していた。

 感動的な流れだと思いかけていたメラニが突っ込む。


「えーっと、パイさん。どうして広い外でやらなかったんだぜ?」

「陰キャなので外で目立つ行動なんてできるはずないですよ!」

「ひ、開き直ってやがる……!」


 不安しかない。

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