スターゲイジーパイ
泣き叫びながらフェアトの手を振り払ったあと、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。
「す、すみませんすみませんすみません……クソ陰キャなので手を握られたことがなくて……。こんな機会もうない……一生手を洗いません」
「不衛生なので洗ってくださいね。ところで君の名前は?」
「も、申し遅れました!! あたし、一応はスターゲイジーの名を持つ人間なんです! パイ・スターゲイジーです!」
「……パイ・スターゲイジー」
フェアトは、以前読んだ〝異世界人が持ち込んだ料理レシピ本〟のことを思い出していた。
その中に一際奇抜な料理があった。
タマネギやキノコなどの具材を入れ、ホワイトソースを使って仕上げたパイなのだが、信じられないことに
その白目を剥いたニシンが空の星々を見上げているようなことから、とても詩的な名前が付けられていた。
そう――それが〝
彼女の名前と酷似しているのだ。
「……その、大変失礼ですが、御名前の由来は?」
思わず聞いてしまった。
しかし、もし面白半分で付けられてしまった名前だった場合、古傷を抉ってしまうことになる。
フェアトは大後悔して、それを取りやめようとしたのだが。
「いえ、やっぱりいいで――」
「パイという名前は、神様が使う文字の十六番目――
「なるほど! πからですか! 素晴らしいですね! ええ、π素晴らしいです!」
「きゅ、急にどうしたんですか!? というか、何か名前聞くの止めようとしていませんでしたか? 何か意味があったんですか? ねぇ、あの、なんで目を逸らすんですかッ!?」
不安から詰め寄ってくる女占い師――パイ・スターゲイジーは、フェアトの襟首を掴んで揺らしていた。
フェアトは必死に、パイにブッ刺さった白目のニシンのイメージから脱却しようしながら、失礼のないようにマジメな表情を取り繕っていた。
だが、逆に意識しすぎてついポロリと。
「スターゲイジーパイ、良い名前ですよ、ええ」
「あたしの名前はパイ・スターゲイジーなんですけどぉ!?」
「ハハハ、そう呼びました。聞き間違い、空耳、気のせいです」
さらにフェアトがシェイクされた。
その二人のやり取りを、メラニは冷めた眼で見ていた。
「二人でイチャイチャしてないで、星見の話に戻そうぜ……?」
「いやはや、僕としたことが。失礼しました」
「いっ、イチャイチャはしてないですよ!? で、でも……これが世間で言うイチャイチャなら……あたしは陽キャへの階段を登ってしまったのでは……? ふへへ……知らずにカーストトップ……」
メラニは頭が痛くなってきた。
フェアト以上にヤバい奴が出てきてどうすればいいのかと。
これはもう一生話が進まないと思ったので、豪快に頭突きをした。
「おらぁ!!」
「ぶべぇっ!?」
「すっまーん! 手が滑ったぜー!」
「メラニ君の場合、手ではなくて脚だと思いますけどね。馬のパワーだと一般人を殺しかねないのでスキンシップは調節するように」
フェアトが突っ込んでいるのか、ボケているのかわからない反応をしてきていた。
一方、意外とタフだったパイは立ち上がって真顔に戻る。
「活を入れてくださってありがとうございます、ユニコーン様!」
「……一応謝ろうかと思ってたんだが、感謝されると逆にやりづらいぜ……。あと、私様のことは気軽にメラニ様と呼ぶように!」
「はい、メラニ様!」
全然気軽な呼び方ではない様付け強要なのだが、もはやこの場で突っ込む者はいない。
メラニはしまったと思った。
「い、今のは冗談だからな? 普通にメラニと呼び捨てで――」
「それでフェアト様と、メラニ様は星見のことを知りたいんですよね?」
「ついでに先生のことまで様付けしやがった」
「あたし、カースト最底辺で陰キャ極まってますから! 極限までへりくだりますよ!」
「自信満々で言うことか」
ツッコミ続けるとキリが無いので話を進めることにした。
「忘れそうになっていたけど……私様と先生は、星見をしてもらうためにやってきたんだ。だから、星見をしてくれる人を紹介して――」
「いえ、メラニ君……そんなことより!」
唐突に話を遮るフェアトに嫌な予感がした。
この先生がテンション高めで話し始めるときは、たぶん知識欲に支配されたときだろう。
「星見の知識を得るチャンスですよ! 門外不出、神秘の塊である星見! ああ、知りたい! 僕は知りたいんですよ! ありふれた心理学などでは説明できない、未来予知の奇跡の力を!!」
「まーた先生のいつもの病気が始まった……。大体、門外不出なら教えてもらうことなんてできねーだろう。さっさと別の奴に星見をしてもらおうぜ」
「まぁ、そうなんですよね……。こういう類の知識がまとめられている本も秘伝書扱いで部外者は読むことができないでしょうし……。諦めるしかないですかね……。換金してお金を作ってから大きな星見のテントに行きますか……」
心底ションボリした表情で落ち込むフェアトと、やっと逃げられると清々した表情のメラニは呪いのテントを出て行こうとする。
それを見てパイは意を決したように、フェアトを力一杯抱き締めるようにして引き留めた。
「ま、待って! 行かないでください!」
「おや、どうしましたか?」
「お願いです! あたしの先生になってください、フェアト様!!」
ふむ、と何かを察したフェアト。
それと同時に横で見ていたメラニは、突然の事で理解できずに固まってしまった。
数秒後、抱きついているのが何か気に食わないので馬ヘッドバッドを繰り出していた。
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