逞しくなった先生
「ただ今戻りました」
「うわっ、先生泥だらけだぜ……」
教室から顔を出したメラニは、汚れで誰か判別しにくいフェアトを発見した。
今から宿直室に戻って風呂で泥を落とすらしい。
「ハハハ。ここのところ毎日、森を駆け回っていましたからね」
「な、なんか筋肉が付いた?」
「いやいや、まさか。人間、たった数日で外見に現れるような筋肉なんて――」
***
「……確かに筋肉、付いてますね」
フェアトは風呂場で泥を落とすために裸になったのだが、言われてみると身体が引き締まり、腕や脚が少し逞しくなっているのに気が付いた。
今まで知識欲を優先させてきたので筋肉には興味がなかったが、付いてみるとこれはこれで目に見える積み重ねとしては嬉しくもあった。
身体を洗ってから、メラニに見せに行くことにした。
「メラニ君、本当に筋肉が付いていましたよ! もしかしてこれもスキル〝超速〟の効果でしょうかね!?」
「うわっ、バカ!! 服を着ろ!!」
「ああ、すみません。まだメラニ君が女性だという実感が湧かなくて……男友達に見せる感覚でつい……」
上半身裸だったフェアトは、急いで部屋に戻ってシャツを着た。
そして再び教室に向かい、目を逸らし気味のメラニのところへ。
「いやぁ、筋肉が付いたのなんて学生時代ぶりだったので、つい嬉しくて! 最初にメラニ君に見せたくて!」
「わ、私様に最初に見せたかったのなら……まぁ許してやらないこともないぜ」
メラニは何か自分が特別扱いされているようで嬉しかった。
「ええ、メラニ君は僕をとてもよく見ている!」
「べ、べべべべべつに先生のことなんて見てねーよ!? とてもよく見てねーよ!?」
好意から目で追っていると言われた気がしてメラニは焦ってしまう。
フェアトは純粋なキラキラした目で言葉を続けた。
「僕自身が気が付かない変化を察知するなんて……さてはメラニ君、好きですね」
「ひひんっ!?」
「筋肉好きというやつですね! 本で見たことがあります!」
「……」
フェアトは人間に対する洞察力というものが不足しているのかもしれない。
無言の時間が続き、それでも察しの悪いフェアトはニコニコしていた。
「コホン、先生。話は変わるが、星見の里へ出発するのはいつぐらいになりそうなんだぜ?」
「そうですね。もうそろそろ出発しましょうか。薬草と保存食の干し肉も量が溜まってきましたし」
その言葉を聞いて、メラニは以前からの疑問を口にした。
「薬草はともかく、保存食ってそんなに必要か? ここに戻ってくればいつでも――」
「いいえ、何かの理由で戻ってこられない想定をしておくべきです」
確かにメラニの言うとおり、どこからでも〝英雄の教室〟に移動できるので食糧の問題はない。
しかし、この〝英雄の教室〟を悪用しようとする者が出てくるかもしれないので、なるべくは人前で使わない方がいい。
そのため、しばらくは〝英雄の教室〟に戻らなくても、外で生きていける力や食料が必要なのだ。
「なるほど……そこまでは考えていなかったぜ……」
「あとはただ単純に、僕がメラニ君とはぐれてしまった時は〝英雄の教室〟に頼れなくなるということですね」
一応、あり得ない想定だがメラニが突然〝英雄の教室〟への扉を開けなくなった場合も考えているが、不安がらせそうなので伝えないでおいた。
考察というのは、した分を全て伝えれば良いというものでもない。
「さてと、ここ数日でわかったことを手稿にまとめておきますか」
〝英雄の教室〟という場所について。
メラニが入り口を作り、内部が別世界のようになっている〝英雄の教室〟だが、どうやら考えていた以上に不思議な場所らしい。
具体的には、どこまでも自然環境が続いているように見えて、ある程度進むと見えない〝壁〟があるのだ。
正確に測定をしたわけではないが教室のある建物を中心として、透明な〝壁〟が広がっているらしい。
ニュムに尋ねたところ、教室の拡張に合わせて〝壁〟も外側へ広がるということだ。
それと以前は行けなかった拡張エリアに、良質な薬草の群生地も発見した。
これからもエリアが拡張されたら周囲を探索してみるのもいいかもしれない。
「よしっと……」
ペンを置いた瞬間、いつもの地響きが鳴り渡った。
「お、これは建物が拡張されたのか?」
「見に行きましょうか」
二人が建物を巡ってみると、すぐに新たな部屋を見つけられた。
それは何もないが、ヒンヤリとした空気を保っている建物だ。
「何か乾燥していて……少し肌寒いな。ここは何なんだぜ?」
「これは……倉庫ですかね。あとでニュム君にも手伝ってもらい、色々と運び込んでおきましょうか」
「わ、私様も手伝えるぞ! こう、背中に荷物を載せて運搬とか……」
「ハハハ。メラニ君は勉強をするのがお仕事なので、無理はしないでくださいね」
ちなみにあとで判明したことだが、この倉庫は不思議な力が働いていて、極端に物が腐りにくくなっていた。
山で採れた食材を運び込んでおけば食事には困らないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます