おいでませ給食室

 フェアト達が増設された場所に向かうと、そこはやはり給食室だった。

 鉄のフライパン、大きな寸胴鍋、包丁、木のまな板、薪を使うオーブンやコンロ。

 配膳用の皿やトレーも用意されている。


「なるほど……まるで最初からあったかのように、自然な給食室ですね」

「も、もしかしてちゃんとしたご飯を食べられるのか!?」

「ごっはん~♪ ごっはん~♪ 精霊は食べなくても平気だけど、食べると嬉しい気持ちでいっぱいになるよー」


 フェアトは給食室を観察し、他の二人は作られるであろう給食に期待を膨らませていた。


「おっと、給食を作る前に試したいことができてしまいました」

「先生、給食より大事なものってあるのかよ?」

「はい、この〝フェアト手稿〟に『○○○年×月△日、メラニ君が久しぶりに喋ってくれました。何が原因かわかりませんが、ともかく喜ばしいことです』と書き込みます」

「ちょっ!? 先生、何を書き込んでいるんだぜ!!」


 フェアトは大真面目だった。

 調理台の上でサラサラッと書いたあと、耳を澄ましていた。

 何も起こらない。


「ふむ、どうやら何を書いても〝良いこと〟が起こるわけではなさそうですね。次に書いてみるのは――」


 メラニ君についての考察。

 呪いで仔馬の姿になってしまったメラニ君だが、どうやら喋るときは馬の声帯を使っていないようだ。

 発音と口の開き、喉の振動がズレている。

 魔法のようなもので人の発音に変換されていると推測される。

 あとは基本的に、身体は馬と変わらない。


 逆に呪いが解けるという新月で人間に戻った時は、馬の性質は完全に消されている。

 ニュム君に頼んで触診してもらったところ、完全に人の身体だ。

 皮膚の弾力、体温、心音、推測される臓器の位置など。

 そして、ニュム君経由で興味深い話を聞けた。

 人間の服を着て馬に戻ると、どうやら馬の身体の方がサイズが大きいらしく、服をビリビリと破いてしまうらしい。


 普通なら服の素材の頑丈さで肉が締め付けられるだけだと推測されるが、変身時は魔法のようなもので身体を保護しているのかもしれない。

 僕は直接見ていないが、きっと大道芸でやっていたムキムキの筋肉男が、筋肉の膨張だけでシャツを破くような感じなのだろう。

 ぜひ、見てみたいのだが……メラニ君にはこの事を伝えない方がいいとニュム君に言われている。


「ちょっと先生!! 何てことを書いてるんだよ!! デリカシーがねーぜ!?」

「ふむ、よくわかりませんが、それがニュム君が伝えない方がいいと言っていた理由なのですかね……? しかし、今は試したいことがあったので――……お、再びあの振動が起こりましたよ」


 給食室が増えたときと同じ、魔力の振動が起こった。

 フェアトはこれで確信した。


「ただの日記のような内容を書いても何も起こらず、智慧や学門に繋がりそうな事柄、経験などを書くと良さそうですね。もしかしたら、生徒に関連することかもしれませんが」

「なるほど……それで先生はこんな内容を書いて……。誤解しちまうところだったぜ……」

「はい、誤解です。メラニ君に知識欲を刺激されたので書いたまでです。特に仔馬の姿でシャツを破るシーンは興味があるので、ぜひ今度見てみ――」

「デリカシーがないというところは誤解じゃなかったようだぜ!!」


 メラニが後ろ脚で蹴ろうとしてきたのを察して、フェアトはサッと回避する。

 慣れてきたものである。

 直撃したら肋骨が折れるだろう。

 ちなみに、このときに増設されたのは生徒用の寮だったが、今は住むのが女性しかいないということで覗かせてもらえなかった。

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