報酬は増築

 精霊についての考察。


〝英雄の教室〟に住み着く存在。

 朧気な情報で知っていた下級精霊としての姿から、少女の形を取る中級精霊となった。

 名前がなかったのでニュムと名付ける。


 メラニ君に頼んで実際に触れてみてもらったところ、肌の柔らかさ、暖かさ、心臓の鼓動などから人間と酷似した身体を持つらしい。

 ただし、食事も必要ないし、トイレにも行かない。

 あくまで精霊が人を模しただけのようだ。

 ニュム君の以前の記憶は曖昧で、なぜ住み着いていたかなどは謎である。


 目的としては〝英雄の教室〟の管理、住人への持て成しということだ。

 これらの情報から推測して、ニュム君は〝英雄の教室〟に付随する存在という可能性が高い。

 具体的には、メラニ君か、それを与えたケイローン様が生み出したかもしれないということだ。


 そう考えると、メラニ君の心の成長と同時に中級精霊へ進化したというのも頷ける。

 しかし……精霊というのは神の一種だともされている。

 つまり神を生み出し成長させるとは、いったいどれほどの力を秘めているのだろうか……。


「よしっと、情報が出そろっていない状態で考察を進めすぎても偏向的になってしまいますね。ニュム君について書くのはこのくらいにしておきましょう」


 フェアトは宿直室で起きたあと、いつものように手稿を書いていた。

 知識欲を満たすだけでも幸せなのだが、それを記録し、考察することによって学門として広めることができると考えている。

 智慧は人類の宝。


 どんなに下らないものでも後世の役に立つかもしれないし、それが貴重な体験というのならなおさらだ。

 書き留めないわけにはいかない。


「この一筆は小さくとも、全人類からしたら大きな一筆になるかもしれない」

「あーっ! ご主人先生がケイローンの本に落書きしてるー!」


 突然、宿直室に入ってきたニュムは大声で何かを指差しながら言った。

 その指先を見ると、どうやらフェアトが手稿としていた本のことらしい。

 フェアトは目を逸らす。


「……いや、あの……丁度書ける物がなかったし、何かこの本……白紙のページがいっぱいあったので……ついですね……」

「神々の本に落書きをするなんて、とんでもないよー!」

「弁解の余地もありません。申し訳ない……」


 ニュムは顔の前まで飛んできて、ニコッと笑った。


「うっそだよー。本当はこれ、色々と書き込んでいくのが正しい使い方の魔導書」

「魔導書……? てっきり、この〝英雄の教室〟の説明書かと」


 フェアトは最初に見つけたときのことを思い出す。

 少し大きめで、頑丈そうなくろがねの留め具と、金の装丁を施した黒い本。

 部屋の中で異彩を放っていたのだ。

 まるで自分を手に取れと言わんばかりに。


「タイトルに〝英雄の教室、取り扱い説明書〟って書いてあるけど、それはケイローンの茶目っ気だよー」

「茶目っ気……? ニュムは過去のことを覚えていないのでは」

「ん? 何となくそうかなってー。それで、本当の名前は――持ち主の名前に関連したものになるみたいだよー。ほら、丁度……」


 魔導書のタイトルがじわりと滲み、変化していく。


「〝フェアト手稿〟……?」


 そう呟いた瞬間、大きな振動を感じた。

 慌てるフェアトだったが、机から物が落ちていない。

 どうやら魔力的な揺らぎらしい。


「そこに書き込んでいくと、色々と良いことが起きるんだよー」

「い、良いこと? 今の揺れと何か関係が……」


 フェアトが戸惑っていると、宿直室にもう一人の住人が慌てふためきながらやってきた。


「先生、大丈夫か!? 何かすごい揺れと共に建物が増築されて――」

「あ、メラニ君おはようございます。三日ぶりに口を利いてくれましたね。きっと僕を心配してですね。やっぱり君は良い子です」

「う……。い、今はそれどころじゃないだろ! バカ!」


 風呂場の件で避けられていたのだが、ようやく普通に話してくれて嬉しくなってしまった。

 ちなみに新月効果はとっくに終わっているので、今はまた愛らしい仔馬の姿だ。


「ええと、それで増設されたとは……」

「な、なんか、包丁とか寸胴鍋とかお皿がいっぱいあって……あれはたぶん……」

「ああ、もしかして! 学校に欠かせない〝給食室〟ですね!」


 この日、フェアトが手稿に情報を書き込んだ報酬で、〝英雄の教室〟に給食室が誕生したのであった。

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