呪いが解ける新月の夜
森にあるキノコ、山菜、それと密かに回収した鳥型のモンスター肉で夕食を摂ったあと、メラニは決心をした。
「先生、私様の呪いのことを教えてやるぜ……気持ち悪がったりするなよ……」
「えぇっ、教えてくれるって本当ですか!? やった!! 嬉しい!」
「……知識欲を爆発させているときは本当に空気を読めないな! まぁ、気持ち悪がられるよりはマシだけどさ」
メラニは諦めたようにかぶりを振ってから、マジメな雰囲気で話し始める。
「私様は呪いで馬になった、人間なんだ」
「なるほど、元から馬ではなかったということですね。人を馬にする呪い……興味深い。そんなものがあったとしたら、まさに神技ですね」
「で、その呪いが解ける時間帯があるんだ」
「の、呪いが解ける時間帯!? それはいつなんですか!? その瞬間を見たい!」
フェアトが食い気味に近付いてきたので、メラニは引いた。身も心も。
「近い近い……。具体的には新月の夜、つまり今夜だ。正確にはあと数十分」
「おぉぉお! すぐに調べられるんですね!」
「えーっと、それで先生には悪いけど……ちょっと今は身体が汚れていて恥ずかしいから、今回はお風呂に入りたいかな……と」
「う、残念です……残念ですが、無理強いはいけませんね……」
「わ、悪いな。心の準備ができたらというか、その、いつかきっと、な! そういうことで私様は風呂に行ってくるぜ! 人間の姿じゃないと入れないからな!」
増設された宿直室に出来ていた小さなバスルーム。
メラニはそれに興味津々だった。
今までは水浴びだけだったので、久しぶりに温かいお湯に入れるのだ。
「宿直室も、風呂場も鍵がかからないから覗くなよ! 絶対に覗くなよ!」
「アハハ、絶対に覗きませんよ」
「絶対に絶対にだぞ! 鍵がかかってないからな!」
フェアトはそう言われたので――いや、言われなくても覗くことはしない。
知識欲の怪物なので、特に興味がないのだ。
人間の女性の裸というものは、すでに検死や医学書などで知識を得ている。
調べる必要もない。
宿直室の隣――教室の教壇の椅子に座り、色々調べたことを手稿に書いて時間を潰すことにした。
ちなみに手稿とは、宿直室にあった説明書と書かれていた本だ。
今は白紙部分を手稿代わりにしている。
――一方その頃、宿直室のバスルーム。
人間の姿になったメラニは一糸まとわぬ姿だった。
「馬から人間になるときって、裸だからな……先生に見せられるはずないぜ……」
普段、粗暴な言葉遣いなので勘違いされがちであるが、メラニは年頃の女の子である。
白磁のような肌は水を弾き、人形のような美しく整った顔をしていた。
濡れた金髪は艶めかしく、美しい肢体に張り付いている。
一言でたとえるのなら、幼い女神という神秘性と愛らしさを兼ね備えたような存在だろうか。
「む、胸も……最近大きくなってきたし……」
メラニは、フェアトに見られてしまったらというのを一瞬想像してしまい、頬を赤らめる。
それと同時に身体を見て、仔馬のときの汚れが残ってしまっているのを嘆く。
「とりあえず、ちゃんと綺麗にしておかなきゃな……。鍵がかかってないから、いつ先生が覗きに来るかわからねーし……」
男性は水浴びを覗きに来る物だと、祖父のケイローンからしつこく注意されていた。
水浴びをしたら必ず覗きにやってくるとまで言っていた。
何やら自身の周囲ではそれが普通だったらしい。
女神の水浴びを覗いて命を落とすというのは日常茶飯事だとという。
男女間の知識が一切なかったメラニは、それを鵜呑みにしていた。
「せ、先生も男だ……。女の私様の裸を覗きに来るはず……絶対……」
もちろん、メラニとしては裸を見られるというのは抵抗があった。
しかし、同時に不可抗力ならしょうがないとも強引に納得させる。
「先生以外の男の人に見られるのは嫌だけど、先生なら……まぁいいかなって……。し、仕方のないことだしな! これも先生の弱みにできるかもしれないし! うん!」
まんざらでもなさそうな表情でメラニは独り言を呟き続ける――が、肝心のフェアトはなかなか現れなかった。
身体を爪先までピカピカにしたあと、久しぶりのバスタブに浸かり、リラックスした時間が続く。
「……おかしい。いや、絶対に男は水浴びを覗くはずなんだ。もう少し待つぜ」
三十分後、それでもフェアトはやってこない。
「あ、あづい……さすがにのぼせてきた……」
意識が朦朧となってきたメラニは、思考力が弱まっていた。
「男は絶対に覗く……覗かせなきゃ弱みを握れない……」
正気を失ったメラニは風呂を上がり、裸のまま隣の教室にゾンビの様な足取りで向かった。
中に気配があるので、フェアトがいるのは確実だ。
教室の扉をガラッと開けた。
「先生……お風呂……ハァハァ……絶対に……覗き……」
フェアトも入り口の気配を感じ取っていたのか、すでに行動をしていた。
具体的にどんな行動をしていたのかというと、目をつぶったり、両手で目を隠したり――という程度ではない。
絶対に疑いをかけられないように、インク瓶を両目にぶちまけていたのだ。
「どうかしましたか、メラニ君?」
「う、うぇえ!? どうかしたのは先生の方だぜ!?」
「ああ、これですか。気にしないでください。死ぬほど痛いですが大丈夫です」
「いや、もう頭が大丈夫かよ!?」
「ハッハッハ。たとえ男子児童相手でも、裸を目撃してしまってコンプラでクビにされたことがありますからね」
「それはさすがに先生だけのレアケースだろ……って、誰が男子児童だ! それなりに育ってきてるぞ!」
メラニは身体をアピールするが、もちろんフェアトには見えていない。
「ええと、もしかして……人間のメラニ君は……」
「女だー!!」
「……なるほど、これは失礼しました。コンプラのために両耳の鼓膜も破っておきましょうか」
「どんだけ先生の中のコンプラは厳しいんだよ!! そういうの止めろー!」
常識のおかしいフェアトに対して、ひとしきり突っ込んだあとにメラニは聞いてみた。
「な、なぁ……先生は女の子――私様が水浴びしてたら、覗こうと思ったりしないのか……?」
暗に覗いてくれと言っているようで恥ずかしくなり、メラニはゴクリと息を飲んで返答を待つ。
しかし、フェアトは変わらぬマイペースさで。
「うーん、馬のメラニ君の方が魅力的では……?」
「……………………は?」
「知識欲的に――って、どうしたんですか? 何か声が未だかつてない程に怒っているような……」
「知るか! 死ねッ!! 馬に蹴られて
「えぇ……」
それからメラニは、三日間は口を利かなかったという。
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