生徒第一号。進化する力。中級精霊

「……それで先生」

「なんですか? メラニ君」


 やりきっていた感を出していたフェアトだったが、周囲の状況に気が付いていなかった。

 メラニはクイッと長い鼻先で示す。

 そこには黒い毛皮をしたモンスターがいた。


「めっちゃモンスターに見られているんだぜ……?」

「おぉ、アレはあのときのダイアウルフではありませんか! まだあまり観察していなかったので、この機会に……」

「観察ってことは、意外と大人しいモンスターなのか?」

「いいえ、すごく素早く動いて僕を食べようとしてきます」


 いつものマイペースさでフェアトが答え、やっぱりコイツは……とメラニが溜め息を吐く。

 待ってくれていたのかダイアウルフは弾かれたのように走り出し、フェアトに向かって一直線で食いつこうとしてきた。


「うわっ、まだ僕を食べようとしてますね!」

「当たり前だろ!!」


 フェアトは間一髪横に躱した。

 ダイアウルフは急制動をかけて、再び食いつこうとしてくる。


「実に執念深い! この体験も良い記録になりそうですね!」

「先生なのにアホなのかコイツは……」


 フェアトはギリギリで横に避けると繰り返しになってしまうと考え、一直線に逃げてみることにした。


「おぉ!? 僕の身体能力が上がっていますね! 足が速い!」


 最初に追いかけられたときと違い、追いかけてきたダイアウルフと距離を離せるくらいの速度で走ることができた。


「これが〝超速〟スキルのもう一つの効果ですか! もはや言ったもん勝ちみたいな多機能さですね! ……でも……ハァハァ……心肺機能はそんなに上がって無いので長くは走れそうにないですね……!」


 脚力が上がっているのだが、身体が貧弱すぎて肺が悲鳴を上げている。

 横っ腹が苦しくなってきた。

 そこで解決策として、走りながら弓を打って迎撃しようと考えるのだが――


「くっ、自分が動きながら矢を放つというのは難しいですね……!」


 止まって撃つのとは違い、身体がブレて、構えすらまともにできない。

 何度も番えた矢が落ちそうになりながらも、一射だけ放つが見当違いの方向にヘロヘロと飛んでいく。


「これは無理ですね……! どうやら授業もこれでお終いのようで――」

「バカ! 私様が先生と認めたのに、ここで終わらせるかよ! こっちに飛び込め!」


 メラニの声がした。

 そちらの方を見ると空間の揺らぎのようなものが発生している。


「〝英雄の教室〟ですね!」


 フェアトは最後の体力を使い、その中に飛び込んだ。

 風景が変わる。

 空間の揺らぎが消滅したのか、ダイアウルフは追ってこない。


「ぜぇはぁ……助かりました……」

「ったく、無茶しやがって。もっと私様に頼れってんだ」

「ハハハ、次からはそうさせて頂きます。……それでさっき、僕のことを先生と認めたと言っていませんでしたか?」


 体力を使い切って突っ伏すフェアトの問いに、メラニは恥ずかしそうに答えた。


「そ、そうだよ……悪いかよ。いいか、一度しか言わねぇぞ! 私様はお前の生徒になら……なっていいと心から思った! いつかお前みたいな先生になってみたいともな!」

「ふふ、嬉しいですね。新生活へ踏み出した僕の生徒第一号、その大切な方に夢まで与えられました。……失礼ですが、色々と噛み締めたいので、もう一回お願いします」

「ほんっとーに失礼な奴だな! 先生は!」


 怒りと照れ隠しでメラニは後ろ脚で何度も砂をかけた。

 フェアトは顔面が埋まりそうなくらいに砂まみれだ。


「わぷっ! 死ぬ、今度こそ生き埋めで死んでしまいます! ……って、あれ? 今気が付いたのですが、〝英雄の教室〟が大きくなっていませんか?」


 フェアトが砂を払いながら、元は一室しかなかった〝英雄の教室〟を眺める。

 よく見ると窓の数などから、二室になっているのがわかった。


「おかしいな……今までこんなことはなかったぞ……。どういうことなんだぜ……?」

「えっへん、この精霊ちゃんが説明してあげよー!」


 二人しかいないはずの空間に、突然三人目の声が響いた。

 そちらを見ると、白いシーツを被った6歳くらいの女の子が胸を張ってふんぞり返っていた。


「だ、誰だお前!? なんでここにいるんだ!?」

「えー、ずっと一緒にいたじゃんー」


 メラニはわからないようだが、フェアトはピンときていた。


「そうか、もしかして下級精霊が進化して、中級精霊に……!」

「ピンポーン、大当たりー。進化してお利口になったから、実体を貰えて喋れるようにもなったんだよー」

「精霊の進化を観測できるなんて……夢のようです……!!」

「それに進化したのは精霊ちゃんだけじゃないよー。この〝英雄の教室〟自体が進化したんだからねー」

「私様の〝英雄の教室〟自体が進化……?」


 これらの事象をまとめて考え、フェアトは眼を輝かせながら結論を出した。


「そうか! メラニ君の心が成長したことによって、その使うスキルも進化したということですね! ああ、そうかそうか! もしかして、このような影響を及ぼしたのは僕のスキル〝カリスマ教師〟で、成長を促進させたということですか!」

「さっすがフェアト、理解がはやーい。その通り、ケイローンはそのためにフェアトのような人間を求めていたのさー」

「うぉぉおお、知識欲が震えます! 早速、調べなくては――……うっ」


 全力で走り出そうとした瞬間、フェアトはパタリと倒れて動かなくなってしまった。


「お、おい!? 先生!? 先生ーッ!!」

「疲労困憊なのにスキルの力を使って走ろうとするからだよー……。まぁ、新しくできた部屋に連れて行こっかー」


 息はあったので、中級精霊が見た目よりもある腕力を使って引きずっていった。

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