天を射貫く星の弓矢
フェアトは今日も大穴の中心で矢を放つ。
手に薬草を貼り付けて包帯を巻いたので、痛みはだいぶマシになってきている。
寝床も冷たい土の上ではなくなったため、体力の回復も早い。
美味しい果物や野草を食べて心身共に元気だ。
「さてと、そろそろ射程距離が伸びてきて、目標到達が近付いてきましたね」
今考えると、穴の上空にやってきた鳥型のモンスターにワイヤー付きの矢を撃ち込んで、引っ張ってもらって脱出というのは馬鹿げているだろう。
他に模索すればもっと楽な手段もあるかもしれない。
だが、最初に考えたこれを実現させるために努力するというのが、フェアトの考えた今必要な〝授業〟なのだ。
効率の問題ではない。
「あとは鳥型のモンスターが上空を通るタイミングを狙うだけです」
「……なぁ、先生。こんなにピッタリ密着しなくてもいいんじゃねーの?」
「ダメです」
フェアトが真剣に構えている横――メラニが恥ずかしそうにしていた。
ポニーサイズで小さいので腰の位置に顔がある。
「で、でもさ~……!」
「矢を撃ち込んだあと、すぐにメラニ君を抱き締めなければなりませんからね」
「だ、抱き締め!?」
フェアトは、メラニのリアクションがイマイチ理解できなかった。
粗暴な喋り方からして、声変わり前の少年だと思い込んでいるからだ。
「ああ、なるほど。極度の恥ずかしがり屋さんなんですね。僕も子どもの頃はそうだったな~」
「べ、別に恥ずかしくねーよ! バーカバーカ! 先生のバーカ!」
「おっと、来ましたよ」
ここは巣への旋回ルートに入っているのか、日に何度か鳥型のモンスターが通り過ぎる。
今日も、丁度そのタイミングでやってきた。
「落ち着いて矢を出現させて……」
何百、何千と矢を放つ練習をした。
そこで気が付いたのは、ここは大穴の中なので横風が発生しにくく、狙ったところに飛びやすいという特性がある。
なので、愚直な努力が実を結びやすい。
「いつもと同じように矢をつがえ、引き絞りながら構え、狙い――……放つッ!」
人を食べるサイズの鳥型モンスターとはいえ、百メートル先ともなればピンポン球程度の大きさに見える。
しかし、それくらいなら問題はない。
練習を積み重ねて外さない精度になっている。
放たれた矢は風を切り、小さくなり、吸い込まれるように鳥型モンスターに刺さった。
『ギョワァァァアアア!』
鳥型モンスターが驚きの声を上げて、その場を急いで飛び去ろうとする。
「脱出しますよ、メラニ君!」
「お、おう……おうぉぉおおおおおおおおお!?」
フェアトがメラニを抱きかかえた瞬間、たわんでいた魔力ワイヤーがピンッと引っ張られた。
メラニは感じた事のない上昇速度に慌てふためく。
そして想定していなかったのだが、馬の四本足では抱きつくことが出来ずに宙ぶらりん状態で怖いのだ。
フェアトが手を離してしまえば、大穴の中に真っ逆さまである。
「せ、先生! 離すなよ! 絶対に離すなよ!?」
「ハハハ! 大丈夫ですって、何も心配はいりません! ほら、あとは勝手に引っ張り上げてくれ――ウゴァ!?」
フェアトは身体を大穴の壁面にベチンと打ち付けられた。
なぜこうなっているかというと、鳥は真上ではなく、横に向かって飛ぶからだ。
「うわああああ!! 先生、言った側から腕が緩んでいるぞー!?」
「はっ!? 綺麗なお花畑が見えました。アレは何でしょうか……ぜひ、研究してみたいですね」
「岩肌に削られながら何を言ってるんだよ!?」
フェアトは知識欲トリップしようとしていたが、すんでの所で思いとどまった。
「大丈夫です! ロッククライミングは慣れましたから!」
斜め上に引っ張られて削られている状態だったが、フェアトは逆に魔力ワイヤーをたぐり寄せるようにして、体勢を立て直した。
そして、岩肌に対して足をかける。
「さぁ、ロッククライミングの始まりです!」
「こんなのロッククライミングじゃねぇ!? 壁走りだろ!?」
引っ張られて削られる前に、両足で壁を踏み付けて登っていくのだ。
それはまるで空中を走って登っていくような絵面だった。
「うわああああああ揺れる怖い死にたくないぃぃいいい!?」
「やっ! はっ! ほっ! とーう! よし、大穴から脱出しましたよ!」
フワッとした浮遊感に支配された後、泣き叫ぶメラニは恐る恐る目を開けると、そこは大穴の外の森だった。
飛び立つ蝶の大群、キラキラと輝く湖、空のカーテンに見えるひつじ雲、地平線をなぞる太陽。
「綺麗……世界ってこんなに綺麗だったんだ……」
久しぶりの大穴の外に感慨深いものを感じるが、一瞬でその余韻は崩れた。
「せ、先生……撃たれた鳥型のモンスターが怒ってこっちに突っ込んで来るぞ!? どうすんだよー!!」
鳥型のモンスターは最初撃たれた痛みで混乱して跳び回っていたのだが、大穴から出てきた二人を見つけると犯人だと断定した。
そして、奇しくも最初にフェアトをエサにしようとした個体だった。
今度こそ食べてやるとばかりに急降下してくる。
「心配いりません。メラニ君のお爺様が与えてくれた、天を射貫く星の弓矢なんです。向かってくる鳥くらいどうってことないです」
メラニは、そのフェアトの横顔を見た。
極限まで集中して、張り詰めた弦のような表情。
普段の物腰柔らかな彼とは違い、一流の射手の貫禄だ。
そのとき、メラニは理解した。
どうして弓の素人だったフェアトが、この短期間でここまで上達したのか。
それはスキル〝超速〟が成長を加速させたのだろう。
神馬ケイローンが、何でもそつなくこなせるようになり、それを噛み砕いて生徒に教えていたように。
「無垢なる一条――
普段とは違い、大量の魔力が籠められた必殺の一矢。
一閃――刺さるのではなく、輝きが相手を貫いた。
輝きは彼方へと飛んでいきながら天高く雲を押し広げ、流れ星のように消えていった。
鳥型のモンスターは滑るように落下し、もう動かない。
「す、すごい……」
「これが僕の〝授業〟です」
フェアトは朗らかに笑みを浮かべ、いつもの調子に戻っていた。
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