神馬ケイローンの加護
「……神馬ケイローン?」
ある程度は神話の本を読んでいるが、ケイローンという存在は聞いたことがない。
どこか別の世界の神なのだろうか。
外見はほぼケンタウロス種族のようだ。
フェアトは立ち上がろうとするのだが、上手く身体が動かない。
ケガで身体の自由が利かないというのではなく、何やら感覚がフワフワしている。
「……これは夢ですか?」
「フェアトよ、理解が早いな。さすが我が待ち望んだ教師」
「ハハハ……家庭教師はクビになっちゃいましたけどね」
「知っている、星見によって予知していた。そして、この大穴に落下することもな」
星見――というのは、恐ろしい的中率を誇るという星占いの一種だ。
星見の一族の者しか使えないとされていて、その類の本は出回っていない。
「フェアト、お前はこのまま目が覚めれば地面に激突して死ぬ。しかし、我の頼みを聞いてケイローンの加護を受け取れば助かるだろう」
「なるほど、失礼な言い方をすれば『死ぬ直前を見計らって、それと引き換えに有利な交渉をしよう』ということですね」
「ウワハハハ! 本当に失礼な奴だ! 仮にも神を名乗る相手に対して、度胸がありすぎるだろう! 気に入った! 我の頼みを是非聞いてくれ!」
ケイローンは機嫌が良さそうだ。
「死んでもお断りしたいような内容でなければ」
「なぁに、簡単なことだ。我が孫の教師をして、ついでにその呪いを解いてほしいだけだ」
「お孫さんの教師を? それなら謹んでお受け致しますが……。呪いを解いてほしいとは?」
「おぉ、教師を引き受けてくれるか! それはよかった! 呪いの方は期限は無いので追々やってくれればいいぞ!」
「えっ、説明になってません。だからどうやって解くのか――」
「では、交渉成立だ! 我が力の一端〝ケイローンの加護〟を授けよう!」
さすが神だ。
人間程度の疑問は答えないでマイペースに事を進めていく。
「おっと、もう夢に介入できる時間もない。起きたらケイローンの加護の一つであるスキル〝星弓〟を装備させておくから、急いで使うように」
「……急いで使えなかったら?」
「死ぬな、間違いなく」
その縁起でも無い一言で、フェアトの目が覚めた。
***
下からの強烈な風圧で寒い。
風切り音が耳にうるさい。
強制的に落下している最中だと思い出させてくれる。
眼下に迫ってくるのは、大穴の中にあった地面。
意外にも穴の中に入っていくと、太陽の角度のおかげなのか真っ暗だと思われた底も明るく見える。
本当の底なし穴だったら、永遠に落下死する心配はなかっただろうなと刹那の思考を走らせたあと、フェアトは気付いた。
(これは……)
手に握られている弓と矢。
素材は半透明――フェアトの身体から魔力供給によって形作られているように見える。
(現在落下中、あるのは弓と矢だけ……。これでどうやって助かれというんだ?)
絶望的な状況だが、夢の中に出てきた神様が実際にこれを持たせてくれて、助かる方法があると言っていたのだ。
思考放棄するという選択肢は無い。
弓と矢なので、単純に考えれば放つ使い方だろう。
(とすれば、何に放つか? 放つとどう助かるか?)
今は落下している最中。
起きてからの数秒で判断をしなければならない。
そこでフェアトは気が付いた。
弓と矢は、身体から線のようなものと繋がっている。
(この魔力らしき線が物理的にも作用するのなら――試してみるしかなさそうですね)
フェアトは、本でワイヤー付きの矢を放って高所まで登るというのを見たことがあった。
そのやり方なら、逆に落下の速度を落とせるのではないかと。
(ここまで計算外のことばかりだったので、この一回くらいは決めたいですね……!)
意を決して大穴の表面の岩に矢を放った。
直進では無く、少し逸れてしまったが矢の勢いは充分だ。
ビンッ――と魔力矢が岩に突き刺さり、繋がっている糸に引っ張られて落下スピードが多少殺された。
糸から身体への衝撃も、魔力糸が全身に張り巡らされているので、耐衝撃用ハーネスのような構造で問題がなかった。
しかし――
(っく、このままだと壁に叩き付けられますね!)
スピードは振り子のように方向性を変え、地面から壁へ向けられた。
結果的には地面で潰れるカエルか、壁で潰れるカエルのどちらがマシかということだろう。
生き残るためにはもう一回賭けに勝たなければならない。
(頼みますよ、ケイローンの加護……スキル〝星弓〟!)
魔力で作られているのならば、と岩に突き刺さっている矢を消滅させ、新たな矢を作り出した。
壁に激突する瞬間、再び反対方向の壁を狙って矢を突き刺し、スピードの方向性を変えた。
あとはこれを繰り返していけば安全に着地できるという算段――だったのだが。
「さすがにそう上手くはいきませんね。やはり予習復習を繰り返さなければ……」
反動で体勢を崩してしまい、錐揉みしながら落下。
次に矢を打つ余裕はなかった。
幸い、ある程度の勢いを殺せたのと、湖からの水が溜まっている場所があり、そこに全身を打ち付けて死ぬほど痛いだけで済んだ。
「いたた……今度は天国でケイローン様が見えてしまうところだった……」
「よく来たな、先生」
水しぶきに陽光がキラキラ反射する幻想的な光景の中、それは子どもの声で話しかけてきた。
「神馬ケイローンの孫である、この私様の栄誉ある教師にしてやる」
「しゃ、喋る仔馬……!?」
「私様の名前はメラニ、以後お見知りおきを……だぜ!」
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