高所からのスカイダイビング
この狼型モンスターはダイアウルフと呼ばれる種類で、人里近くではあまり見ない珍しいモンスターだ。
灰色の毛皮をしていて、サイズは狼というより猪に近い。
フェアトも本でしか見たことがないため、こんなタイミングでもなければじっくりと観察したいところだった。
こちらの戦力を見定めると早速飛びかかろうとしてきた。
餌に出来ると判断されたのだろう。
「計算通り背後から意表は突かれなかったのですが……これはマズいですね……!」
恐怖して立ち止まれば死だ。
武器を持たない素人がモンスターに勝てるはずもない。
かと言って、背後に逃げて運良く振り切れても、臭いを覚えられたので追跡されてアウトだろう。
そもそも走る速度が違いすぎる。
初っぱなから絶体絶命、普通の人間ならここで終わっていただろう。
しかし、フェアトには無駄に蓄えられた知識がある。
「この状況は〝実録、冒険者の俺はこうやって助かった〟という本で読みましたね。生き延びるためには――こうです!」
フェアトは岩場に飛びついた。
そして、登り始めたのだ。
いわゆるロッククライミングというやつである。
「横への移動がダメなら、上です! 相手は登って来られませんからね!」
フェアトは岩の出っ張りに手をかけて、凹んでいるところに足先で踏み込んだ。
それを数セット繰り返していると、下からダイアウルフが咆えて悔しがっているのが聞こえてきた。
「さて、このまま岩場の上へ辿り着ければいいのですが……ふむ、なるほど」
フェアトは冷静に呟き、止まってしまった。
まず、普段から岩登りをしていないので、その体勢がメチャクチャきついのだ。
しかも、次に手をかけられる場所が見つからず、これ以上登ることができない。
「……大ピンチじゃないですか、これ」
フェアトは本での知識は蓄えられていたのだが、それを実際に活かすことができなかった。
この場合は、岩登りに適した身体と、登頂ルートを見極める眼だろうか。
知識だけあってもどうにもならないことがあるのだ。
下にはダイアウルフが口を開けて待っている状況なので、フェアトは進むことも戻ることも出来ないでいる。
このままだと力尽きて落下してしまう。
「うぅむ……何か空でも飛べるような知識はありませんでしたかね……」
あいにくフェアトは魔術も使えない。
眉間にシワを寄せ、脂汗が浮かんできた次の瞬間――
「おぉ、飛んでいる。奇跡ですか!?」
フェアトの身体がフワッと浮き上がった。
「ピンチに陥り、何か隠された力が覚醒して身体を空中に――……いえ、これは大形の鳥モンスターに咥えられて巣に持ち帰られようとしているだけですね、ハハハ」
もうフェアトは白目を剥いて笑うしか無い。
大形の鳥モンスターは、丁度良い高さで岩場に止まるフェアトを見つけて、滑空しながらクチバシでシャツの襟首を掴んだのだろう。
風を切る音が耳に響き、脂汗がヒンヤリと冷やされて心地良い。
「その場で丸呑みにされないということは、たぶん鳥の習性的に巣にいる雛への生き餌というところでしょうか。鳥型モンスターの本で読みました」
フェアトは考えた。
このまま待てば、巣に付いた時点でアウトだ。
たぶん雛に害の無いように両手両脚を千切られてから生き餌だ。
それまでにどうにかしなければならない。
幸いな事にフェアトの着ているシャツは安物で、今も体重に耐えられずに破れかけている。
上手く揺らせば大形の鳥モンスターから解き放たれるだろう。
「うーん、問題はどこに落下するかですね……」
眼下に広がる大部分は、木の生い茂る森。
ここに落ちた場合、運良く木々がクッションになって助かるかもしれない。
だが、木に串刺しになったり、すり抜けたりすればアウトだ。
美味しい
次の候補地としては、進行方向に見える湖だ。
イメージとしては水が落下の衝撃を吸収して無傷に済ませてくれると思われるだろうが、実際はそうでもない。
高すぎる位置からだと衝撃を逃がしきれずに全身を骨折してしまうケースがあると本で読んだことがあるのだ。
それでも、データ的にはダメージを半分以下に抑えられるらしい。
「消去法で湖に落下……ですかね」
その少し先に底の見えない大穴が開いているが、よっぽどのミスでもしなければそちらには落ちないだろう。
「では、湖の女神に祈りながら……! てりゃ!」
フェアトは愛着あるシャツを掴み、思いっきり引っ張った。
鋭いクチバシがそれを破いてしまい、自重に絶えきれずフェアトは落下。
計算通り――と思いきや。
「なっ!?」
慌てた大形の鳥モンスターは再び空中でキャッチしようと首を大きく振った。
それがフェアトぶち当たる。
そして、変な方向に投げ出され、生き延びる可能性がある湖ではなく――底の見えない大穴へと落下したのであった。
「ええと、ここから助かる本の知識は――ないですね!」
フェアトはドップラー効果で絶叫を残しながら、大穴に吸い込まれていった。
「こんな状況にも対応できる本を購入しておけばよかったあああああぁぁぁ……」
***
気が付くと、目の前には半神半馬の男が立っていた。
「フェアト、お前に加護を授けよう。この神馬ケイローンの加護をな」
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