大穴の底で仔馬を生徒にする
「ケイローン様の孫、メラニ……?」
「な、なにジロジロ見てんだよ。ハッ、どうせ今度も気色悪がられて――」
「なるほど……これは面白い……」
フェアトは、メラニと名乗った喋る仔馬を観察した。
仔馬……と表現したが、外見はポニーに近い気がする。
もしかしたら、すでに成長しきった大人の馬かもしれない。
そんなことよりも、馬が喋っているのだ。
人の部分がある獣人ではなく、純粋な馬が喋るというのはどんな本にも載っていない。
フェアトの知識欲が刺激される。
「失礼ですが、あなたを調べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「は? 調べる?」
「はい。外から見ただけではわからない口腔、鼻腔、直腸などです」
「く、口……鼻……おし……おっ、お前本当に失礼な奴だな! この神の血が混じっている私様に対して!!」
「そうなんですか。で、調べさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「こ、コイツ……神と聞いても気にしてない……」
フェアトの知識欲は、三大欲求より優先されるべきものだった。
それで何度もトラブルを起こしたこともあるのだが、本人の考えは未だ変わらない。
「ったく、お爺様はとんでもない奴を先生に選んでくれたなぁ……」
「あ~、そうだ。他にもメラニ君のことで聞きたいことがありました」
「んだよ、変態的なことなら答えねーぞ……」
「メラニ君の呪いのことです。それを解くことがケイローン様からの条件ですからね」
そのフェアトの言葉に、メラニは耳をペタンとして押し黙ってしまった。
フェアトも何も言わずに待ち、無音の時間が流れる。
しばらくしたあとに――
「ヘックション!」
フェアトはクシャミをしてしまい、自らの身体が濡れていて体温が下がってきていることに気が付いた。
「よし、それじゃあ、まずは休憩させて頂きます。疲れていると授業もできませんしね」
「……呪いのこと、もっと追求してこねーのかよ?」
「どうやら話したくないようなので、話したくなったらでいいです」
「っち、先生を信頼できるようになったら教えてやるよ。ま、すぐに先生を辞めるだろうけどな」
自身を重視してくれたことに少しだけ好感を持ったのか、メラニは耳を立てて尻尾を高く振っていた。
口は悪いがまんざらでもなさそうだ。
「うひゃ~、パンツまでビチャビチャだ」
フェアトは服を脱いで全裸になった。
あまり筋肉は付いていないが、骨格は男性的で角張った印象を受ける。
「な、なななな!? なに脱いでるんだ!?」
「ん? 脱がないと服を乾かせません」
フェアトは首を傾げたが、メラニは尻尾を上にピーンと立てて走り去ってしまった。
といっても、大穴の中は多少の広さはあるが、視界内に捉えられる距離までしか移動できない。
メラニは裸を見ないようにそっぽを向く形となった。
(ふむ、たしか図鑑で見た情報では馬の
フェアトは大真面目な顔をして、外から流れ着いていた葉っぱをつまみ上げた。
そして、それを股間に貼り付ける。
「失礼しました、メラニ君。種族間の認識はこれから改めていかねばなりませんね……」
「こっ、こここここ股間に葉っぱ!? 変態だー!!!!」
「では、これからの話をしましょうか」
「えっ、その格好で話を進めるのか……? 神の血を受け継いでいる私様の前で……??」
馬の耳に念仏、という風にフェアトはスルーした。
「まずは、ここから脱出することが先決ですね」
「やべぇよぉ……コイツ、やべぇよぉ……」
メラニの半泣きの声もスルーされた。
「この大穴、地上への高さはざっと100メートルくらいある感じでしょうか。フリークライミングで登って脱出は不可能ですね。メラニ君、横穴とかはありませんか?」
「っち、ねーよ」
「なるほど、そうなると……」
内壁のさらに上を見る。
そこには大型の鳥型モンスターが上空を横切っていた。
最初のことも考えると、どうやら定期的に横切るコースになっているらしい。
「〝星弓〟を大形の鳥モンスターに撃ち込み、ワイヤー経由で二人一緒に脱出しましょうか」
「えっ、いくらなんでも無茶だろ……?」
「はい、たしかに現状では無茶と言えるでしょう。僕は弓の素人ですし、スキルを使用するのも今日が初めてです」
「ほら、できるわけねぇ……もっと別の……」
「メラニ君から信頼を勝ち取るために、まずは僕が僕自身を授業、予習復習して目標を達成できるというところをやって見せねばなりません」
「は? なんだよ、その発想は……?」
フェアトは意に介さず、ゴロンと横になった。
「そのためには少し寝て体力を回復させます。おやすみなさい」
「ちょっ!? 待てよ!」
メラニの言葉も聞かず、フェアトはすぐにスピースピーと眠りについてしまった。
きっと、今日は色々とありすぎて、表には出していなかったのだがとても疲れていたのだろう。
「ま、どうせ今度の先生もダメなんだろうけどな……」
メラニは深いため息を吐いてから、どこかから取り出した毛布を咥えて、フェアトの上にかけてやった。
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