第2話 暴露


6月に入り、父の転勤が正式に決まった。


父は黙々と荷造りを始め、母は「忙しい忙しい」と呪文のように繰り返し言っていた。


 大事な親友に一番最初に話したいから、担任にはクラスのみんなへの発表はまだ口止めしてもらっている。 でももう6月の二週目だ。言い出せずにぼやぼやしているとあっという間に夏休みに入ってしまう。


早く言わなきゃ、言わなきゃと思っているのに、二人を目の前にすると何も言えない。


 学校からの帰り道、今日は一日中雨が続いているせいかキブンが晴れない。

わたしはぼんやりと通学路に咲く紫陽花を眺めていた。


両親はわたしが産まれる頃にこの街に引っ越してきたという。緑が豊かで人も優しくて、川が街中をめぐっている。

長閑な街だけど最寄り駅はそこそこ大きい(と思う)。何年か前に路線名がリニューアルしたらしいけど、今でもみんな昔の路線名で呼んでいると母が言っていた。


大きな特徴はないけど、ここがわたしが生まれ育った街だと自信を持って言える。



 わたしの側で傘をくるくる回して歩く、双子のきららとうららは一年生からの親友だ。


 運動神経抜群で足がとっても早いきららは、今年の運動会のリレーでは4人もごぼう抜きにしてゴールした姿がとってもカッコよかった。


ぴんと背筋を伸ばしたポニーテールのうららは、おしゃれで他の女子よりも大人びてる。古着をリメイクしたり、ミシンで服を作ったりしている。


「あやや、図工の作品は完成しそう?」


無邪気にきららがわたしに聞いてくる。図工の授業でカラフルな針金を曲げて作る針金アートのことだ。


わたしの名前はあやなだけど、きららとうららが三人でいると語呂がいいからと”あやや”と呼ぶようになった。今ではすっかりこの呼び名に馴染んで気に入っている。


 わたし達三人はまったく違うタイプに見えるようだけど、一つだけ共通することがある。


興味があることはやってみたい。誰がなんと言おうとやってみたい気持ちが強いことだと思う。



その日の夕食後、母からいつになったら話すのかと聞かれたがもごもごと声を籠らせた。


 だって、今までずっと過ごしてきた街や親友二人といきなり別れ、これから先、知らない街で、知らない学校で、知らない子たちとクラスメイトになっていくのなんて考えられない。


(明日から新しい街で暮らします。今までお世話になりました)と言えばいいのだろうか。



翌朝、学校に着くまでの間、三人で昨夜観たドラマの感想や学校のことについて話すいつもと変わらない光景にほっとする。


しかし、学校に着くなりいつもの光景があっという間に変わってしまった。

クラスに入るといつもふざけている山田が真っ先にあややの元に来てこう言った。


「なあ、あややって転校するの?」

「えっ!」


きららとうららが顔を見合わせ、あややを見た。突然の出来事にあややの背中にはだらだらと嫌な汗が流れていた。


強張った顔のあややはその場に立ち尽くし、うららときららが山田に聞く。

「誰から聞いたの?」「それ本当の話?」双子の息はぴったりだ。


「昨日、職員室で先生達が話しているのが聞こえた。オレ悪くないよ?聞こえただけだし」

山田は悪びれもせず、ふーんと横を向いて立ち去った。


きららとうららが振り返ると、あややの目には今にもこぼれ落ちそうなほど涙が溜まっている。


「ごめん…わたし転校するの」

「ほ、本当に?」


ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を脱ぐいながらあややは必死に話した。


「…うん、本当。お父さんの仕事の都合で、夏休みに新しい街に引っ越す…」


わたしの勇気が足りなくて二人をびっくりさせてしまった。自分の口から言いたかった。


「二人には一番最初に話したかったけど、勇気がなくて言えなかった。ごめん」

大粒の涙をこぼすあややと二人の間に長い沈黙が流れた。


そっとあややの肩に手を添えながらきららとうららが言った。


「うちらずっとあややのこと大好きだよ。小一から毎日一緒じゃん」

「そうだよ。転校しても友達でしょ?」


二人がにこっと笑うも、眉毛は寂しそうに下がっている。


「でもやっぱり寂しいよ!転校しないでよ」ときららがぎゅっと強く抱きついてきた、うららは二人の側で涙をそっと拭いていた。


 その後、山田は女子達からデリカシーがないと責められ、話を聞いた担任の先生にはごめんねと謝られ、わたしが悩んだ日々は何だったんだろうと何とも言えない気持ちになった。


 山田のお陰であっけなく転校することがクラスに広まってしまい、その日わたし達三人が転校について話すことはなかった。

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