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 話は昨日の日曜日、七凪と別れた後まで遡る。

 本屋に寄って平積みされていた小説を購入し(『ラスト百ページですべての真実がひっくり返る』とSNSで話題らしい、悠長すぎて興味が湧いた)、そのまま帰路についていた時である。

 夕方というにはまだ日の高い時間の駅前周辺。

 休日ということもあってか、車道への自動車の進入は規制され、歩行者が自由に行き来できるようになっている。道の面積が広がっても尚、人は溢れており、時折スマホを見ながら歩いている者同士がぶつかるのが見えた。

 そして——

「……?」

 その人だかりの中、通行の妨げにならない道の端に、目立つ人影がある。

 年齢はわたしと同じか少し下。ボリューミーな橙色の髪、前髪はまっすぐに切り揃えられ、後ろ髪は三つ編みになっている。髪に呼応するように瞳は赤く、きょとんと見開かれる様は、まるでルビーやスピネルがそのままはめ込まれているかのようだった。

 纏っているのは暗いクリーム色のケープ風の衣装であり、顔の明るさをより引き立たせていた。

 その〝彼女〟が、自身の上半身を覆い隠せるほどの看板(プラカード)を掲げている。そこに書かれていたのは『バケモノ退治の仲間募集!』といった内容。

 …………。

 ……さて。

 何をどこからどうしたものか。

 そもそもあれは……なんだ?

 抱いた印象を一言で表すなら、わたしの前にいるのは……〝いかにもな魔法使い〟——あるいは、容姿も加味するなら、〝魔法少女〟と呼ぶべきだろうか。

 なんというか……〝正統派〟な姿。

 といっても、わたしの記憶にある他の〝魔法が使える少女〟がよりによってあの〝空骸黑〟なので、どう繕ってもこっちの方が本物っぽく見えるのは、当然かもだが。

 その魔法少女〝風〟が、鼻息荒く、自身に満ちた笑みで佇んでいる。

 あまりにも怪しい振舞い。

 どう見ても不審者……あるいは、妙な思想に傾倒している……かのようだ。

 そう感じているのはわたしだけではないようで、道行く人々は皆、彼女を華麗に素通りしていく。時々——数十人に一人程度、プラカードの内容や彼女の容姿を一瞥する者もいたが、すぐに目を逸らし、やはり通り過ぎて行った。多少反応があった人間に対して魔法少女は期待に満ちた表情を向けるものの、それ以上話しかけることはなく、ただ彼らの後ろ姿を目で追うだけだった。

「…………」

 そんな様子を遠くから観察してみること数分。

 わたしは最初こそ訝しんで眺めていたものの、彼女はといえば、特段何かしら積極的な行動をするわけでもなく、いつまで経ってもただ立っているだけだったので、わたしも最終的に『なるほど街中であれば〝こういう〟のもあるか』と結論付けて、その他大勢と同じように、素通りしようとした。

 の、だが、

「ちょっと」

「…………」

 話しかけられてしまった。

「しらんぷりするつもり? あんなに見といて?」

 というか観察していたのがバレてた。

「あ! コラ! 逃げないでよ! 待ちなさいって!」

 その場で早足になってみたら、即座に追いつかれて袖を掴まれた。さっきまでそんなことしてなかったのに……。

「見てたってことは気になってたってことでしょ? だからわざわざここを通るまで待ってあげてたのに……!」

 どうやら、他の人間に拘らなかったのは、わたしに狙いをつけてたかららしい。

 なんで?

「あなた女の子でしょ? いくつ? どこ住み? 携帯持ってる? 番号教えてよ」

「なんなんですかあなた⁉」

「仲間集めてるの! それで? あなた名前は?」

「今ので質問の答えになってると……⁉」

 流石に一人よりは二人か、引っ張り、引っ張られるわたしたちに対する不審な視線が増えてきた。

 想定外の辱めを受けている。

「その髪染めてるの? 外国の人? 日本語上手いわね!」

「わか……わかりました! とりあえず話は聞きますから!」

 これ以上騒がれるのも困るので、一旦彼女を宥め、人通りが比較的落ち着いている方面——今いる地点から歩いて数分の駅前ロータリーに向かうことにする。

 人の往来の頻度自体はそう変わらないものの、設置されたベンチに腰掛けたわたしたちをわざわざ注視する者の数は明らかに減ったようだった。

「私はネオン。見ての通り、魔法少女、よ!」

 座ったまま腰に手をやり、胸を張る少女……ネオン。その動作で立てかけたプラカードに肘が当たって、しばらく悶絶していた。

「見ての通り、ですか」

 そう言われてしまえば、認めざるを得ない格好をしているけども。

 とはいえ、魔法少女……魔法少女、か。

「……罰ゲームとかですか?」

「違うってば‼」

「日常的にやらされているなら、弁護士に相談するのが良いそうですよ」

「いじめられてるわけじゃないから‼ 私が私のためにやってるの‼」

「なるほど、あくまで自分の意思だと……では〝十代特有の気の迷い〟か〝単なる変態〟か……」

「勝手に偽物にするなぁ!」

 いちいち両手を振ってオーバーに抗議するネオン。反応が毎度やかましくてなんだか面白くなってくる。

「言っとくけど、ごっこ遊びじゃないから」声色はそのままに、トーンだけを若干落とすネオン。「本当に、真剣に、私は魔法少女なの」

「…………」

「絶対に信じないってなら、別にいいけど。……別の子を誘うし」

「それは……」困るかもだ、色々な意味で。

 とりあえずからかってはみたものの、別にわたしは、魔法少女の存在そのものを疑っているわけではない。

 この世界を大して知らない(覚えていない)わたしだが、それでも一般的に社会で過ごしている人間よりかはある程度、〝知る必要の無い事柄〟に触れているという自覚はある。それは化心であったり、心術であったり……〝魔術〟であったり。

 なので、彼女が主張する自身の正体について、否定できる根拠はない。むしろ大いにあり得るとさえ思える。魔法と魔術はほとんど同じようなものだとすれば、この子がフォルテさんや斐上・空骸、七凪と同じカテゴリにいる可能性は高いだろう。『へぇそうなんですね、では活動頑張ってください、わたしはこの辺りで』なんて具合に別れてしまうのは、得策ではなさそうだ。

「まぁ、魔法少女だってこと以外はなーんにも覚えてないんだけど。……それで、ここからが大事な話で」

「大事な話の前にスルーできないこと言われたのですが」

 ここからも何も、ここまでの時点で爆弾発言が飛び出した。

 魔法少女における最適な人数の話をし始めるネオンを制止し、どうしてここにいるのかの話を聞くことにする。

 結果から言えば、有力な情報は得られなかったが。

 ……曰く、彼女は、気がついた時には己に関するほとんどすべての記憶を忘れ、この格好で立っていたのだという。場所は、駅から離れた心宮公園の中。唯一覚えていたのは『寧音』という自分の名前と『自分はバケモノを退治する魔法少女ネオン』という目的のみ。公園内で『ねぇあなた、私のこと知らない?』みたいな感じで聞き込みを試みたが、無視されるか逃げられるかだったようだ(あからさまに怪しいので、無理もない)。

「それで、これからどうしよう~って思ってた時に、バケモノが出たの、公園に」

「バケモノ、ですか。どのような?」

「自転車くらいの大きさの、青と緑の……なんかこう……なんて言えばいいかよくわかんないもので……それが遊具で遊んでいた小さい子に近づいていて……でもその子は何も見えてないみたいだった。変でしょ? すごくキモい見た目なのに」

 化心だ。と、即座に確信する。どうやらネオンは化心が見える方の人間らしい。

「やっぱり意味がわからなかったけど、でも『これが私の退治しなきゃいけないバケモノ』なんだって感じて……追いかけて、持ってた〝これ〟で殴ったの」

 ネオンがステッキ(マジックテープでローブに取り付けられていたようだ)をわたしに見せる。全体的にピンク色。半透明な棒の先に花の飾りがあしらわれている。見たところ素材はプラスチックかガラスのように見えるが、殴れるのだから強度はあるのだろう。

「ぜんっぜん効かなかったけどね。けど、こっち追いかけてくるようになったから、後はもうはちゃめちゃに逃げて……逃げまくってたら、もういなくなった。こっそり遊具のところに戻ったら、その子はいなかったから、家に帰ったと思う」

「凄いじゃないですか」素直な賞賛だった。逃げてしまったとはいえ、記憶もない、戦う方法もわからない状態で真っ先に〝その手段〟を選べる者は果たしてどれほどいるだろうか。「記憶を無くす前も、きっと勇敢な魔法少女だったんですね」

「何よ今さら褒めだして……さっきまで変態呼ばわりしてたくせに。信じるっていうの? 私のこと」

「話を聞く必要はあると思ったんですよ。それに……」シャツの胸ポケットから、名刺ケースを取り出して、中の紙を彼女に渡す。「あなたの方こそ、相談する価値はあると思いますよ。少なくとも、その辺の通行人よりは」

 手渡した紙——ハートキャッチの名刺をまじまじと見つめる魔法少女。

 まさかこれが有効活用できる日が来るとは——と、家にまだ数百枚以上残っているのを思い出して、わたしはため息をついた。

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ココロのトバリ サザンク @sazankumikoto

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