◇3 後編

「というのが顛末で……侑里が言うような大事にはなってないので、大丈夫です」

「そっか、帷がそういうなら、一旦心配ないかな。じゃあもう問題ないと思うけど、もしも何か嫌なこととか言われたら、私に言ってね。それとなく諫めるようにはするから」

「ありがとうございます」

「浮いた話無いからさ、私らの学校……私らの周りが無いだけなのかな? とにかく、ちょっとでも〝こういう〟のがあるとみんな乗っかっちゃうっていうか……ごめんね」

「いえ、全然」

「……こっそり、私にだけは教えてくれたりしない? 本当は付き合ってるのかどうか」

「おっと?」

 冗談冗談、と口を開けて笑う泉侑里。会ってすぐの頃と比べれば、随分と朗らかになった——というより、本来の姿を見せてくれるようになった、の方が正しいのだろう。そもそも彼女は、つばさと仲が良いのだから。素を出してくれるようになったのは、わたしとしてもなんだか嬉しい。

「それなら、余計な気を回しちゃったね」侑里がわたしを——わたしが抱えている段ボール箱を見ながら言う。「昨日のことはちょっとだけ聞いててさ、それで今日、案の定囲われていたから、手伝いってことで連れ出しちゃったけど」

「気にしないでください」

 軽く身じろぎしながら、段ボール箱の角をぎゅっと持ち答える。凄まじく重い、というほどではないにしろ、たとえば二箱を重ねて持つのは流石に不可能と断ずる重量感を、それは有していた(余談だが、箱のどちらかの下の角を持ち、持った対角線の上の角を持つと、軽く感じるというテクニックがある)。泉もわたしと同じ箱を持っており、お互いにわっせわっせと運んでいた。

「織草さん、結構筋力あるんだね、頼んで良かった。私じゃ何往復もしそうだから、正直言うと助かったよ」

「力になれたなら良かったです。……でも、結構重いですよね、これ。何が入ってるんですか?」

「行事関連の資料とか、昔の教科書とか、そんな感じだって言ってかな、先生が。処分するにしても一旦全部確認しないといけないから、とりあえずの保管場所にまとめておきたいって」

「なるほど」

 校舎の端の辺りまで歩くと、ほとんど人の声は届かなくなった。節電のためか廊下の照明は消えており、日中でもほのかに薄暗い。辺りには教室がいくつかあるものの、窓から覗いた室内は、机や椅子が重なって隅に寄せられており、何年も使われていないことが見て取れた。咲良紗高校は校内人口が多くはあるものの、それでも年々と生徒数自体は減少しているらしく、その結果、このような空き教室が生まれているのだそうだ。これらの教室は今や倉庫のように扱われており、わたしたちが運搬している箱も、その一部として積み上げるのである。

 やがて、目的の教室の前で侑里が立ち止まった。この辺りの教室は施錠されておらず(保険室へ逃げた時も思ったけど、教師陣のセキュリティ意識は一度改めるべきだ)、そのまま開放することができた。足を踏み入れた途端に、大量の埃が宙を舞ったので、下手に吸い込まないようにお互いに無言で移動し、奥側の床へ箱を配置した。

「マスクを持ってくるべきでしたね」教室から離れた後、軽く制服を叩く。

「だね。大掃除でここ充てられたら大変そう」侑里も答えて、伸びをした。「戻ろうか」

 他にも移動させるものはあったようだが、他クラスや生徒会の生徒も協力しているため、わたしたちが担当する分はもう無いとのこと。であれば長居する理由もなし、下校してハートキャッチに寄るとしよう。

「……何これ?」

 わたしたちの教室の階へ戻ろうとした時、侑里が声を上げた。

「どうしました?」

「いや、これ……」怪訝な表情で侑里が指を指したのは、廊下の端にある小さな部屋の扉だった。他の教室とは違って小さく、窓も無いこの部屋は、おそらく用具入れ等に使われるものだろうと推測できた。

 そのドアに——



 ☆☆☆一緒に街を守りませんか?☆☆☆

 ♡♡♡魔法少女のお助け役募集‼♡♡♡

 ✿✿✿ 愛と正義のために戦おう‼✿✿✿



 ……〝張り紙〟がされていた。

「……はい?」

 A4サイズのコピー用紙が、セロハンテープでびったりと接着されている。

 用紙は暗がりでもわかるほどカラフル(黄色とピンク)に色付けされており、謎の募集文言の周りには星やハート、花、ゾウ、キリン、ペンギン、クッキー、チョコレート、ドーナツ、ラーメン、ウェディングドレス等の絵がところせましと配置されており、まったく目に優しくないデザインとなっていた。地域の掲示板に小学校のサッカー団の募集や、バザーの開催通知が張り出されるのを見たことがあるが、目の前のこの張り紙も、そういった類のものを想起させた。

 というか、

 これは〝まさか〟……。

 心当たりと嫌な予感が混ざったものが額と頬に伝う。

「アナログ絵だ、クレヨンみたい、結構手が込んでるね」紙を触って妙な感想をこぼす侑里。

「…………」

「いつ描かれた……貼られたものなんだろう? この辺はあんまり人が通らないけど、何年も無視されるわけないし……」

「…………」

「だとすると最近? そもそも魔法少女のお助け役……? 魔法少女って、アニメで観るものだよね? 同好会の募集とかかな?」

「え、えっと」

「ごっご遊び……は無いか、高校生だし。それか悪戯なんだろうけど、何にせよこのまま貼ってるのは良くないか、たぶん無許可だろうし」

 そう言って、侑里はセロハンが扉に残らないよう、丁寧に張り紙を剥がした。

「……そ、そう、ですねぇ」

「どうしたの帷? 具合悪い?」

「い、いえ、大丈夫です、まったくもって、大丈夫です」

「でも汗が凄いような……」

「あ、暑いのかな? ちょっと暑いかも、ですね~?」

「そう? たしかにこの辺はエアコン付けてないし、あんまり長くいたら倒れちゃうかも、さっさと戻っちゃおうか」

「は、はい……あ、わたしは喉が渇いて、外で飲み物買ってから帰りますので、どうかお気になさらず、先に行っててください……‼」

「そう? わかった。それじゃあ、今日はお疲れ様。改めて、本当に助かったよ、ありがとう」

「はい、わたしで良ければ、また頼んでください」

 手を振って彼女を見送る。侑里の姿が見えなくなってからも、ひょっこり引き返してくる可能性を考慮して、とりあえず数秒はその場で静止した。

「……ふぅ」

 やがて、完全に彼女がいなくなったことを確認してから、わたしは一度深呼吸をして(相変わらず変な汗は流れ続けている)振り返り、件のドアを見る。

「よし」

 そしてわたしは、意を決して扉を——壊れない程度に、しかしながらある程度の勢いをつけて——スライドした。

「——ちょっと‼」

「ひゃあっ‼」

 途端、甲高い悲鳴が耳に届く。

 当然ながら、その悲鳴は室内から発せられたものだ。わたしがたった今、わざと〝室内の人間〟が〝驚く〟ように戸を開けた故に、起こった事象である。

「……なーんだ、トバリか……大きな音でビビらせるなんてひどいじゃない……まったくもう」

「色々言いたいことがありますけど」

 目の前にいる〝彼女〟を見据える。

 不意打ち気味で扉を開けたのは、単なる意地悪ではなく、わたしの予想とは違う存在がいる可能性を危惧したからだが、それについては杞憂だった。

「とりあえず、まずは……『出てってください、〝寧音ねねさん〟』」

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