◇3 前編

◇3


 わたしの通う咲良紗さらさ高校は、心宮こころみや市の中ではそれなりに——少なくともそこに住む人間であれば、制服を見てその人が咲良紗生であるとすぐにわかってしまうほどには、名が知られている。

 際たる理由はシンプルに、学生の数が多いからである。地元民の中にも卒業生が多いので、自然と知名度は高くなるのだ。

 そして、人数の多さはそのまま〝目立つ人材〟の出現率の高さにも繋がる……というのは、葵さんが言っていたか。『有名人は東京出身が多いし、宝くじだって、たくさん買われている店が当選しやすいだろう?』という言葉通りかはともかく、たしかに名の知れた大学への進学率、部活動の県大会出場率についても、地域で比較すればこの高校がトップクラスとなっている。これも、全校生徒の人数がもたらす恩恵の一つなのかもしれない。

 さらには『人が多いと、各々が抱える十人十色な事情の数も増えるからね、帷ちゃんみたいに変わった子を〝紛れ〟させる分には都合が良かったんだよ』と、この高校へ入れた理由を質問した際、葵さんは答えてくれた。

 ……さて、ここで二つの前提を確認しようと思う。

 一つ目に、織草帷は〝目立つ〟ということ。理由は言わずもがな、この髪色だ(体型もある……かも……だけど)。

 二つ目に、先ほど述べた咲良紗高校の概要——多くの生徒が通う大規模校(マンモス校とも呼ぶらしい)であるということだ。平日は校内に収容されている彼らではあるが、たとえば休日——それこそ〝日曜日〟ともなれば、彼らは〝街の至る所〟に解き放たれることとなる。

 では二つの前提と、そこから導き出される……〝起こり得る〟事象、そして実際のわたしの行動について、考えてみる。

 いつ、どこで、誰が、何をした。

 昨日、街中で、わたしと七凪の二人が、一緒に歩いていた。

 ……なるほど、

 つまるところ——


「織草さん! 男の人と歩いていたってホント⁉」

「彼氏? カレシ?」

「なんかこう、ワイルド系? っていうの? 結構カッコいいらしいじゃん!」

「えー意外! 織草さん、もっとおとなしい系のタイプが好みなのかなって」

「どこの高校? この辺で髪染めていいとことかあったっけ? ……もしかして年上?」

「あ! わかった! この前クッキー渡したの、その人じゃない?」

「バイト先の人ってこと⁉ わぁ~すご~!」


 このように、学内の誰かしらに目撃され、拡散されることがあるのだ。

「……えーと」

 教室で着席していたら女子たちに囲まれてしまった。

 困惑を禁じ得ない。

「まぁまぁまぁまぁ落ち着きたまえよ皆の衆、色々言われたら帷も困っちゃうからね」

 と、さて一体これはどういうことかと思っているわたしの前に、好奇の輪を掻き分けて現れたのは、仲町つばさ。

「で、帷ちゃんよぉ。昼にはファミレスの前で別れてたらしいけど、これはもしかしてあんまり上手くいかなかった感じかなぁ? ケンカ……っぽくはなかったけどさ」

「何をどこまで見てたんですか?」

 この状況を助けてくれるんじゃないのか。

 というか、そんなところまで見てたってことは……。

「つばさが広めたんですか? この状況は」

「いやいやいや違う違う! わざわざしないって! あたしが知ってるの、帷がその人と別れた時くらいだし」

「少なくとも最後の方は見てた、と」

「おっと」

「声かけてくれても良かったのに」

「ごめんごめん」片手を顔の前に立てるつばさ。「家族が一緒でさー、こっちも見られたらなんか恥ずかしくて」

 現在進行形で恥ずかしい目に遭っているのはわたしの方だが。

 なんだかアンフェアだ。

「ともかく! 本当のところどーなの⁉」

 期待に満ちた目で見つめたくるつばさと女子たち。

「本当も何も……」

 もちろん、期待に応えられるような回答は持ち合わせてはいないので、この場合はごく普通に——『バイトの先輩とたまたま外で会ったら、昼を奢ってもらった』というカバーストーリー(まるっきり嘘ではない)で納めることとなった。聞いた各々のリアクションは『やっぱり』とか『なーんだ』とか『と、言いつつも……?』と別れていたものの、説明そのものには納得しているようだった。

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