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「リング七千に……ネックレス一万! まぁ……安い、か?」

「わたし、シルバーってもっと高いかと思ってました。このくらいが普通なんですか?」

「値段は……加工次第で結構変わるな。あとは……これが本当にシルバーなら、って問題があるが。……なぁ、おっちゃん、実はこいつら合金だったりしない?」「ワタシ、日本語、チョット難しい、デス」

「……シルバーじゃないと駄目なんですか?」

「ダメっつーか、混じり気があると魔力がうまく入らないから、できれば素材がはっきりしてる方がいいんだよ。……いやぁ、重さだけじゃピンとこねぇ」

 路上に展開されている長机、その上には所狭しと多種多様なアクセサリーが陳列されていた。そして、七凪勇兎ななぎゆうとは、手に取った商品をひたすらに睨んでいた。わたしはというと、最初こそ露店のラインナップ(十字架や髑髏がほとんど)について、いくつか手にとったりしてはみたものの、そのうちに自分のセンスの範疇とは違うという結論に至ったため、今となっては彼が熟考している様を後ろから眺めて、時折茶々を入れるような状態だった。

「魔力入れるって……これを魔術道具ウィッチクラフトにするんですか?」

「道具ってほどのもんじゃない。魔力を蓄える財布みたいに使うだけだ。なんかの時にポケットに千円入ってたら安心するだろ? そういう感じ」

「……なるほど……?」

「どうせならカッコいい形の方がテンションあがるからって思って……素材は最悪シルバーじゃなくていいんだけどさ、だとしたらこれは高いよなぁ……おっちゃん、これもうちょっと負けることってできる?」「ワタシ負けない、レスリング強いデス、勝つよ」「いやそういう意味じゃなくて……」

「もう少しちゃんとしたお店にしません?」

 日曜日。

 多くの人間にとって、心身を休める、あるいは趣味に興じる等の自由が与えられる日。

 とはいえ、わたしにとって日曜日は、必ずしも休日になる日……というわけではない。元々ハートキャッチは年中無休だし、いつどんな時にも依頼が舞い込んでくる場合はあるからだ。役割分担的な意味でいうなら、わたしが学校にいる間は葵さんと椛さんが仕事をこなしているので、土日はそれこそわたしが主だって働くのが道理なのだが……。

 葵さんから、休息を許可された。

 というよりはほとんど〝命じられた〟に近い。

 理由は至極シンプルに『学生の本分が大事だから』だそうだ。わたしにとって優先すべきは学業や部活動、学友との交流であり、ハートキャッチの仕事はあくまでアルバイトにすぎない、なのでリフレッシュする日が必要なのだという。『人手も二人増えたことだし、遠慮する必要はないよ、ゆっくり休んでね』と最後に言われてしまえば、実際のところ、確かに学校生活が忙しくなり始めたわたしは、言葉に甘えるしかなかった。

「その増えた人手ってナチュラルに俺も入ってない?」

「フォルテさんは一緒に仕事してくれませんでしたからね」

「やっぱり俺カウントされてんのかよ‼」

「嫌でしたら、葵さんに言っておきますけど」

「……織草と縁ができるのはデカいし、別にいいけど」

 露店を出て、真っ先に見つけたレストランに二人で入る。段々と上がり始める外の気温に反比例して、こういった施設の室内はぐんと冷えていて、扉を開けた瞬間に背中をなぞられたような感覚がした。もう数日も経てば、さらに外気温は上昇するのだという。夏というものをわたしは言葉でしか知らないが、次に事務所に入った時は、エアコンの掃除と点検をしておくべきか。

 いわゆるファミレスとされる店内は、日曜の昼時ということもあって盛況だった。女性の話し声、男性の笑い声、赤ん坊の泣き声、店員の声——老若男女問わず、おひとり様カップル友人家族連れ問わず、様々な声と音がほとんど同じデシベルで衝突し、各々の会話の詳細がわからなくなるという、奇跡的なプライバシー保護がなされていた。

 そういうわけで——。

「では……斐上ひがみ空骸からがいについては」

「詳しい正体はわからなかった。つっても、別におかしくはねぇよ。そもそも魔術ってのは表に出すようなものじゃないからな。同じ魔術師でも、他の奴や家のことなんて、そうそうわかるもんじゃない」

「そう……なんですね」

 わたしたちは——もちろん、普段よりは若干声を抑えつつ——目下の〝敵〟についての情報共有を行っていた。

「『斐上』が、化心絡みの研究を続けていた家なのは本当だが、知り合いに聞いても、俺らが生まれる前には、もう名前を聞かなくなってたらしい」

「化心の……研究」

「化心を殺す方法ってよりかは、どうやって化心が生まれるのか……そっちの方で色々やってたっぽいな、それ以上はなんとも」

 店員が注文した料理(七凪がミートソースのスパゲッティ、わたしがハンバーググリル、ライス付き)を持ってきた。他の席では、肩の高さくらいの棚型ロボットが店内を巡回しながら配膳を行っている。この時間はフロアは総動員らしい。

「ちなみに空骸って女のことは完全にさっぱりだった。調べてみたけど、そういう名前の家は無かったしな。元々は魔術の世界とは関係ない一般人で、後から魔術を覚えたのかもしれないし、実は魔術師出身だけども、正体を隠してんのかもしれない」

 七凪の言うことは一理ある。斐上にしろ空骸にしろ、わたしたちはあくまで、二人が名乗っている名と魔術師という肩書をそのまま信用しているに過ぎない。彼らが自分たちの正体を正直に話す理由はないのだ。

「…………」

 それでも、

 空骸の、勝ち誇ったように名乗った態度や、義理を通すという名目で目的を語った斐上の姿を思い返しても、あれらが全てこちらを騙すための方便には思えなかった。

 ……直感以上の根拠があるわけではないのだけど。

 だとすれば——斐上はともかく、空骸は自らの意思で、魔術を習得し、人の心を弄ぶ道を選んだことになる。そこに至るまでにあったであろう〝何か〟については——何も想像はできなかった。

 空骸黑からがいくろ

 わたしと、そう変わらない年齢の少女。

 彼女は、どうして————

「——お前の方はどうなんだ?」と、フォークでスパゲッティを巻きながら尋ねる七凪。「その……お前の中にいる奴。花の巫女、だっけか。そいつについては何か……」

「……あ、えっと」急に〝こちら側〟の話題になったことで、ほんの少しだけ思考と、ハンバーグを端から切っていた手が止まった。「筺花きょうかは……わからないです」

「わからない? あれ、確か話せるんじゃないのか?」

「はい。でも、あの時……最初に話せた時以降は、まったく」

「……そうか」

「いなくなってはいないはずです……再生の力は使えるので。でも、彼女とのコミュニケーションはできなくて……向こうからの声も、今は聞こえないです」

 花の巫女、織草筺花おりくさきょうか

 平安期において活躍した初代の織草であり、わたしの心臓の正体。

 最初に話した時というのは、言うまでもなく、空骸黑との戦闘をした際のことだ(食堂で微睡んでいた時の忠告はいわゆる〝会話〟はできなかったので、ノーカウント)。

 そもそも落ち着いて話すことのできる状況ではなかったし、散々煽られたのもあって何もいい思い出はなかったのだけども。

 しかし、とはいえ、筺花と話すことができれば。花の巫女の謎や、魔術師がわたしを狙う理由、化心を消滅させる手段について有力な手がかりが得られるかもしれない。そう思って何度かコンタクトを試みているのだが(傷を触って呼びかけてみたり、座禅組んだり……)結果はなしのつぶて、一切の返答も手応えも無かった。

「何か条件があるのか……そもそもわたしからは干渉できないものなのか……とにかく、色々やってはいるんですけど」

「こればっかりは、俺がどうこう言えるもんでもねぇか」

 大量に巻き付けた麺を口に運ぶ七凪。思っていたよりも口が大きく開くんだな、などと、どうでもいい感想を抱きながら、わたしも肉の切り分けを再開した。

 それからは、化心退治や七凪の修行エピソード、フォルテさんとの思い出といった世間話以上仕事未満の話をいくつかして、やがて二人の皿には何も残らなくなっていた。

「んで、これからどうする? 俺の方はもう用事はないんだけど」コップに残った水を飲み干した七凪が訊いてきた。「そもそも良かったのか? せっかくの休みなのに、付き合わせちまって」

「いざ休めと言われると……何をしたらいいかわからなくて。とりあえずアリアに寄ってみたというか……わたしの方こそ着いてきて、お邪魔でしたよね」

「そんなことはねぇけど……でも、だったら、言われた通り休んでいればいいんじゃねーか? 一日中寝るとか」

「それって良いんですかね? なんだか勿体ない気がして」

「過ごし方に良い悪いは無いだろ。何もしなくたって、寝てたって……誰かに迷惑をかけているわけじゃないなら、それはそれでアリだと思う」

「…………」

「ま、勿体ないって気持ちはわかるけどな、俺もそういう質だし」

「七凪さんも、ですか?」

「意外か? 俺だって、これでも修行はしっかりやってるぜ。……つっても、別にマジメなタイプってわけじゃなくて、俺の場合は……フォルテからも『足があるのに歩かないのは足に失礼よ』って言われたから、それを守ってるってだけだが」

「厳しい師匠だったんですね」

「お前たち相手にはそうじゃなかったのか?」

「特にそういう印象は……」変な人ではあったけど。

「そっかぁ……」

 伝票を取ろうとしたわたしの手を制止して、七凪が立ち上がった。

「どうするのも自由さ、お前が決めていい。なんてったって、たかが休みの使い方だからな。俺が言えるのはこれだけだ」

「……ありがとうございます」

 その通りだ、と思った。

 わたしは少々、物事を難しく考えすぎる癖があるようだ。休みの使い方なんかで人に教えを乞うのは、考えてみれば妙な話だ。あるいは命じられることに慣れすぎているせいで、自分の望みに鈍感になっていた、という見方もできるかもしれない。いずれにせよ、もう少し、自立した考えを持つべきだろう(わたしがこう考えることも、もしかしたら葵さんの思惑、という可能性もある……)。

 たとえば、帰りに本屋にでも寄って、話題の作品を買ってみるとか。

「あ、そうだ」ファミレスを出た直後、七凪が声を上げた。「用事……というか、買いたいものがあったのを思い出したんだけど、どうする? 暇なら着いてくるか?」

「買い物ですか?」

「おう。チラシで見たんだけど、なんか履くだけですげぇ涼しくなるパンツがあるらしくて、最近暑くなってきたからたくさん買おうかと……」

「ごちそうさまでした、このお礼はまた今度」

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