◇18

◇18


【オ……オオ! ホホーーッ!】

「…………」

 化心の……この〝くそったれ〟な〝芋虫モップ野郎〟が、今までで一番高い声を上げて〝笑っている〟声を……〝俺〟はただ黙って、聞いていた。

 嫌な声だった。

 ずいぶんゴキゲンで、ずいぶんテンションが上がっているのがわかった。獣を狩る際、大して上手くもないのに脳天一発撃ち抜けたような……トランプゲームで、一か八か、こっちが張ったブラフに誘われて、相手が大損したのを見た時のような……そういう〝運よく作戦勝ちした奴〟の笑い方だった。そして——たしかに、アイツがそういう気持ちになるのは〝その通り〟だし、化心の態度に文句を言う奴なんてのはいないので(そっちの方がやべぇ奴なので)……やっぱり俺は黙っているしかなかった。

「ちくしょ——」悪態をつく暇もなく、化心の攻撃……腕が、こっちに向かってきた。〝片方〟を〝始末〟したので、次は〝残った俺〟を始末するつもり、みたいだ。

「〈遠く遠くへランペイジ〉……!」

 自分の足と肩を叩いて、デザイアを発動し、身体を吹っ飛ばして回避する。

 正直なところ、発動する度に『これ骨にヒビ入ってんじゃねぇか?』って思うくらいには痛いし、そもそも今まで、自分に術を使ったことが無さ過ぎるので、いざやってみると加減と操縦が全然上手くいかない。今回も、ハチャメチャに回転したり、壁にぶつかりながら(最後には床を転がりながら)、なんとか躱すような感じだった。

「帷っ……!」

 起き上がってすぐ、化心の周りを見回すが、〝やっぱり〟どこを見ても、彼女の姿は見当たらない。声も……名前を呼びながら俺を〝突き飛ばした〟のを最後に、何も聞こえなくなっていた。

 まるで————〝最初からそこにいなかった〟みたいに。

「…………」

 ふざけやがって、とか。

 こんなのアリかよ、とか。

 とにかくなんでもいいから、文句を言ってやりたい。

 嫌でもそういう気分になるような〝モノ〟が……俺の前に、立ち塞がっている。

 それは……腕だった。

 化心の腕。

 俺と帷に襲い掛かって来た化心の身体。だとすれば腕そのものは——さっきから散々見てきたので——別に今さら驚くものじゃない。

 ……はずだった。

 そのはずだった……が。

 今、目に映っている〝腕〟は、その考えを完全にひっくり返すものだった。

 化心の身体に大量に生えている〝腕〟は、その気になれば数メートルは伸ばせるみたいだが、心術のキモはあくまで〝手〟と〝指〟……そして、その部分のサイズは普通の人間と大して変わらない……というのが、今の今までの認識。

 だから……化心の焼けた肌から〝人間一人を飲み込める〟サイズの〝腕と手〟が生えてくるなんてのは……マジで予想外だった。

 そして……その腕が、俺の真上にあったことも。


『七凪さん、——‼』


 俺の名前と、さらに追加で一言。

 それだけ残して、帷は俺を思いきり突き飛ばした。瞬間に、巨大な掌が伸びて、帷の姿を覆い隠しながら、床を叩きつけたのが見えた。机の上を這っているムシを潰すような、容赦のなさだった。

 そして案の定——血も肉片も飛び散らない。スケールは違えど、あの腕にも心術が付与されているらしい。

 化心は、腕のサイズを、好きに変えることができる、のか……?

 ……いや、今までの戦いでやってこなかったなら、新しく作る時限定なのか? だとすればそもそも、あの化心には再生能力があることに……違う、能力じゃなくて、ただ他の化心よりも傷の治りが早——「——やべぇっ⁉」

 腕がさらに数を増やしながら、俺の方へ。

 ぐだぐだ考えている場合じゃない、みたいだ。

「ランペ——……くそっ!」

 腕の数が多い——!

 多すぎる!

 空気を吹っ飛ばし、余波で数本を散らしても、残りの腕が俺の耳を、肩を、腰を〝通り抜けた〟。

「っ……ぐ……!」

 使い込まれた消しゴムみたいに、俺の身体がボロボロと削がれていく。

 二人で交互に攻撃していた時とは違い、今は的が俺だけに絞られている。こうなればもはや根競べの意味がない。

 ジリ貧ってやつだ。

 それなら一度引いて体勢を立て直すべきか。

 ただ、今の俺の〝少なく〟なった足では、走ろうとしても、まっすぐの方向に進むことさえも難しい、こんな状態で逃げたところで、即捕まって終わりだ。

 というか、そもそも——。

 このホテルに、逃げる場所なんてものは残されていない。二階から下には降りられないし、上の階に行ったところで、ほんの少し命が伸びるだけだ。

 だからもう、俺一人になった以上、もはや打つ手は残っていない。

「——っ——……——……」

 首に穴が開いた——声が出せなくなった。

 頭に穴が開いた——考える度に風が吹くような気がした。

 左膝が千切れた——片足立ちになるしかなかった。

 右太腿が千切れた——立つことができずにへたり込んだ。

 左肩が無くなった——そこから先がぼとりと床に落ちた。

【キャ……オ……キャサ……コ……デ……】

 帷を飲み込んだ腕が——巨大な腕が動いた。

 掌が俺の方へ向き、ゆっくりと迫って来る。ゆっくりなのは、単純に重いからか……それとも恐怖を与える演出か……それはわからなかった。掌の大きさは、廊下をちょうど埋める程度、それに遮られるせいで、俺の目からは化心の姿はほとんど見えなくなっていた。

 最後に俺が無様に飲み込まれて……終わり。

 誰が見ても、そうとしか思えなかった。

【オ……カ……クカ……カ……!】

「…………」

 …………。

 …………。

 …………って、思ってんだろうな、アイツは。

 なぁ、帷。

 あのニヤけた面は、勝ちを確信してる顔だぜ。

 片腕を捥がれて、声も出せない——殴ることも、デザイアの発動もできない俺には、もう打つ手はない……と、アイツは考えている。

 だから……〝作戦通り〟だ。

 たぶんデカい腕は、化心の切り札だったんだろう。たしかに腕の存在それ自体は、流石の俺も……帷も、予想できなかった。ある意味、油断していたのは……本当だ。

 ただし今回は、本当に油断していたのが……ある意味ラッキーだった。下手に苦戦したフリがバレて……〝仕込み〟に気づかれでもしたら、それこそ最悪だからだ。

 結構賢い化心のようだから、準備と演技はやりすぎるくらいが、ちょうど良かったのかもだ。

 正直、ここまで身体を消されるのは、生きた心地がしなかったけどさ。

 まぁ、じゃんけんで決まったことだからな。

 ……もちろん、問題なく、わかってる。

 〝そこ〟だ。

 この至近距離なら……〈居離環きょりかん〉で繋がってる今なら、特に良くわかる。

 お前の……〝居場所〟が。

 俺は残った右手を、残った右腰のポケットに入れ、そこから〝帷のスマホ〟を出す。

 電源を入れれば既に、画面には〝録音アプリ〟の〝録音済みデータ一覧〟の表示がされている。

 しかしまぁ、便利だな、スマホ。

 俺も金貯めて買おう。

 そんなことを思いながら、一番上のデータの〝再生〟ボタンを押す。


『〈遠く遠くへランペイジ〉』


 流れてきたのは、事前に録音しておいた、俺の声。

 俺の……七凪勇兎の〝デザイア発動〟の宣言だった。



【イアアアアアアアアアアアア‼‼‼】



 化心には何が起きたかわからない。

 というよりは、何が起きたかわかった頃には、その首は完全に〝落とされていた〟。

 背後——化心の首の後ろに現れた〝織草帷〟の剣鉈による一撃で。

 彼女の身体は、デザイアによってブーストがかかっていた。刃を横にしながら勢いよく降下し、化心の首と身体を完全に切り離した。

 ……その勢いのまま、どぐしゃあと床に顔面も激突させてたが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る