◇16
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「大丈夫……じゃねーのはわかってるけど一応聞くぞ、どんな感じだ?」
「七凪さんと同じです。無くなってるのに、痛くもなんともない……思ったよりも嫌ですね、これ」
右目の部分に手をやる。眼球に触れるはずの指がその場を通り抜け、頭蓋の〝中間地点〟まで達するのを感じ、慌てて指をひっこめた。
「……葵さんには知られたくないですね、このザマは」
「ん、何だ、そういうのであいつ怒るのか? 意外だな」
「怒るというか、『賛成多数の円グラフみたいな感じだね』とか揶揄われそうで」
「性格が終わってる……」
いや、想像上の葵さんなので、本当のところは何言われるかはわからないけど。
「…………」
試しに。
ほんの、ちょっとした好奇心で————〝左目〟を瞑ってみた。
「…………」
特に論理的な理由はない。
おそらくは、両の視界が塞がれ、単に真っ暗な景色が見える。
そう思ったのだが——
「——え」
「どうした?」
耳元に届いた七凪の声。
「あの、今、わたしの【オオ……】————」
床下から響く、重苦しい声で、思考が中断された。
「奴は……二階、か」
七凪が、今しがた空いた大穴を覗きこみながら言った。
わたしも彼に続いて、同じ場所を確認する。
「……こっちのこと、すごい見てますけど」
「結構ボコボコにしたからな、流石にムカついてんだろ」
「……ムカついてるんですかね? あれ」
そんな感想を抱いたのは、化心が〝笑顔〟でこちらを見上げていたからだった。
先ほど、わたしの血で凍てついた自らの腕を、立っていた四階の床ごと心術で消し去った化心。彼の巨体はそのまま三階の廊下もぶち抜いて、さらにその下——二階に〝着地した〟のだった。落下の衝撃など意に介した様子もなく、化心は首を上に向け、上層にいるわたしたちを満面の笑みで見つめていた。張り付いたような笑顔、という言葉があるが、その表情は……なんというか〝模範解答〟とさえ思えた。
……ともかく、こうして再び距離を取ることで、一旦の危機を脱することはできたわけだけども。
「……結局、振りだしに戻った、ということでしょうか」むしろ、わたしの負傷を加味すれば、状況はより悪くなったとみるべきか。
「そうでもねーさ」しかし、隣にいる七凪がかぶりを振った。「たしかに、化心の腕が人間以外も消せるっていうのは、当てが外れた部分だが……逆に、わかったこともある」
「わかったこと?」
「あの心術が〝オンオフを切り替えられるらしい〟ってことだ」
「……あぁ」なるほど、と得心がいく。
化心の〝手〟が触れたものは、人間であろうが無機物であろうが問答無用で消し去ることができる。しかし、その発動は強制的なものではなく、あくまで化心が〝任意〟で行っているものだ、と七凪は言っているのだ。
思い返せば、瓦礫の足止めや、血を使った凍結の際も、心術によって即座に無効化されることはなく、若干のタイムラグが存在していた。先ほどの落下も、心術が常時発動のものであれば、二階に〝着地〟することは無かっただろう。直前に能力を〝解除〟したと考えるべきだ(尤も、ループの基準となる二階の床をぶち抜いた際に、果たしてどうなるのか……それを確かめたかった気持ちもなかったわけではないが)。
「あいつは、ちゃんと獲物を〝狙って〟から、心術を発動させている。そうでなきゃ、こんな風にホテルは残ってねぇ。そこは最初に俺たちが思った通りだな」
「だとすれば、アレを倒すには」
「意識の外から攻撃する。要は、隙を突けばいい」
「隙……」
化心が認識できないタイミング——かつ、感知できない方向からの攻撃。触手を躱しながらともなれば、その難易度は計り知れない。
ただ、七凪が示したアプローチが最も有効そうなのも事実だ。であれば、どうにかしてこの無茶を通す方法を模索しなければならない。
「七凪さんは、遠くから攻撃する何かってありますか? そういう武器とか……魔術とかって」
こちらに気づかれず、敵を一撃で倒す方法。
第一に思いつくのは〝狙撃〟だった。スナイパーライフルを用いて何も知らない標的を暗殺……なんてのは映画等でよく見かけるが、実際この場において、最も需要のある手段だろう。
しかし、七凪はわたしの問いかけにかぶりを振った。
「さっきも言ったけど、俺は杖を持ってねぇし、ポーチは空っぽだ。お前こそ、アンプル……だっけか、それでうまいことできねーのか?」
「……無理ですね」今度はわたしが否定する。「血の射程はせいぜい2~3メートル程度なので、後ろに回り込めたとしても、撃つ前にバレます」
「うーん、そりゃキツイな」
まぁ、そんな手段を有しているのなら、わたしも七凪もとっくにさっきの戦闘で使っているわけで……つまるところ、この問答に大した意味はなかった(この二人あまりにも近接タイプすぎる)。
「……囮、か」
深くため息をついてから、七凪が呟いた。
「…………」
特に反論が無かったので、沈黙する。
つまりは——だ。
片方が化心の注意を惹いているうちに、もう片方が視覚外からとどめを刺す——というのが、わたしたちに使える唯一の手、のようだ。
当然、囮となる人間は、化心の心術を一手に引き受けるリスクを負うわけだ。
「…………」
「…………」
七凪と顔を見合わせる。
お互いに、次の言葉は決まっていた。
「じゃん、けん——!」
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