◇3 後編
アリア——かつて〝心宮市の魔女〟と呼ばれるほどの美貌を兼ね備えた名物店主、フォルテシモ・リリックワールドが経営していた、スピリチュアルなショップ。
しかしてその本業は(本人は副業扱いだったが)、本物の魔女である彼女が、化心と戦う人間のサポートをする、いわば武器屋のようなもので……わたし自身、剣鉈の手入れやアンプルへの血の補給、日々の健康診断や戦闘訓練などなど、少なからずお世話になった場所だ。
高校までの徒歩通学の途中、アリアに寄ってフォルテさんから武器や道具を受け取るのが、かつての習慣——少なくとも、そう呼べるくらいには、わたしの中に馴染みつつあったルーチンワークの一つだった。
しかしその日常は、今となっては既に失われたものとなっている。
「…………」
閉店、の張り紙がされた店の前で、わたしは足を止めていた。
数日前、斐上と空骸によって明かされたのは、わたしの正体だけではなかった。
フォルテさんについても、織草鏡花との繋がりや、何らかの目的でわたしたちを助けていたことがわかったのだ。追及する前、早々に店を畳まれてしまったため、残念ながらそれ以上のことは、何もわからなかったのだけども(余談だが、男女問わずファンの多い店主だったため、閉店の知らせが出回った際は、この地域一帯では若干の騒ぎになったらしい)。
裏世界、ストレンジャー、ウィッチクラフト、デザイア。
今思い返せば、魔術側の知識も、彼女から多くを聞いておくべきだった、と後悔する気持ちもある。色々と情報を仕入れておけば、前回の戦いはもっと楽にこなせたかもしれないし、もしまた彼らと戦う時にも、役立つはずだからだ。
あるいは、フォルテさん自身のことについても同様に。出身地、過去、それこそ彼女自身のデザイアも……知りたいことはたくさんあった。尤も彼女なら『イイ女は謎をいくつも持っているものよ』なんて言って、うまくはぐらかしてきそうではあったが。
それでも、聞いてみるべきではあったはずだ。
もう少し、積極的にコミュニケーションをとるべきだった……と、今さらながら反省しているのが、今のわたしである。
かつて、織草家の成り立ちや家族について何も知らずに過ごしていたように……人のことを知りたがらない、関心を持ちづらいというのが、わたしの性格なんだろう。
化心退治には支障はないし、詮索しすぎるのも考えものなので、かつてはそんなスタンスでも構わないと思っていた。だが、受け身すぎたことで生徒の化心を誘発させてしまったことや、フォルテさんから情報を得る機会を失ったことを踏まえると、その部分の性格については、改める必要があると思う。
まるで小さい子に言い聞かせるような教訓だが……生まれて半年の
……それを抜きにしても、ことフォルテさんについては、あまりにも知らないことが多すぎたのは、否めない。
出身地も、過去も……彼女自身のデザイアも。
「あっ……」
ぎぃ、と。
アリアの扉が開いた。
閉まっているはずの扉が——〝向こう側〟から、開かれた。
表向きには空き家になっているはずの店内には、その実、住人がいるのだ。そのことを知っているのは、今のところ、わたしと織草姉妹だけだが。
扉の影から、細長い身体が露出し、一人の〝男〟が、ジャージ姿の状態で姿を現す。
「なんか外にいるなって思ったら……お前か」
赤いメッシュの入った短髪、睨んでいるかのように険しく寄った額と吊り上がった目元。下がった口角。寝起きだったのか、随分と不機嫌そうだ。
「……おはようございます。
「ん、朝早ぇんだな……えっと……あー、ひばり?」
「……帷です」
そう。
わたしたちは、知らなかったのだ。
フォルテさんに……〝弟子〟がいたことさえも。
彼の名前は、
フォルテシモ・リリックワールドの、唯一の弟子。
……らしい。
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