◇4 前編
◇4
「……大丈夫なんですか、あの人?」
放課後、ハートキャッチにて。
今日は依頼が入っていない日だったので、わたしは溜まっていた事務仕事(過去の依頼についての記録を整理するなど)をしながら、目の前でソファーに身を委ねている葵さんに(仕事してほしい)話題を投げかけた。
「あの人って?」
「七凪……さん、のことです」
「ああ、彼か」
葵さんは横になった状態で片腕だけ伸ばし、机の上のコーヒーカップを手に取ると、顔を少しだけ傾けてそれを嗜んだ。良家の出とは思えない行儀の悪さだ。
「大丈夫っていうのは、どういう意味だい?」
「いや、その、実際のところ、正体というか……どういう人なのかなって」
「なるほどね。……まぁ、弟子なんだろうさ、本人がそう言ってるんだもの」
「…………」
「不服そうだね。私の見る目と言葉は信用できないかい?」
「……フォルテさんの時はてんでダメだったじゃないですか」
「そこを突かれると弱いな。ただ今回については、私の主観だけじゃないよ。私と椛で一通りの〝尋問〟はしたからね。少なくとも、あの男がフォルテの弟子で、魔術道具職人の卵なのは間違いない」
「間違いないって……そんなこと言い切れるんですか?」
「椛の言霊があるからね。〈嘘吐くの禁止〉って彼女が言うだけで、相手は本音しか言えなくなってしまうのさ。故に、彼が語った魔女との思い出話も、所持していたウィッチクラフトも、『ある日突然いなくなった師匠を探しに心宮市に来た』って言う目的も、適当な作り話の産物ではなく、本物というわけ」
「……あらためて考えても、恐ろしい能力ですね」
「まったくだ。ちなみにその時、能力の副作用で椛も本音丸出しになってたから、初恋の相手の名前でも聞いてやろうと思ったんだけど……黙秘権を行使されたよ。いやはや、言わないって選択肢があるのは盲点だった」
「何してるんですか」
「——ほんっと、何やってんだかって感じよ、この姉は」
事務所内の物置部屋の扉の奥から、別の声がした。
直後、扉が開き、バンダナとマスクとエプロンで完全武装した女性——椛さんが現れた。彼女は右手に小さいモップ(埃まみれで綿あめみたいになっている)、左手に雑巾(汚れすぎて焦げた食パンみたいになっている)を所持しており、誰がどう見ても掃除をしていたのは明白だった。
「おや、椛じゃないか」葵さんがわざとらしい声色を出す。「随分な姿だね、コーヒーに埃が入るから、あまり近づかないで欲しいな」
「誰のせいでこうなってると思ってんのよ!」
椛さんがモップの先を葵さんに向けると、葵さんは自身のカップを手で覆いながら、のそのそとソファーを這いずり回るように逃げ始める。……良家の出とは思えない行儀の悪さだ。
「まったく、あんたらさ、掃除くらいちゃんとしなさいっての」
きっ、とわたしたちを睨む椛さん。そう言われても、メインで使う部屋の清掃は毎日やっていたし、物置については「危ない道具がたくさんあるから」と葵さんに入るのを止められていたのだ。よって、責められるべきは葵さんのみであり、わたしに矛先が向けられる謂れはない。
「あーもう、シャワー浴びたい! 借りる!」
椛さんがぶつぶつと悪態をつきながら、バスルームに移動する。葵さんは部屋の隅に避難しながら「やれやれ」と呟いた。
「文句を言うくらいなら、入らなきゃいいのにねぇ」
「椛さん……物置に用があったんでしょうか」
「私が実家を出た時に、色々持ち出したんだよ。古文書とか、化心退治に使う祭具とかね。大方それを回収したかったんだろうさ、しばらく借りるだけなのに、ケチな当主様だ」
「持ち出したって……勝手にですか?」
「許可を取った覚えはないかな」
「本当に葵さんのせいじゃないですか」
椛さんの怒りは至極ごもっともだった。
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