◇18 後編

 あれだけのことがあったというのに、翌日にはしっかり登校してしまうのだから、わたしも案外しぶとい性格をしているのかもしれない。

 戦闘の疲労は残っていたし、なんなら身体以上に精神面の負担というか、脳がべちゃっと垂れ下がるようなしんどさを覚えていたのだけども——今日くらい休んでもいいかな、なんて考えていたのだけど——蓋を開けてみれば、しっかり登校をしていた自分がいたわけで。

 とはいえ別に、「行かねば」的な使命感があったわけでも、脅迫的な観念があったわけでもない。……単に〝高校生〟という一種の〝肩書〟に沿って動いただけだ。

 あるいは、そういうのが人の——社会のあるべき姿、なのだろうか。

 と、そんなことを考えた。

 高校生に限らず。

 小学生でも、会社員でも、ミュージシャンでも、政治家でも。

 人が〝活きようとする〟原動力には、案外、内から湧き上がる衝動よりも、外から定義づけられたそういう肩書の方が、影響としては大きいのかもしれない。

 考えなくとも、苦労しなくとも、「役割をちゃんと全うしている」という評価はされるからだ。

 ついでに言えば、そういう人間が多い方が〝世の中〟がうまく回る可能性だってあるだろう。

「自分が何者か」と皆が自問し続けるような世の中よりも、誰もが確立された役に準じて、無自覚的に運営されている世の中の方が、システム上の歪みは無い……気がする。

 もしかすれば、斐上が言っていたのは、そういうことなのだろうか。

 迷わず、悩まず、苦しまない世界。

 坦々と、粛々と流れる世界。

 たしかにそんな世界には化心だって、存在し得ないのかもしれない。

 だとすれば……妙な世界だ。

 良くも、悪くも。

 でも……正しいか悪いかまでは、判断できない。

 斐上と空骸が何をしようとしているのかはわからないが、手段はともかく、その理想を否定できるほどの根拠と信念を、今のわたしは持ち合わせていない——というのが、素直な気持ちだった。

 実際のところ。

 感情を排してここまで漫然と歩くのは……とても、楽だったし。

 そんなことを葵さんと椛さんに言えば、昨日以上に困らせてしまうかもしれないので、このことはまだ胸に——傷ついた胸の奥に秘めておくしかないのだけども。

 始業時刻までおよそ30分。

「……うん」

 予想はできていたことだ。

 時計を確認しながら〝無人〟の教室の中にいるわたしは大きくため息をついた。

 普段なら朝練を終えた生徒も入ってくるような時間だが、今現在、ここにはわたし以外の人間は誰もいない。

 人がいることが当たり前の場所なだけに、そこに誰もいないということが——あるものがない、というだけで、いつも以上にうすら寂しく思えてしまうような気がする。

 無人で、無音だった。

 ……というのは若干大げさな言い方で、本当はグラウンドから練習の声はかすかに聞こえていたし、廊下で上級生と思われる人たちが話しているのを見ていたので、出席していないのは自分のいる学年——1年2組の生徒と、その隣同士のクラスのほとんどくらいだったというのが、実際の状況ではある。

 そこそこ無人で、かすかに無音だった。

 とはいっても、ここまでの出席率の低さとなると、学級閉鎖どころか、学年閉鎖レベルの事態なわけだけど、幸いなことに……少なくともわたしには、この現象に、昨日の放課後とは異なり、明確に心当たりがある。

 シンパシー。

 化心を殺せば、その化心を生み出した本体となる人間に、ダメージのフィードバックが起こる現象のこと。かつてイルカのストレンジャーごと蝶の化心を燃やし尽くしたとき、本体の中沢が高熱を出すという症状を起こした——あんな風に、である。

 今回の化心——首無しコートの化心は集団で一つの存在ではなく、一体一体が本体となる人間——神様というアカウントによって悪意を増幅された生徒を有していた。たまたま似たような姿を持った化心が、まるで群体のように振舞っていただけであり、その本質は、通常の化心と変わりのないものだったのだ。つまり、化心を殺した際のシンパシーは、生徒に一人ずつ発生するわけである。

 無我夢中だったとはいえ、剣鉈で思いきり叩き込んだ一撃や、血を使った串刺し攻撃は、かなりの威力だったはずだ。どういった形でシンパシーが発生しているかはわからないが(頭痛・腹痛・筋肉痛辺りだろうか)、対象になった人間は、今日一日は動けない可能性が高い。

 つまり、この事態は、化心と相対する者にとっては当然のことであり、理解の範疇なのだ。

 ……まぁ、それ故に、シンパシーを受けた生徒=化心の本体=わたしを迫害しようとした人間、という等式が成り立つので、その事実をこういう形で如実につきつけられるのは……思うところがないわけではないのだけど。

 ちなみに、崩壊した教室や、昏睡した生徒たち(泉も含めて)は、昨日の戦いの後に見に行くと、その痕跡はどこにも見受けられなかった。葵さんと椛さんが各生徒の行方を調べたところ、皆はそれぞれしっかりと自宅で眠っているらしい、と確認が取れた。『これだけの隠蔽工作を短時間でやってのけるなら、フォルテの仕業で間違いないだろう。記憶もいじっているだろうし、多少騒ぎになったとしても、数日で収まるはずだ』というのが、葵さんの見解だった。

 もちろん、その直後に三人でアリアに駆け付けた。が、フォルテさんの姿はそこにはなく、店先の扉には『We are closed permanently.』と書かれた張り紙がされているのみだった。要するに、何もかも先手を打たれた挙句、まんまと逃げられた形になったわけだ。

 そうして。

 いくつかの謎と因縁を残しながらも——化心の事件は、幕を閉じようとしていた。

 唯一、わたしの中に、どうにも取り除けないしこりを残しながら。

「……帰ろう」

 どうせ今日は誰も来ない。

 もとより、それを確かめるためだけの登校だった。こうして状況が判明した以上、ここに留まる理由はない(逆にわたしだけいる、というのも不自然なような気もするし)。

 明日以降になればきっと、今まで通りの日常が戻ってくるのだろう。

 生徒たちがそれぞれの軸を持ち寄り、キャンプ場のテントのように交わらない個々の集団を築く、そういう日常が。

 そしてわたしは、

 そんな日常を前にしてもまだ——「——おっはよぅわぁあああ⁉ え、あれ⁉ なんか人少なくない⁉」

 突如。

 わたしの後ろ向きな思考は、とある大声で——なんだかまたしても、聞き覚えのある女子生徒の声でかき消された。

「やっば、めちゃくちゃソルト来てる、あーちゃん、さっちん、マイ……うっそ、みんな休みなの⁉ なしてやー‼」

 スマホを観ながら、短めの髪と手足をぶんぶんと揺らし、オーバーリアクションをしている女子生徒。そのうち彼女は「まさか……っ!」と叫んだ。

「あたしのカゼがみんなにうつっちゃった……とか⁉ うわぁ! やばい! ごめん‼ あったかいから薄着でいたらまさかの夏カゼで……あれ、まだ春だから春カゼ? そもそも春カゼってあるの? おっ、なるほどそっかーもしかしてこれが花粉症ってやつ——」

「風邪と花粉症は違いますよ、仲町さん————あっ」

「およ?」

 やってしまった。

 つい〝いつものノリ〟でというか、反射でツッコみを入れてしまった。

 彼女とは……実質〝初対面〟だというのに。

 厳密に言うなら、わたしは彼女を知っているが、彼女はわたしを知らない——いや、この表現も実際は間違っているのか。

 わたしがこの一週間見て、会話していた彼女は——魔術師が化けていた姿、なのだから。

 実質ではなく、事実初対面なのだ。

 首を傾げながら、こちらへ近づく女子。

 不審がられただろうか。知らない人間に名前を呼ばれ、独り言に茶々を入れられれば、いい気持ちはしないはずだ。

「…………」

「んー?」

 少しはねた短髪、上がり気味の口角。顔と首筋にじっとりと汗が見えるのはきっと、走ってきたからだろう。推察するに、久々の登校を、楽しみにしていた——そんなところか。

 誰が見ても〝明るい子〟とわかる見た目。その第一印象通り、彼女は実際に周囲を——良くも悪くも振り回す朗らかさを持った存在でもある。

 そして、今回の事件についてはある意味で——わたしに次いで被害を被った人物。

 本物の、仲町つばさだった。

 どうやら空骸は、この学校で神様のアカウントを広めるにあたって、架空の人物を作り上げたのではなく、既にいる人物——仲町つばさを何らかの形で遠ざけて(季節外れの風邪、というのがいかにも怪しい)彼女のふりをする……という手段を用いたようだ。なるほど、一から関係性を構築するよりも、もともとクラスで慕われている人間に代わる方が、初期段階の苦労は少なく済むだろう(空骸から見た仲町は、かなりの優良物件と言える)。

「えーと」目線をあちらこちらに動かしながら、両手の人差し指で空中に何かを描くような動きをとる仲町。「確か……あっ、そうだ! 転校生!」

「は、はい」

「初めまして! えっと……ごめん! 名前教えて!」

「織草帷です。初め……まして」

「織草さん! いやもう会いたかったんだよー!」

 こちらの両手を握って、ぶんぶんと上下に振ってきた。このやかましい動きは、紛れもなく仲町っぽい——というかむしろ、よくこれに空骸黑はなり替わることができたと感心する気持ちすら湧いてしまう(あるいは、わたしたちの集合意識を操って、仲町っぽく見えるように誘導していたのか……真実は不明だ)。

「転校生が来た、って侑里から聞いてたんだけど、あたしその時カゼで動けなくて、めっちゃ話したかったのに無理でさ? しょーがないからみんなにソルトで聞いてみたんだけど……全然話してくんなかったんだよ⁉ ひどくない? まったくもー!」

「はぁ」

「『いやーこれはあれだね、いわゆる会ってからのお楽しみ的なやーつだな』と思ってたからまぁ、治るまで? オトメ心をときめかせながら? スルーしてたんだけど……なんだよぉこんなかわいい子ならさっさと教えてくれればいいのにって話だよねー! みんないじわるなんだからさー! っていうかその髪って染めてる? ロックだね!」

「か、かわ……あ、いえ、これ地毛です、たぶん」

「うっそホントに⁉ 海外から来たとか? うわぁロックだね!」

「ロックってそんなに万能の誉め言葉じゃないと思いますが……!」

「すごいさらっさら、いいなーあたしも伸ばそうかなー」

 言いながら、仲町が半歩進んだ。

 お互いの顔と身体が近づく直前、わたしは後ろに大きく——躱すように仰け反った。

「あっ」わたしの素早い拒否に、驚いた表情の仲町。

「……」

 しまった、とすぐに後悔した。

 後ろに下がったのは一種の本能的な——昨日、仲町の姿をした敵に撃たれたことで生まれてしまった無意識の警戒心から出た行動だった。故に、目の前の仲町には何の非もない。

 不快に思われても仕方のない、うかつな行為だった。

 だというのに。

「……ごめん、ダメなやつだった?」

 察する能力は高いのだろう。仲町の声が、急ブレーキを踏んだようにギュっと止まった。まくしたてるようなさっきまでの動きとはうって変わって、おろおろとし始める……感情の忙しい人間だ。

「あたし……侑里にも前に注意されたけど、その場の勢いでいろいろ言っちゃうから……髪とかの話、嫌だったらもう出さない」

 わたしの目を見て謝る仲町。

 真摯な声色と真剣なまなざし。

 彼女のそういった行動を見ると——多少遠慮のないところもあるが——周りから好かれるのは納得だ、と素直にそう思った。

 泉は仲町について「みんな大事で、みんなどうでもいいと思っている」と評していた。たしかに、ある側面を切り取って考えるならば、正しい物言いかもしれない。誰からも好かれる等しい距離感を保つためには、特定の一人に肩入れしすぎない方が都合が良いのだから。

 その点において泉の評価は、同意できる。

 しかし……仲町つばさという女子は、もっと単純な表し方ができる……そんな気がするのだ。

 言ってしまえば彼女は……たぶん〝知りたがり〟なのだと思う。

 誰に対しても友好的なのは、そこに何か大きな目論見があるわけではない。ただ自分の興味関心を惹く者にアプローチをかけているだけであり、その対象が多岐に渡っている——その様子がまるで八方美人に見える……というのが、実際のところではないだろうか。

 たとえば仲町つばさにも軸、と呼べるものがあったとして、それはきっと、とてもしなやかで、相手に合わせてコロコロと形を変えることができるようなものなのかもしれない。あえて悪く形容するなら、彼女は、自分の知りたいという気持ちのために、周囲を利用しているのだ。

 打算的ではなく、利己的というのが、仲町つばさの本質。

 それが、わたしの結論だった。

 ……もっともこれもまた、わたしの目線から見た上での考察であり、実際にこれが正解に違いない、なんて言うのはおこがましいのだろう。

 なので、他人の気持ちをあれこれ考えた結果、痛い目(物理)に遭った人間としては……ここで止めておくのが無難だろう。

「いえ、その……嫌というわけじゃないです」わたしは姿勢を正して、頭を下げた。「人と話すの、慣れていなくて……こちらこそ、ごめんなさい」

「ううん、全然気にしてないから! だから——……あっ、そうだ、その前に! これ! その……あれ!」

「どれです?」

「教室、あたしたちしかいないって話! を! したくて!」

「……ああ」

 仲町がスマホの画面を見ながら、教室中を指さしたり、ばたばたとその辺を歩き回ったりしている、挙動の忙しい人間だ。

「っていうか、こんな一斉に体調悪くなるとかある? なんならあたしは疑ってるからね、あの……よくプロポーズの時にやるやつ、フラッシュデブ?」

「フラッシュモブ」

「それ! でもあたし、ああいうのちょっと微妙かも」

「そうなんですか?」

「いや、嫌いってわけじゃないけどさー? ほら、よくあるじゃん、誕生日とか本人に内緒でパーティの準備するやつ。ああいうのちょっと……損かもって思っちゃうんだよね」

「損、ですか」

「うーん。サプライズパーティって、祝われる人にとっては一日にびっくりと楽しさがやってくるけど……もちろんそれはそれでちゃんと楽しいよ? でもさ、もし事前にパーティやるって知ってたら、期待でその日までの何日かもずっと楽しい気持ちが続くじゃない? ……たくさんわくわくできてお得じゃん!」

「……なるほど?」

「あ、でもこれあたしの考えだから。織草さんは好き? サプライズって」

「わたしも……得意じゃないですね。……心臓に悪いのは、あまり」

「お、だよねー! 気が合うじゃん、ハイタッチ!」

「え、あ、はい」小気味良い音が教室内に響く。

「面白いやつならまだいいけどさー。今日のこれがもしそういうのだったら、あたしはイカンのイ、を出すね。カンの方を出してるの見たことないけど」

「そういう意味じゃないと思います」

 仲町は仕込みの類を邪推しているようだが。生徒たちの体調不良はまぎれもなく真実なので、これ以上待っていても、わたしたち以外に教室に入ってくる者はこない、というのが結論だ。

 命にかかわるのは稀とは聞いていたが、とはいえシンパシーの負荷は相当なものらしい。

「みんな、本当に来ないね」

 始業までまだ時間的余裕はあるものの、あまりにも音沙汰がないので、流石の仲町もドッキリでないと理解したようだ。声のトーンもどこか落ち気味になっている。

「……そうですね」実はこれ自分のせいなんですよね——とはもちろん言えないので、わたしも一緒になって困ったふりをするしかない。

「……やっぱりあたしの風邪のせいかな」

 仲町が不安げな顔でわたしに問う。

 よくよく考えれば——彼女の視点で見れば、久しぶりに登校したら見知った顔は無く、初対面の転校生一人だけ、という場はかなり意味不明だ(少なくともわたしなら、化心の仕業を疑ってその場をすぐに離れる)。

 ごく普通に接しているように思っていたが、仲町の胸中は穏やかではなかっただろう。そんな状態の中、わたしは〝気遣われた〟わけであり……気まずさと申し訳なさが募る。

 未だにわたしは、受け身の姿勢から抜け出せていなかったのだ。

「——えっと」

 それでは駄目だ、と思った。

 自分に〝辛い〟という気持ちがあったとして。でもそれは他人の〝辛い〟をないがしろにする理由にはならない。

 今の自分に、励ますだけの余裕がまだ残っているなら、尚更だ。

 だから——不格好でも、歩み寄ってみよう。

 うまくできなくても、変わってみよう。

「テレビで見たことがあります。人は春の時期……急にやる気が出なくなり、体調に支障をきたす日があると」

 待つだけの姿勢を蹴飛ばして、わたしは——即座に思いついた単語を紡ぎ出す。

「——五月病、というそうです」

「え?」

 あ、まずい、失敗したかも。

 流石に無理があるか。

 内心ちょっと後悔するが、とはいえここまで来て、引き返すわけにもいかない。

 気をしっかり持って、多少無茶苦茶でも、話しながら理屈を構築するしかなかった。

「それが原因じゃないでしょうか、わたしはソルト見てないですけど。皆さん、咳とか熱とかはないんでしょう?」

「そう……だけど、五月病もうつるの?」

「うつりはしないでしょうけど……まぁ、時期が時期ですから、偶然同じ日に休みたくなることはあるんじゃないですか?」

「そう……かも?」

「なので気にしなくていいかと。ほら、わたしはこの通り無事ですし」

「……た、たしかに」

「明日にはみんな、元通りになってるはずですよ」

「……そっか、ならいっか! そういうこともあるよね!」

 ほっと胸をなでおろす仲町。とりあえず、納得してくれたようだ。素直(婉曲表現)というのも、ある意味彼女の美徳といえるだろう。

 受け身脱却チャレンジは、あまり綺麗ではなかったけれども……次はもう少し、うまくやれるようにすればいい。

 始業まで残りわずか。

 事が事だけに、誰かを呼ぶという手もあるが、どうせ朝礼のために教師が現れるのだから、どちらでも変わらないか。

 なので、とりあえずおとなしく待つことにしよう。

 そう思い、着席した矢先。

「よいしょっと」

 仲町が正面に——自分の前の席に座った。

 ……?

「……仲町さんの席、そこでしたっけ?」

「違うよー。でもさ、誰もいないし、せっかくならここでもいいかなって」

 仲町はあっけらかんとそう言って、バッグから教科書やペンケースを取り出し、どんどん机の上に置き始めた。あまりにも手際よく侵略していくので、なんだか妙に面白い。

「先生に注意されますよ」

「やっぱりそうかなー? でも、こんな広いのに離れてるのって寂しくない?」

「…………」

「ま、怒られたら戻ればいいし! っていうか、ちゃんと登校してるんだから、むしろ褒めて欲しいくらいだよね!」

 そうして準備を整えると、仲町は座ったまま身体だけこちらを向き、背もたれを抱えるような体勢をとった。

 お互いに向かい合った状態。

 仲町の瞳の中に、わたしの困惑した姿が映っているのが確認できるほどの距離感。

「みんなにはちょっと悪いけど」そのまま仲町が話し始める。「今日、二人っきりで良かったかもしれない」

「……それは、どうして」

「自分で言うのもなんだけど、あたし、結構付き合いが多い方だから。みんないたら、こんな風にゆっくりお話しできなかったと思うし」

「…………」

「だから……あたしは良かったって思ってる」

 満面の笑みの仲町。

 瞳の中のわたしの頬も、それにつられて緩むのが見えた。

「……わたしもです。仲町さんに会えて良かった」

「そう? そっかー! ね、ね、下の名前って呼んでもいい? 帷って」

「それは……はい、もちろん」

「あたしのことも、つばさって呼んでいいからね!」

 チャイムが鳴った。

「あとでソルト交換しようね!」

 仲町はそう告げると、前を向いた。

 廊下の奥から足音がする。おそらく担任の教師だろう。この惨状を目にしたことで、また一悶着あるかもと想像するだけで辟易するが、まぁなんとかうまく乗り切るしかない。

 そうだ。

 なんとか、やっていくしかないだろう。

 わたしの存在は作られたものだ。

 この身体と体質は、今後生きていく上で、ずっとついて回る〝呪い〟で——それはもう変えようのない事実だ。

 けれど。

 たとえ歩き方が決まっていても、道が決められたわけじゃない。

 だから、とにかく考えてみよう。

 少しでもいい気持ちになれる方法を。

 たとえば——まずは〝ちゃんと〟自分の意思で〝高校生〟になってみるのも悪くない。

 手始めとしては上々かもだ。

 それに、普通の高校生なら。

 友達の一人や二人、いてもいい。




死神感染 終

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