◇18 前編
◇18
今朝は、気持ちが悪くなるほどすっきりした目覚めだった。
時計を見る、五時半。帰ってきたのが夜の十時くらいで、すぐに気絶したように寝たはずなので……まぁ、睡眠時間的には適正なのかもしれない。
二度寝する気もなかったので、そのまま起きる。顔を洗って、机の上の食パンを一枚かじって、クローゼットを開けた。
「……夢、なわけないですよね」
ボロボロのセーラー服とジャージが嫌でも目に入った。それは昨日、化心や魔術師との戦闘が行われたことの何よりの証拠であり、わたしに膨大な量の真実が告げられたことの証拠でもある。現実逃避するつもりはなくても、やはり目の前にすると、戸惑いを隠せない。
服については、それぞれに予備があるので、学校生活を送る分には問題はなかった。
……またいずれこんな事態に陥るとも限らないので、近いうちにもう一セット買わなきゃいけないだろうけど。
真新しいものを片手に、鏡の前へ。
「…………」
下着姿の自分。
身体にはいつも通りの傷跡が刻まれている。
それを手でなぞって身体の反応や肌の感覚を確かめるのが、わたしの習慣。
それはかつて織草帷という存在を確定させるための、ある種の儀式だった。自分の顔さえ記憶の中に無いわたしにとっては、鏡の中の人間が傷跡に触れることが——それによってぞくりと身体中が波打つような感覚を覚えることが、わたし自身と鏡の中の人物を同一視するための手段だったのだ。
言い換えれば、傷はわたしをわたしたらしめる要素。
その要素が持つ意味は、昨日の時点で大きく変わってしまった。
傷跡は、花の巫女の心臓を移植した際につけられたもの。
それが判明した今となっては——〝わたし〟を表すための傷は、逆に〝わたしではない者〟の存在を如実に表すものへと変貌してしまった。
……もちろん、そんな行為だけに縋っていたわけではない。だとしても、傷跡が自分の中に重要な〝意味〟として存在していたのは——大げさに言えば存在の証明だったのは確かだった気がする。
だから今のわたしは、傷を見るたびに「本当のお前は誰だ」と誰かから問われているような、「誰かの人生を奪ったんじゃないか」と責められているような、気味の悪い気まずさを覚えてしまうのだ。
自分の胸のあたりまで右手の指先を動かす。
鏡のわたしは左手の指先を動かしている。
あと数ミリ、中指が赤黒い肌にぶつかる——直前。
「——今日は、いいかな」
わざとそう口に出して、手をひっこめた。
もし触れたとき、何も感じなかったらと思うと、怖かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます