◇8 中編

「10……20……」

 いや、もっといる。

 武器を持った化心はその数を加速度的に増していた。それらが皆一様にのろのろと、わたしの方へにじり寄ってきている。

 化心は一人の人間から一体しか生まれない、というのが原則だ。

 ならばこれは幻覚か、それとも分身のようなものか……いずれにせよ、泉の化心の持つ能力——心術の仕業なのだろう。過去に出会った似た姿の化心も、この力で生み出されたものだとすれば辻褄は合う。

 あるいは——

「!」

 黒コートたちの葬列、その先頭にいる一体が、ダッシュで迫ってきた。

 すんでのところで躱し、背負っていたバッグから剣鉈を取り出す。

「やぁっ!」

 横薙ぎの一閃が、化心の胴体を切り裂く。

 そのまま先鋒の化心が霧散したのを皮切りに、残りが突撃してきた。

 どうやら考えている暇はなさそうだ。

 剣鉈を構え直して、迎え撃つ。

 ——そこからはもうひたすらに、がむしゃらだった。

 自分の近くにいる敵を刺し殺しながら、集団の中に突っ込んでいく。数体が横並びで立っている時はまとめて斬り伏せ、両側からの攻撃は身を屈めて同士討ちさせた。

「30……40……」

 階段にも化心がひしめいていたので、剣鉈を投擲して上段の敵に突き刺す。刺された化心がバランスを崩し、そのままドミノみたいに崩れていった。

「50……」

 伏した化心たちにとどめを刺してから、二階へと向かう。階段を上がった先には、弓を構えた化心が待ち伏せていた。放たれた矢を剣鉈で弾き、次の矢をつがえる前に正面から叩き斬った。

「…………」

 もう数えるのも面倒だった。

 後方から、ぞろぞろと化心たちの気配がする。

 際限ない化心の攻撃に対し、こちらの体力の消耗が激しい。

 じり貧という言葉は、こういう時に使うのだろう。

「どこか……休む……場所……」

 一体多数の戦いは、おそらく長期戦になる。まずは体勢を整えたかった。

 来た道を戻る。どこかの教室に身を隠せば、多少の時間は稼げるはずだ。

 適当に目についた教室の扉を引き————実際それはわたしのクラスだったと後々わかったわけだが——しかし、

 わたしは〝中に入れなかった〟。

「————」

 絶句。

 教室の中で、人間が——より正確に言えば〝生徒〟が、何十人も倒れていた。

 そして生徒たちが、全員〝スマホ〟を手に持っているのを見たとき、認めたくない気持ちとは裏腹に〝答え〟へとたどり着く。

 第三の——いや、本来最初に思いつくべき考えが脳裏に浮かぶ。

 化心は〝一人一体〟。

 ならばこれは幻覚でも分身でもなく——

「神様に関わった〝生徒全員〟が〝それぞれ〟化心を生み出した……⁉」

 その結論に達するのに、数秒。

 明らかな隙だった。

 木材が軋み、ガラスにヒビが入り、金属が歪む音。

 我に返った時にはもう遅い。

 化心の軍団が一斉に教室の壁を突き破る。

 満員電車からなだれ込むように、彼らは巨大な塊となって、わたしに向かって押し寄せてきた。

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