第2話 死神感染

◇1

死神感染


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 ハートキャッチから歩いて10分ほどの路地裏の一画に〝アリア〟という小さな店がある。

 主な商売として、パワーストーンなどの開運アイテムの販売や、ちょっとした占いなんかもやっており、店内はその類のスピリチュアルなアイテムの数々で埋め尽くされている。初見ではたどり着くことすら難しいその店は、隠れ家的な雰囲気や、中のレイアウトも相まって、一部の客には好評らしい。

 店主が〝心宮市こころみやしの魔女〟と呼ばれるほどの美貌の持ち主であることも、評価に貢献しているのかもしれない。生まれながらでしか出せない輝きを放つ鮮やかな金の髪、深海のような色の眼、透明感のある肌など、人間が魅了される全ての要素を彼女は所持していた。これほど艶やかな存在は、心宮市どころか、世界中を探してもどれだけいるか。

「んもう、褒めすぎよートバリちゃん。ワタシの国に行けばこんな顔いくらでもいるんだから。トバリちゃんってば、本当になんにも知らないのね~!」

「……フォルテさん、わたし、まだ何も言ってませんけど」

「あらら? 失礼、ついうっかり。人が何考えてるか、結構わかっちゃう質なのよね」

 ワタシ、魔女ですので、オホホホ……とわざとらしく笑う美女——フォルテさん。

 ……いや、理由にはなってない気がするけど。

 思考が読めるというのが本当かどうかはわからないが、この人が言うと、やけに真実味がある。

「それで? トバリちゃんは今日、どんな用件で来たのかしら? お姉さんとしては、そろそろパワーストーン100kgぐらい買ってほしいなーって思うんだけど」

 組んだ手に顎を乗せ、フォルテさんは笑みを浮かべた。

 一挙手一投足が絵画の構図のようだ。絵は全然詳しくないが。

「……業者じゃないんですから、そんなに買うわけないじゃないですか」

「トバリちゃんなら、オニキスとかいいんじゃない? 魔除けになるわよー」

「別にいらないです」

「それじゃあ占っとく? 恋愛運とか」

「それも結構です」

「ええーいいじゃないー先っちょだけでいいからー」

「占いの先っちょとは?」

 その後もいろいろと勧めてくる彼女を制するように、わたしは数十本の空アンプルを目の前に置いた。

 フォルテさんはそれらを見ると「やっぱりそっち系か、ざーんねん」と、大げさにため息をついてから、裏手から採血用の注射針を持ち出してきた。

「言っておくけど、一日にこんなに作れないわよ?」

「わたし、いくら血を抜かれてもすぐ補充されるので大丈夫ですよ?」

「アナタじゃなくて、ワタシの負担の話。血液って扱いが難しいんだから」

 えいっ、という掛け声とともに、腕に針を侵入された。

 わずかな痛みと、冷たさを感じる。

 自分の中身が、真っ赤な液体となって吸い出される。

 移動したわたしの血は、注射針に付属している管を通って、フォルテさんの後方にある業務用冷蔵庫のように大きな機械へ注がれていった。

「——はい、一旦こんなものね」

 針を抜き取ってから、フォルテさんはわたしの血を貯蔵した機械に手を触れた。

 すると、直方体のそれに無数の文様——魔法陣が浮かび上がる。

 そうやって〝魔術〟が正常に作動しているのを確認すると、彼女は「だいたい三日くらいかしら」と告げた。


 開運グッズの販売や占いは、アリアの表の顔にすぎない。

 この店には、裏の顔——本業が存在する。

 わたしたちのような〝戦う者〟に〝戦う術〟を見繕う、武器屋としての一面だ。

 巷で魔女と呼ばれているフォルテさん——フォルテシモ・リリックワールドは、その実、本当に魔道に精通しているという意味の、紛れもなく魔女なのである。

「一つ訂正するなら、本業はスピリチュアルの方よ」

「……頭の中を読むのやめましょう?」




 わたしの血を吸った機械は、ごうんごうんと音を立てている。

 しばらくの間二人とも、それをぼんやり見つめていた。

「……いつ見てもすごいですよね。その装置で加工すると、わたしの血があんなふうに動くなんて」

「これも長年の研究と開発の賜物ってところかしらねー」

「これを作ったのもフォルテさんなんですか?」

「そう、特注品。もうホントに大変だったんだから」

「特注品って、誰がこんなもの頼むんですか?」

「おっ、ついにトバリちゃんも、魔女工芸に興味がおありかなー?」

「別にそういうわけじゃ……」

「初めてなら、ワタシが監修した『週刊 魔女になろう!』がおすすめよ」

「そんなのあるんですか⁉」

「毎週、いろんな魔法道具がついてきて、ウィッチクラフトが一通り学べるわ。創刊号は499円」

「よくCMで流れるやつ!」

「ちなみに最初の付録は、ヤギの頭蓋骨♡」

「しかも本格派……!」

「1冊どうかしら?」

「…………いらない、ですね……」

 お断りしておいた。

 関心がないわけではないが、この手の本は、よほど好きなものじゃなければ、途中で購読が止まってしまうものだと聞いたことがある。

 最終的に、部屋の中にいろんな骨が放置され、葵さんに窘められる姿が想像できた。やめておくのが賢明だろう。

 ……というか、魔女のなり方って、書籍化していいものなのかな……?

「そういう魔術とか神秘の世界って、もっと隠すものだと思ってましたけど」

「オリクサだって、退魔の家なのを隠してるわけじゃないんでしょ? 同じよ同じ。結局勉強したところで、元々のセンスが無ければ魔術は使えないわけだし、知識が外に出る分にはそんなに問題はないのよ」

「そ、そうなんですか……」

「むしろ、スマホのアプリとかで無料で占えちゃうほうが、死活問題よ、まったく」

「うーん……?」

 何か履き違えてるような……。

 魔術のほうが凄いし、秘匿するべきものでは?

「……あっ、じゃあ小渕おぶちさんは、その点、魔術のセンスがあったということでしょうか?」

 そういえば、と、前回の事件の関係者である小渕琉太おぶちりゅうたのことを、なんとなく尋ねてみた。

「だぁれ? それ?」

「ほら、例のイルカを召喚した人ですよ。死体はフォルテさんが回収したって聞きましたけど」

「ああ、黒焦げのアレね。ワタシ、そのオブチって人は知らないけど、少なくとも〝ストレンジャー〟を召喚するくらいの力はあったんでしょうね」

「ストレンジャー?」

「あの手の怪物のことよ。こことは違う世界から呼び出される生き物を、ワタシたちはそう呼んでるわ」

「違う、世界……」

「平行世界とか、第二世界とか、裏世界とか、呼び方はいろいろあるわね。〝向こう側〟からすれば、〝こっち側〟こそ裏の世界なんでしょうけど。とにかく、ストレンジャーはそこに場所に住んでいる生物で、魔術師は魔法陣を通じて、彼らとコンタクトをとることができるの。ある程度の魔力を持っていて、魔法陣の書き方さえ知ってれば、子どもでも呼び出せるわ」

「フォルテさんも呼べるんですか?」

「もっちろん。でもわざわざ召喚しないわねー。言うこと全然聞かないから、使い魔にもペットにもしにくいし。向こうの世界の野生動物を無理やり引っ張ってきているわけだから、そりゃそうだ、って話だけど。そういう目的なら、近所の野良猫を調教したほうがマシね」

「なるほど」

「召喚術なんてものは、この世界にいる人なら、誰でもできる。初歩の初歩ってことよ」

「……」

 つまり、小渕の魔術のレベルは、フォルテさんに言わせれば、大したものではないらしい。

 ……なんかあの人、各方面からこんな感じの評価を受けている気がする……。

 仕方ないといえば仕方ないのだけど。

 実際、わたしも被害者なわけだし、同情はしないでおこう。




「そんな人のことより、ワタシとしては、トバリちゃんが着てる面白い服についてお話したいんだけど~?」

 唐突に、フォルテさんはわたしの服を指さしてそう言った。

 指の動きに誘導されて、自分の恰好を見る。

 白い半袖に藍色の大きな襟がついたトップス、ひざを丁度隠す程度に伸ばした黒いプリーツスカート、世間一般ではセーラー服と呼ばれるそれを、わたしは身に着けていた。

「いや、面白い服って、ただの制服ですけど」

「制服は、学校に通っている子が着るものでしょ? なんでアナタが着てるのよ。あっ、ジャパニーズコスプレ?」

「違いますよ、本物です。わたし、高校生ですから」

 近づいて、制服の布をフォルテさんに触らせる。

 フォルテさんは「ウール……」と言いながら、指先で裾やスカートをつまんでいた。

「でもアナタ記憶喪失なんでしょ? それなのに学校って……そういうの、手続きとかいろいろあるんじゃないの?」

「詳しくは知らないですけど、葵さんが手を回してくれたみたいです。なんか、転校生ってことにしてくれました。通い始めてから今日で1週間くらいですね」

「……へぇ、あの子が、それは面白いわね」

「学校に通うのを提案したのは葵さんなんです。……わたしより付き合いが長いフォルテさんから見ても、意外なんですか? こういうのって」

「そうねー。アオイって、基本的に他人に関心がないでしょ? 同じくらい自分のことも考えてないんだけど……。だから、そういう保護者っぽいことをするなんて、すごく意外」

「…………」

「もしかしたら、トバリちゃんと過ごすなかで、あの子もちょっとは変わってるのかしらねー。うんうん、感慨深いわねー」

「ちょっと気になったんですけど、フォルテさんの年齢って——」

「トバリちゃん」

「はい」

「魔女に、歳の話は、タブー、OK?」

「……I understand.」




 店の時計は7時半を指し示していた。

 始業時刻は8時半なので、今アリアを出れば、十分に余裕のある登校ができるだろう。

 荷物を一通り確認し、大き目のボストンバッグを背負う。

 フォルテさんに見送られながら、わたしは歩き出した。

 たぶん、普通の高校生みたいに。

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