◇2
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「帷ちゃん、久しぶりの依頼だよ」
「マンチカンですか、アメショーですか?」
「猫探しだと決めつけるのは早計だね」
いつものようにハートキャッチに赴くと、葵さんはタブレットをわたしに見せてきた。タブレットの画面には知らない女性の名前と電話番号が書かれている。おそらく、この人が今回の依頼人なのだろう。
「依頼人の名前は
「エアコンの件は業者を頼ればいいと思いますけど」
「まったくもって同感だ。ついでにもう一つ不幸エピソード、長田の彼氏と知人が負傷している。特に知人のほうは重症だね、なにせ両腕が動かないときた」
「骨折ですか」
「いいや、文字通り〝動かない〟らしい。傷病に関しては私が独自に調べたことだけどね。医者は神経系の異常だと考えているみたいだけども」
「葵さんは〝
「確証はない。だが、ここに依頼が来たってことは、そういう風向きってやつかもね。化心絡みなのかどうか、それを確かめるうえでも、帷ちゃんには長田のボディガードをしてもらいたい」
そう言って葵さんは、いくつかの資料をわたしのスマホ(先日買ってもらった)に転送してきた。依頼人、長田や彼女の周囲の人々の情報、この手のデータが役に立ったことはないが、一応目を通す。
データの中に一つ、目についた名前があった。
長田の彼氏、中沢櫂。
「ん、あれ?」
「どうしたんだい?」
「なんか、どこかで見たことある名前があるなって」
「へぇ、過去の記憶に関するものかい?」
「いや、そうじゃないと思います。えーと、なんだろう、最近見たような……」
「思い出せないなら、どうでもいいことなんじゃないかな」
「うーん……そうかもですね」
一つ言えるのは、わたしも葵さんも、記憶力の低さという意味では、どっこいどっこいらしい。
依頼は受けることにした。化心が関わっているならば、断る理由はない。もしも彼女がそういった事柄とは関係ない、ただの不幸体質なのだとしたら、神社とかに連れて行って、厄を払ってもらえばいいだろう。
どうやらこちらの想定以上に彼女は参っているらしく、早速今日の午後から護衛を頼まれていた。
準備のために更衣室に行く。中に入ろうとした直前に、わたしは大事なことを聞いてないと思い、振り返った。
「葵さん、確認したいんですけど」
「なんだい?」
「もし化心が出たら、殺してもいいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます」
葵さんは、やっぱりあの目でわたしを見ていた。
更衣室に入り、着ているものを全て取っ払う、そしてわたしは、目の前の鏡をじっと見た。
不思議なものだ、と思う。大抵の人は、自分のことは自分がよくわかっていると嘯く。その癖に、鏡のような道具が無ければ、自身の顔さえ見ることができない。
わたしにとって鏡に映った〝帷〟というのは、限りなく他人に近い。なにせ出会ってまだ半年なのだから、この姿が自分だという確かな実感がまだ得られないのだ。
だからわたしは鏡を見て、身体に触れる、自分を定義づけするために。一日に必ず一回、それが習慣になっていた。
髪をなでる。肩までかかった、黒と灰と白を目をつぶって混ぜたような色の髪。「木炭が焼けたみたいで食欲がそそられる」と葵さんには言われたが、もちろん嬉しくなかった。
目線を下げる。嫌でも目につくのは、身体に刻まれた火傷のような傷跡だ。色は血のように赤黒く、一見すると身体の中身が露になっているようでもあった。右肩から左腿まで袈裟斬りのような軌跡のそれは、胸と腹の辺りで亀裂が入ったかのようにぱっくりと割れた模様を描いていた。
いつ、どうやってついた傷なのかはわからない。葵さんが話すには、わたしを拾った時にはすでにこうなっていたらしい。生まれつきのものなのか、あるいは記憶を失う直接の原因なのか、それは不明だが、今となってはわたしに残された唯一の存在証明であり、記憶の手掛かりだった。
「さて」
一呼吸おいてから、傷に触れる。
「——ん」と、思わず声が漏れた。
痛みはないが、身体の中身を撫でているかのような、なんともいえないぞわぞわとした感覚が全身を突き抜ける。肌よりも神経に近いからだろうか。
この感覚は、なかなか慣れない。けど、不思議と不快ではなかった。鏡の中の人間が傷を触って、わたしの身体がそれに反応する、それによって「ああ、やはり、この人物がわたしなのだ」と実感できるからだ。
一連のルーチンワークを終えて、もう一度大きく深呼吸をしてから、クローゼットから仕事着を取り出す。黒いロングTシャツとデニム、そして黒の編み上げブーツ。デザインにこだわりはない、動きやすければ良いというのが、わたしにとっての服の捉え方だった。
それらを着たあとに、ハンガーにかかってるコートを手に取った。カーキのフード付きモッズコート、対化心のための〝武器〟を多く収納できるように改造された特別性だ。これに関しては替えが効きづらいので、比較的大事に使っている。コートの中身を一通り確認して、わたしはそれを羽織った。
「葵さん。それじゃあ、行ってきます」
「怪我しないでね」
「しませんよ」
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