第4話 電話の向こう

 一年前に死んだ女の子に、電話をかけてみた。

 西村は、今でもあの子を恋している。

 高校時代に知り合った可愛い女の子だった。真面目で、なんでも一所懸命頑張る子で、気がつけば彼女から目が離せなくなった。

 しかし、恋よりも学業に比重を置いた西村は勉強の日々だった。

 名門校に受かったら、あの子に告白するんだと、内心はそう決めた。

 結局、どれほど頑張ったとしても、成績は全然伸びなかった。

 仕方なく実家で印刷業者として暮らすことにした。

 男の尊厳というものが守るべく、告白することも潔くやめた。

 けれど、たった一年過ぎただけで、彼はもう我慢できなくなっていた。

 恋わずらいというものなのか、最近は夢の中に彼女がよく現れて西村の名前を呼ぶ。

 彼女はまだ恋人ができていないのなら、直に告白しに行くと西村は思っていた。

 コンビニがてらに川の辺りを散策した。そういえば、同級生の岩田は委員長をやったことがあって、全クラスの生徒の携帯番号を知っているようだ。

 彼とは長い付き合いだった。それに、携帯番号くらい渋々と隠す必要もない。電話でもかけてちゃんと説明すれば教えるはずだ。

 「もしもし、えっと、あっ、時間ある?」「何? 明日会社行くんすけど、久しぶりだな、っていうか二週間前あったばかりだね。最近はどう?」

 メールにした方がよかったのか、こいつ結構おしゃべりなんだ。

 けれど、携帯番号をもらったとはいえ、この番号を彼女は今も使っているとは限らない。つながって向こうは男の人だったらどうする? そもそも一年もあっていない人に電話をかけるなんて、相手が気持ち悪いとか思われたらどうすればいいのか。

 なんだよ自分、今はもう高校から卒業したんじゃないから、そんなに悩んだって何も変わらないだろう。恥ずかしいという気持ちは捨てよう。

 「あの、クラスメートの佳奈美っていう子は知っている?」「なるほどなるほど、で、何が知りたい?」

 携帯番号を聞き出した西村は、風呂上がりの後、佳奈美に電話をした。

 何も考えずにすぐ行動する、そういうつんけんなとこは彼の欠点である。何年もあっていない二人は盛り上がれる話題もないのに。むしろ互いに気まずいだけだ。

 しかし、西村は今夜だけでも、彼女の声が聞きたい。

 携帯番号を押して、かけてみた。

 脱衣所の電気は妙にちらとらと点滅する。

 1秒、2秒、3秒……

 砂嵐のような雑音が響いた。一瞬、西村は鏡の中に、赤色のワンピースを着ている女の姿が見えた。

 はっと息を吸って、後ろに振り向くと誰もいなかった。

 仄白い明かりを直視しても不思議に眩しくはなかった。

 嫌な気分になって、電話を切ろうとした。

 ところで電話はつながった。

 向こうは一向に沈黙した様子で、携帯からザーザーの電流音だけが流れている。

 知らない携帯番号に警戒しているだろう。

 「もしもし、あの……」

 咄嗟に犬の吠え声が電話の向こうから響いてくる。西村はびっくりして、出かかった言葉が喉に詰まっていた。

 吠え声は止まない。西村は胸騒ぎと不安を感じ、眉をよせた。

 「こんば、んは、ざ……西村」

 女性の声が聞こえた。携帯越しの電子音のせいか、くぐもってすごく聞きにくかった。

 「俺のこと、まだ覚えているのか」

 西村は驚いた。自分のことをまだ覚えている。それは嬉しいけど、今のタイミングではなんだか怪しかった。

 けれど、西村は疑っていなかった。記憶力がいいというのがこういうことだろうと思った。

 「一週間前卒業したばかり……でしょ、忘れ……るわけが……」

 卒業は一年前なのに、向こうは「一週間前のこと」と言った。

 「昨日? 卒業したのは一年前だろう」

 「何言っぐぐぐて、いるの……ぐぐ……い、……が」

 犬の吠え声がどんどん耳に近付いてきた。

 携帯を犬の鼻まで当ててやっているのかと思わせた。

 馬鹿にされた気分になったが、女の悲鳴が携帯の向こうから響いてきて、西村は「どうした?」と尋ねた。

 ぶつっと音がして、電話が切れた。

 事故があったのか、それともただのいたずらなのか。とりあえず西村はすぐに委員長岩田に電話をした。

 しかし岩田は変なことを言った。

 「事故? いや、あの人は死んだのよ、お前、知らないのか? なぜ死者の携帯番号を欲しがるのかまったく見当もつかないが、まさか知らないとは」

 「どういうことだ?」

 「どういうこともなにも、卒業の後彼女は京都へ行ったんだ。そこの山近くで野良犬に殺された。野良犬って? それは行方不明の動物さ、飢え過ぎて人を襲ったのよ」

 「でも、俺は確かにあの子と通話……」

 後ろに気配が感じた。振り向くと赤色のワンピースを着た女が後ろに立っていた。

 いや、赤色のワンピースを着ているわけではなく、ワンピースは血まみれになっていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る