第3話 熊のぬいぐるみ

 二年前オープンした遊園地が何か変な事故にあって運営が中絶したが、最近は急に再開するというチラシがあちこちに貼られて、もしやり始めたら遊びに行こうと思った。

 そして再開の日が来た。ぼくは休日に出かけて遊園地に行った。

 入園料を払って入園する。大門近くの係さんが客の皆さんにあるパンフレットを配っている。

 大事な注意事項が書かれたパンフレットということで、もらっていない人は入園禁止だそうで。

 変なルールだ。しかし、他の客は普通に受けているとこを見て、どうやら事情を知らないのはぼくだけだと気づいた。

 大事な注意事項か、やはり読むべきか。

 どうせ火事や、盗難とうなん相関の事項だろうと思い、ぼくはパンフレットを開いた。

 しかし、そうではなかった。最初は確かに普通の注意事項なんだけど、中間から妙なことが書かれていた。

 注意事項は以下の通り:

 1・喫煙するときは喫煙室に入ること。

 2・火事が起こさないようにご注意を。

 3・トイレはパンフレットの地図に載っているので自分でご確認を。

 4・園内の店はぬいぐるみの販売は禁止されています。

 5・ゴミはゴミ箱に。

 6・園内にはぬいぐるみが絶対に存在しません。

 7・ぬいぐるみを園内に持ち込んではいけません。

 8・目に赤い光を宿した熊のぬいぐるみを見かけたら、目と合わさないように逃げてください。

 9・ぬいぐるみを見かけたら、すぐに係に報告してください。

 10・熊の着ぐるみを着ている人を見かけたら、逃げてください。あれは人ではありません。

 11・遊園地のサイレンが鳴ったとき、即退園すること。

 ……

 「ぬいぐるみ?」

 都市伝説を述べるような言い回ししか思わない。昔ネットのホラーウエブサイトでこういう風な注意事項を読んだことがある。大体は作り話だろうと思って気にしていなかった。そんなまさか。仮に熊のぬいぐるみを見かけたとて、大したことはない。人を喰うような危険性を持つ動物でもないのに、わざわざ逃げる必要もないだろう。もしかして園長はぬいぐるみが嫌いとか?

 ぼくはとりあえずパンフレットをポケットに入れて、遊園地の観覧車やフリー・フォールに乗って楽しんだ。

 午後3時、ぼくは眠気に襲われて、園内のベンチにぐったりと腰を下ろしうたた寝をした。

 どれほど時間が経ったのだろう。覚めた後、ぼくは目を開けて状況を整理する。

 視線を床に移す途端、何物と目が合った。

 ぬいぐるみ?

 寝ぼけしてぼんやりしていたぼくはぬいぐるみを見詰める。

 赤い目をした、熊のぬいぐるみだった。

 不気味だと思って目を逸らそうとしたが、もう遅い。

 視覚が変わり、上目遣いになった。視線の先、もう一人のぼくがいた。

 ドッペルゲンガーにもあったかと思えば、もうひとりのぼくは、「何でこんなところにぬいぐるみがあるんだろう」と訝しげに眉をひそめ、スマホを取り出して見る。

「もうこんな時間。早く帰宅しないと。お母さんが待っている」と、ぼくと瓜二つのその人は慌てて立ち上がり、遊園地の正門の方へ行った。

 違う。ぼくはぬいぐるみになった。だったらぼくの体は、一体誰が操っているのか?

 「あったあった!」後ろに清掃員の声が聞こえた。

 体が動けない、声も出られない。

 ぼくは掴まれて、冷たい鉄製の運搬車へ投げ込まれた。

 「君、間違ったんです。ぼくは人です」ぼくは叫んだ。しかし声一つも出られなかった。

 「これでちょうど六十個」清掃員がさも嬉しそうに言った。

 周りを見ると、車の上にぬいぐるみがいっぱいある。そして聞こえる、人の声が……

 「助けて」「助けて」「助けて」「助けて」……

 ガソリンの匂いが漂っていた。

 

 


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る