2. 異世界

「お久しぶりです」

 

 ここは神殿であった場所である。

 草木に覆われているそれには、かつてあったであろう輝きはない。

 

 僕は女神像に話しかけた。美しい女性である。


「あのときは、ありがとうございました」


 頭を下げる。

 僕にとって彼女は恩人である。

 七年前のことだ。

 僕は彼女のおかげで異世界、この世界に来ることができたのだ。

 

 中世ヨーロッパ風の町、魔法、魔道具、エルフ、ドワーフ、妖精、獣人、悪魔、ドラゴン、天使、伝承、勇者、吸血鬼、巨人、見たことがない料理。

 

 刺激的なものばかりだ。現実に退屈していた僕にとって夢のような世界であった。

 

 思い返せば色んなことがあった。良いことも悪いことも。

 

 最初はもちろん苦労した。

 目を開けるとそこは、昔旅行で訪れた海外のような町並み。お金もない、知り合いもいない。

 ぼんやりとしている僕に三人の男達が話しかけてきた。

 言葉が通じた。不安が一つ消えた。そして蘇った。

 彼らは盗賊であった。

 運が良いことに、通りがかった人が助けてくれた。白いひげを携えた老人だ。とても親切な人だった。見ず知らずの僕を家に招待してくれ、仕事が見つかるまでそこに泊めてくれた。彼からこの世界のことを学んだ。魔法も剣術も彼から教わったものである。

彼といる時間はとても楽しいものだった。

 それから僕は彼に憧れて冒険者の仕事を始めた。危険なことも多いがやりがいのある仕事だ。それに友人もできた。酒癖は悪いが頼れる良いやつだ。お金もある程度稼げるようになった。食べることに関して困ることはなくなった。

 

 この世界にもだいぶ慣れてきた。僕も今やこの世界の立派な住人である。


 神殿を出た僕は空を眺めた。

 赤く染まった空だ。


「おーい。そろそろ戻るぞ。早くしないと店が閉まっちまう」

 

 僕を呼ぶ声が聞こえる。

 今いく、と僕は彼の背中に返事をした。

 

 もう一度赤い空を見上げる。

 僕はため息をついた。

 

 そして、彼に聞こえないほどの声でつぶやいた。


「あぁ、異世界行きてぇ」

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