第5話 ある第一艦隊特務機関の一日 それから (後編)
西暦二千百十一年二月六日。今日は、まゆとキティのペア、並びに隊長の信二の姿が執務室にあった。
「あれ? 自衛のための所有戦力規制、結構緩みましたね。警備隊のレベル、越えちゃってませんか?」
「まあ、此までの規制自体が厳しすぎるだろ。相手が戦艦一隻とは言え、短時間で迎撃出来たのが不思議だぞ?一昨日の一件」
まゆの言葉に、信二から答えが返る。
「あの星でなかったら、市街地に被害が出ていて不思議じゃない…って言うか、被害甚大だったよねー」
「まあ、キティの言う通りなんだよね。あの星系、傍から見てみると異常だよね」
まゆが苦笑を溢す。
「此、もう姫野には連絡行ってるんですか?」
「朝一で通達済みだよ。今頃、さっさと増強配備始めてるんじゃないか?」
まゆの問い掛けに対し、信二の答えは酷く軽い。他の企業と比べて、組織改革、体制構築などに対応する際の迅速さが一線を画するは、一般市民の間にあっても広く知られた事実であった。
「今日辺り、第三艦隊首脳部についての内偵調査結果が上がってくると思うんだが、情報の共有のための連絡役、頼んで良いか?」
「良いですよ? でも、キティが暇になりますね」
「キティには、遊撃艦隊の操艦指導を頼みたいんだが?」
「OKだよ。ベン大佐のとこに行けば良い?」
「そうしてもらえると助かる。俺は今日も会議があるんで、留守は頼むぞ」
言い残して出掛けて行く信二。キティも支度を済ませて遊撃艦隊へと向かう。残されたまゆは、依頼を片付けて帰還した他の隊員から報告書を預かったり、手空きとなった隊員への依頼の割り当てを行いつつ、姫野グループとの情報共有のための連絡業務をこなすのであった。
と、其処へ緊急の報告が届けられる。姫野グループ本部が置かれる、例の星系からだった。
一瞬、こわばった表情を見せるまゆではあったが、内容を読み進めるにつれ、その表情が緩む。
本部ビル内に設置されている警備ドローンの展示スペースに於いて、システムへの侵入があり、展示場内のドローンが全て攻撃モードで起動し、三階層程下に存在する、本部ビルのメインサーバーへと向けて侵攻しようとしたらしい。
展示している物が物だけに、床も壁も天井すら破格の頑丈さで作られていた事もあり、そのスペースを封鎖する事によって、他の施設へと影響が及ぶ事もなく、又、現地駐在の最高機密扱い、特務事案対処専門部隊。通称メンバーズによって解決済みで有るとの事。
クラッキングに使われたネットワークウイルスは、軍が使う諜報用の物を改造した亜種。ネットワークへの放出を行った実行犯は、昨日、同ビルの見学に訪れた観光客を装った人物で、身柄は確保済み。ネットワーク自体、展示スペース内のみに限定して展開されていた為、他施設への影響も無しと言った所である。
そして、実行犯に対して、依頼と指示を行った主犯であるが、接触は全てネットワーク経由。しかも複数のサーバーやハブを経由していて追跡は不能。但し、経由ルートに特徴があって、それは、連邦軍内部に於いて、諜報活動を行う際に使用する物と酷似していた。その事実を踏まえ、迂回パターンをシミュレーション解析して発信源の地域を特定してみれば、発信元は、天の川銀河ペルセウス腕中央付近である事が突き止められた。ディーアモント・インダストリアル本社の存在する宙域であった。
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その日、多数の報告書を処理していたディーアモント少将は、一つの報告に目を止めると、その内容をじっくりと確認していた。
姫野グループ本社ビルで、サイバーテロらしき事案が発生したという内容の報告書である。
「相変わらず、無駄にセキュリティの高い会社だな。用心深いと言うべきか… まあ、展示場一つとは言え、完全に破壊されたとなると、結構な痛手ではあるのだろうな」
独りごちた後、再び報告書の処理に戻る。
そのとき、個人回線へと、秘匿通信の着信を知らせるアラームが小さく鳴動する。
確認してみれば、兄である所の、ディーアモント…インダストリアル総長からの連絡であった。
「…やはり、あの宙賊が運用していた戦艦は兄貴の仕込みだったか。撃墜までは奴も想定内…積み荷に仕掛け? 改修されて保管状態である事を確認済みだと? 今夜、仕掛けが発動するのか。明日回収作業をしろと?…準備しておこう」
呟いて、連絡メールを処分。副官を呼んで、明日、秘匿性の高い情報を集めたドローンが帰還予定であるので、回収に向かう様に、との指示を与える。
手配の為に退出する副官を見送って、三度、報告の処理業務へと戻るのであった。
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西暦二千百十一年二月七日。姫野まゆは、まだ、勤務開始時刻の数分前であるというのに、疲れ果てた様子で、自らの執務デスクに突っ伏していた。
隣では、キティ・キャット・シャリエティプスが、息を荒げ、両手の指をワキワキと蠢かせ、両目を見開いて固まっていた。
始業前に確認しておこうと、昨夜の内に届けられていた報告書や依頼書を開いた所、其処に、
昨年、某実験ステーションのコントロールコア回収業務に於いて、キティが大暴走した原因の、あれ。日本語では。GやAから始まる、昆虫型のドローンである。此が、大量に詰め込まれたコンテナが、時限装置で自動的に開封され、一斉に散らばっていく様子を捕らえた、監視カメラの映像が添えられていたのだ。
映像や写真であれば、辛うじて、その遺伝子レベルで組み込まれた破壊衝動が解き放たれる事なく、我慢出来るはずではあったが、映し出されたその数が非常識であった為、危うく暴走寸前の状態となったキティを、なんとか押さえ込む事に成功した結果であった。
一昨昨日の四日、姫野グループにより撃墜された宙賊の戦艦から押収された積み荷を保管していた倉庫内の映像で、数日以内に、第一艦隊から、引き取りのコンテナ船を派遣して引き渡される手筈となっていたのだが、その前に、仕掛けられていたドローンの拡散が行われた、と言う状況である。
その数、実に、五百十二。一斉に、空調や排気用のダクトへと潜り込んでいく様子が映されているのだった。
今日も、キティとまゆのコンビが、ここ数日の一連の事態における緊急対応の為、本部詰めを予定していたのだが、この映像を見て、危機感を募らせるまゆである。キティを伴って、此の状況に対処するのは、極めて危険である。と。
そのとき、突然に[ドカン]という大音響と、床の振動が部屋全体に響き渡る。
「あ…しまった…」
まゆがぽつりと呟き、音の源へと視線を向けてみれば、其処では予想通りの状況が展開されている所である。
キティと同じく、遺伝子レベルで[G}に対する攻撃本能を抑える事の出来ない人種。ルナ・キャット・シャリエティプスが、自身の執務デスクを叩き潰した所であった。
その隣では、フーッフーッと息を荒げるルナを指さし、床に転げる彼女のペア、ルアン・ルアーブルの姿があった。絶賛、大爆笑中である。
まゆ同様、業務開始前に、情報などを確認しようとしていたのであろう。そして、あの映像を見てしまい、ルアンが宥める間もなく、映像を映し出すスクリーンごと執務デスクをたたき壊したのだと、想像するのはたやすかった。
「ああぁーー。やってしまったーーー」
ややあって、頭を抱えて座り込むルナである。
その後、緊急アラームを鳴らしながら集まってきたベースキーパー達が、壊れた執務デスクを片付け、新しい物と入れ替える間も、床を掌で叩きながら爆笑を続けるルアンと、頭を抱えたまま涙に暮れるルナだった。
その間に、部屋に出入りする隊員は何人かいたのだが、皆、『又何かやってるよ』と言う表情で、華麗にスルーして行くのだった。
やや遅れてやってきた、秋山信二隊長がその様子を見て、
「今日は休みにしとくから、二人でどこか気晴らしに行ってこい」
と、ルナとキティを追い出した後、ルアンとまゆで、本日の緊急対応要員として、臨時ペアを組む事と為るのだった。
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ディーアモント少将は、自らの執務室へと運び込まれてきた、小型で半透明なコンテナボックスを見やって、表情を引き攣らせていた。
半透明のコンテナ内で、ごそごそと音を発しながら蠢いているのは、兄である、ディーアモント・インダストリアル総長から依頼を受け、回収したインテリジェンス・ドローン、タイプCである。総数五百十二機。
運んできた隊員も、非常に微妙な表情になっている辺り、好まれる外観をしているとは言えない物の様であった。
こんな物をデザインする辺り、あの会社は大丈夫なのかと内心で心配し、一方で、明らかに違法な情報収集を行ったドローンの回収を、いくら管轄する銀河腕の中とは言っても、軍に所属する自分にやらせるなど、あの兄は、正常な判断が出来ているのか? 一つ間違えれば、自分もろとも、反逆罪を適用されかねないのが判らないのだろうか? と、憤ってもいた。実は、姫野グループに対し、思う所はあるものの、違法な行為をしてまで貶める事はするつもりのない少将なのだ。機会があれば上手く利用して、合法的に業務の妨害が出来れば上等程度に考えており、世間で言われているほど、悪辣な行為を行っては居ない。インダストリアルと姫野の確執から何かと憶測を呼び、実際より悪く言われているに過ぎないのであって、こうして、兄に巻き込まれて余分な証拠隠滅行為などを行いさえしなければ、至極真っ当な軍人なのだった。
「済まんが、データーを取り出したら、この宛先へデーターだけ其の儘送ってくれ。情報の確認は不要。ドローンは稼働停止させて、倉庫の隅にでも放り込んでおく様に」
と、簡単な指示を出すと、後は知らないとばかりに、残りの業務を片付け。その日の執務を終えるのであった。
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西暦二千百十一年二月八日。お昼過ぎに受け取った報告書を見たディーアモント少将は、非常に焦りを感じて、副官を呼び出すと、直ちに臨検艦隊の組織を指示し、待機するように命じた。
姫野グループ本部ビルのある人工島に、
E・M・P兵器とは、爆薬の破壊力を利用して莫大な電力を生み出し、周囲に強力な電磁波を発生させ、電子機器などを機能的に破壊する兵器である。市街地で作動させたりすれば、爆発の被害よりも、電磁波によるインフラや機械装置、交通管制設備、場合によっては、航空管制にまで破壊を及ぼし、重大な被害、損害を発生させてしまう。
当然の事、その様な兵器が一般に出回るはずもなく、軍の管理下に置かれるべき物であり、反社会団体やテロリストと言った手合いに入手されない様管理されている。
直ちに、第三艦隊で保管しているE・M・P兵器の数と現物の確認を行わせたが、異常は無い。他の艦隊に於いても、同様の管理をしている以上、持ち出されるはずもない。となれば、後は製造メーカーが怪しいのだが、此を生産しているのは、ディーアモント・インダストリアルと羽根インダストリアルの二社のみ。
となれば、犯人として思い当たる人物が、少将にとっては一人しか存在しなかった。
幸いにして、この兵器の使用痕跡を確認する方法は軍が握っている。直ちに臨検要請を行って、証拠を隠滅してしまえば、なんとか誤魔化す事が可能であろうと判断したのだった。
愚かな行動に走った兄を呪いつつ、即座に行動に移れるよう、緊張したままその時を待つディーアモント少将であった。
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まゆ、キティ、ルアン、ルナ、ベンジャミン・ウオルターの五人は、ハイパーレーン上で、タッチダウン直前の状態を維持した特務機関遊撃艦隊の旗艦作戦室に居た。
作戦テーブル上に展開されたいくつかのスクリーンの一つには、今まさにアパートの様な建造物の裏口で、E・M・P兵器を設置している男の姿が映し出されている。
演習では無く、一般市街地における、リアルタイム画像である。破壊力自体は、大した物ではない。せいぜい、コンクリートの壁を貫通出来る程度のものだ。しかし、その発生させる電磁パルスが大問題であった。下手をすれば、数キロ四方に渡って、都市機能を停止させかねないばかりか、大量の自動機械を暴走せしめる。
制御を失った自動車や航空機など、只の重量兵器でしかない。
電力や、エネルギーチューブ、燃料パイプラインなどがコントロール不能になれば、大火災一直線となる。
情報網や、金融機関の専用回線、経済インフラが寸断されれば、人々はパニックに陥る事だろう。
本来であれば、直ちに破壊活動を阻害して、実行犯の捕縛を行うべきであるのだが、何故か、五人が行動を起こす気配はない。
何故、動こうとしないのか、と言えば、待っているからだった。この犯罪行為が成立する瞬間を。即ち、E・M・P兵器が炸裂する、その時を。
此は、言うなれば、自主的な囮捜査であった。場所は、姫野グループ本部ビルの所在地である星系の居住区画。対象となっている建造物は、中身がダミーの囮物件。
正確には、普段は居住者の居る一般(と言うと、多分に語弊のある)家屋であるのだが、犯罪行為を立証する為に、中身と住人を避難させた後、囮の建物を置き、強力なシールドで隔離する準備を既に完了しているのだ。
実行犯本人は、腰に取り付けた[認証阻害装置]を作動させている為、街路の防犯カメラに自身が映し出される事は無いと信じているのだが、実際にはとうに無効化されていて、こうして監視出来ているのが実情である。
昨日の、インテリジェンスドローン騒ぎの後、姫野グループ本部から、第一艦隊へと連絡があった。曰く、ドローンは全て捕獲完了。同日の入国者の中に、破壊工作を目的とした人物を発見、特定している。目的は、本部ビルに設置されたのメインシステムを破壊し、業務に妨害を掛ける事。
これに対し、危険を感じてシステムを急遽移動した体を装って、囮捜査を実行する為に、ドローンのコピー製品を作成し、偽情報を記録して回収させた上で、目的地を罠へと誘導する。そして、姫野グループから業務依頼中の特務事案対処専門部隊。通称メンバーズの居宅を使って罠を張り、此所に、破壊工作を行う実行犯を誘導、犯行を実行させるので、それ以後の関係各所への対応をよろしく頼む。との事だった。
やがて、準備された筋書き通りの過程をたどって事が進行し、E・M・P兵器の作動を確認した実行犯が道路に出ると、コミューターを拾って逃走。一方、設定時間の経過したE・M・P兵器の爆発直前にシールドが発生し、その電磁パルスと爆風を完全に封じ込める。爆発と電磁パルスが収まると同時にシールドは解除され、破壊された裏口付近から大量の煙が立ち上るのと同時に、緊急事態を告げるサイレンが鳴り、緊急車両が集まり始める。
同時に、テーブル上の他のスクリーンに映されていた、第三艦隊本部ステーションに動きが現れる。整列していた臨検艦隊を構成する十五艦が、出港の準備を始める。
一方、コミューターで逃走中の実行犯は、その総合制御システムによって、車内から行き先の指示を出す事が出来なくなると共に、全てのドアとウインドウがロックされ、コンソールも、それ以外も防弾シールドで破壊すら不能となり、更に、睡眠ガスを吹きかけられて意識を失ったまま、警備隊の建物へと搬送されていった。
「其れじゃあ、ベン大佐。打ち合わせ通りにお願いします」
そう告げて、キティ、ルアン、ルナを連れて、旗艦近くでタッチダウン待機中の夫々の愛機、ペガサスⅠ・Ⅱへとテレポートで移動するまゆ。
直後に、出港しようとジェネレーター出力を上げていた第三艦隊の直前へ、特務機関遊撃艦隊四艦と、ペガサスⅠ・Ⅱがタッチダウン。強力なサーチライトを第三艦隊の各艦に向け、激しく明滅する赤と青のフラッシュライトで、緊急行動中である事を示しつつ、その進路を塞ぐ。
本日の遊撃艦隊は、重巡洋艦一と駆逐艦が三で構成。艦の左側面を第三艦隊に見せる形でその進路を遮っており、艦の上下と左舷全ての砲塔が、第三艦隊へと向けられていた。
続けて、まゆが第三艦隊の全艦へ向かって、強制通信装置による通話回線を開く。
「連邦宇宙軍総司令官からの命令を通達します。現宙域の第三艦隊は、現時点をもって一時活動を凍結。艦隊司令並びに副官はその権限を凍結し、姫野大将待遇預かりとします。又、艦隊指示はルアーブル少将待遇が代理として遂行。後に別命があるまで第三艦隊司令官代行とします。指示に従わない場合、反乱分子と見なす場合がありますので留意して下さい。では、直ちに艦隊編成を解体し、ドックへ引き返しなさい」
通達を終えると同時に、命令書の写しと、総司令の証明コードを送信する。これ以降、指示に従わない場合、反逆罪の適用すら有り得る事となる。
幸い、突然の事で多少の混乱があったものの、大きな問題もなく事を収束する事が出来た。第三艦隊の運営は、当面ルアンとルナが代行し、ディーアモント少将と副官のアレックス准将は拘束され、翌日に事情聴取を受ける事となった。
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西暦二千百十一年二月九日。連邦宇宙軍第三艦隊司令本部の一室に於いて、姫野まゆ大将待遇とキティ大佐待遇、ウオルター大佐の三名は、ディーアモント少将、アレックス准将と頑丈なテーブルを挟み、向かい合って着座していた。
少将と准将は、現在、その階級と権限を凍結されており、その状態へと至った経緯について、此れから事情聴取が行われる所である。
「最初に伺っておきたい事があるんですよ。ライオネルさん」
最初に話を始めたのは、まゆである。
「…何だろうか?」
いきなりファーストネームで、官位を付けずに呼ばれ、警戒を隠さぬ様子で答えた、ディーアモント少将。
「ご家族と、仲がよろしくない?」
途端に、不機嫌極まりないと言った表情になる少将。ウオルター大佐とアレックス准将は、いきなり何を言いだすんだ?と驚きを隠さない。キティは、何のこと?とばかりに、小首を傾げている。
「…兄と俺とは、腹違いだ」
不機嫌な心情を隠そうともせずに答える少将。
「納得しました」
得心がいった。と言う表情のまゆ。彼の父親が、複数の妻を娶ったという記録はない。
「失礼ながら、あなたとご家族の学歴や経歴、賞罰について一通り調べさせて頂いております」
「この事態であれば、当然でしょうな」
続けたまゆの言葉に、当然の成り行き、と理解を示す少将。
「ライオネルさんの経歴、不思議だったんですよ。中等部からいきなり士官学校に特待生で入学して、お父上が現役中から軍人として功績を重ね、かなりの速度で昇進されておられる。比べて、お兄さんは高等部では目立った活動もなく、進学も一度浪人していて、入学された大学も極めて特徴の無い学園。しかし、会社の経営を継がれたのはお兄さん。現代の風潮には合致していません」
本来なら、あなたが軍を辞して経営を継ぐべきだったのではないかという問いかけだった。
「つまり?」
そんなまゆの言葉に、ハッキリ言えば良いと、視線で訴える少将。
「実家から離れたいのに其れが出来ず、やっかい事を押しつけられている、とか便利に利用されている状態なのか、とか思われる行動が多数、見られるんですよ。あなたの職務遂行状況。今回の件なんかは、特に露骨に」
其処まで話を聞いて、一つ、息を吐き出した後答える少将。
「その通りですな。艦隊司令であれば、何でももみ消しが可能だとでも思っているのでしょうよ。あの一族は」
忌ま忌ましさを隠そうともせず、吐き捨てる様に答えを返す。
その表情をしばし見つめ、改めて問いを発する。
「では、あと三つ、お答え下さい。一つ目は、何故、其処まで、
「長年の功績を重ねた、銀河系最大の軍需メーカーだからだ。僅かな経営不振ですら、経済活動や、連邦軍の活動に大打撃を与えかねない。小さな部品一つでも供給手配が滞れば、連邦軍の大きなダメージにもなり得る」
間髪を入れず、返答を返すディーアモント少将。
その答えに一つうなずき、次の質問をするまゆ。
「二つ目。ディーアモント・インダストリアルの経営が、現状の一族から他へと変わる事は問題ですか?」
「引継ぎに於いて、社会に影響が及ばない限り、問題ではない」
この問いに対しても、即座に返答が返ってくる。
「では最後、何故、姫野重工業の軍艦導入に対し、異を唱えられるのですか?」
「危険だからだ。姫野グループの技術力は他に抜きん出て突出している。連邦軍のスタンダードとなる第一艦隊旗艦部隊が此を率先して導入する事は、影響が大きすぎるからだ」
やはり、即座に答えを返す。本心からの答えであるからだった。
「今のお答えについて、もう少し詳しく伺っても?」
「かまわない」
まゆに取っては、今の回答で充分であったが、隣で話を聞いていたキティ。ウオルター、アレックスの三人が、意味が判らないと言った表情なのだ。其処で、今少し深く掘り下げるつもりだった。少将も、其れと理解している様だ。
「第一艦隊旗艦部隊が、姫野の艦船導入を率先しては
「第一艦隊旗艦部隊が、全連邦艦隊の艦隊構成を決める際の標準となっているからだ。第一艦隊旗艦部隊が姫野を採用すれば、他の艦隊も追従する。一度使えば、その性能の高さは歴然としている。やがては、全ての艦船が姫野製に置き換わる事になる」
即答だった。此は、まゆが先日、秋山隊長に食ってかかった理由と同じである。
「良い事なんじゃないの? 性能が良いんでしょ?」
キティが、至極真っ当な質問を返す。ウオルター大佐も頷いている。
アレックス准将は気付いたのか、やや慌てた表情に変わる。
「キティ。わたし達が使ってるペガサスを他のメーカーの修理工場に持って行って整備して下さいって言ったらなんて言われると思う?」
まゆが、問いで返す。
「えー? 基本的な整備しか出来ないって言われそう? いつも、整備部隊の人が言ってるよ?」
その答えに頷いて、
「宇宙軍の軍艦全部が姫野製になっちゃったら、整備や修理、どうするの?」
「おお! 出来ないや。工場、パンクしちゃうよ… でも、やり方、覚えればいいんじゃないの?」
その答えを聞いたまゆが、ディーアモント少将に視線を向ける。
「シャリエティプス大佐。姫野グループは、革新的な技術や情報を多数、無償で公開しているのは知っているか?」
一瞬、誰の事?とキョトンとしたキティ。直ぐ自分の事だと気付いて返事を返す。
「知ってるよ? 後、わたしの事は、キティで良いよ」
「判った。ではキティ大佐、無償公開されているはずの技術、そのほとんどが、他の企業で実用化されていない理由が、お解りか?」
「うぇ? えーと、もしかして… 作れなかったり、使えなかったりするか…ら?」
あってる? と、首を傾げるキティに、その通りだ、と、頷きを返す少将とまゆ。
しばらく、にこにこと何やら考えていたキティだが、ややあって慌てた表情に変わる。
「ダメじゃん! 大ごとじゃん! みんなに、いっぱい勉強して貰わないと、お船の修理、出来なくなっちゃうじゃん!!」
わたわたと、両手を振り回して焦るキティ。
「そ。だからライオネルさんは第一艦隊に公式に姫野製の艦船導入するのを嫌がってるのよ。近い将来に軍が機能しなく為っちゃう恐れがあるから」
「大将待遇殿からその言葉が出るとは思っていませんでしたがね。それに、あなたは、旗艦艦隊の件も反対されていたのか…」
驚いた表情でまゆを見る少将。
「あれに付いては、わたしも母も、本気で拒否してたんですよ。ウチの隊長のごり押しです。何か考えがあるみたいだけど、あの人の頭の中は良く判りません」
左右に首を振りつつ、なにげに酷い台詞を吐き出すまゆだった。
「もう一つ、ありますよね?」
続いたまゆの台詞に、一瞬考え込む。ややあって、
「技術力に差がある以上、マルウエアやブービートラップ、ブラックボックスを設置されても、気付けない」
呟く様に答えた。
「当然の推測ですね。現に、付いてますよ? 緊急停止装置が。外部から信号送るだけで非常停止するタイプ」
「はあぁ!!?」
その呟きに対するまゆの答えに、キティとまゆを除く三人が叫びを上げる。
「おーい! 嬢ちゃん!! 俺、一っ言も聞いてないんだが!!??」
つかみかかりそうな勢いで叫ぶウオルター大佐。
「今、初めて言いましたもん」
しれっと答えるまゆ。口元で人差し指を立ててウインクを一つ、オフレコで。とジェスチャーを加える。
「今現在、発信装置を所有しているのは、連邦政府大統領と、連邦宇宙軍総司令だけです」
「いや、でも、姫野なら追加で幾つでも作成出来るんだろ?」
続いた言葉に、しかし安心出来ないと聞き返す大佐。
「可能ですが、出来ません。其れを、姫野が部品だけでも所持すると、契約違反になりますから。そのあたりはディーアモント側の其れと変わらない物ですよ?」
「あぁ、そうか、それなら、理解した」
「提督?」
まゆの答えを聞いて力を抜いた少将だが、その隣ではアレックス准将が理解出来ないと声を掛ける。
「アレックス。姫野が契約を破った時は、連邦対姫野の戦争になる。そういった内容の契約だろう。結果なんて双方の損害以外に利も益もない戦争だ。姫野には、連邦まるごと支配出来る権利という利があるにはあるが、そんな事をせずとも、経済的には現状似た様なものだから必要としないだろう。連邦軍としても、万が一の可能性を考えれば、全ての艦船を姫野からの調達にすることは出来ないし、他メーカーを優先し、育成する明確な理由となる。特に主要な艦隊で、其れが顕著になるだろう。技術は欲しいが、体内に爆弾を抱えたくない連邦と、需要は有った方が良いものの、余計な軋轢を好ましく思わない姫野の妥協点と言った所なんじゃないのか?」
説明を聞いて、探る様な視線をまゆに向ける准将と大佐。
「概ね、その通りですね。あんなでっかい企業グループ、維持するだけで手一杯ですよ。これ以上手を広げる欲なんて起きません」
両手を広げて、手に余る。とポーズを取ってみせるまゆ。其れを見た一同の緊張していた体が弛緩する。
「一度、休憩しましょう。その後で、今後の方針を説明します」
そう、まゆが告げて、テーブルに設置されたコンソールを操作すると、しばらくして、ハウスキーパータイプⅠと呼ばれるホームメイドロボットが、お茶を乗せたワゴンを押してやってくる。
その様子を、吃驚した表情で見るまゆを見て、不思議に思ったディーアモント少将が声を掛ける。
「何か、変わった所が有りましたかな? そのハウスキーパー」
「いえ。少佐が姫野製のメイドロボットをお使いとは思わなくて、つい」
其の儘、本音で答えたまゆに、少将が笑い声をあげて答える。
「俺は製造メーカーに拘りはないですよ。選ぶなら、性能で決めます。後で、俺の私室をご覧になると良い。きっと笑えますよ」
「あ…ありがとうございます?」
慌てた様子のまゆに、若干、和やんだ雰囲気が拡がった。
しばし、お茶とお菓子を堪能し、メイドロボットの片付け作業が終えるのを待って、まゆが告げる。
「では、今後の方針伝達と、相談を始めましょう」
一同の表情が変わる。
「まず、この後の行動方針ですが、二つ持ってきた中の優先案でいきましょう。ディーアモント少将とアレックス准将のお二人は階級剥奪後、反逆罪が適用されて極刑となります」
罪状と罰則を告げられた二人は、一瞬青ざめた後、其れを諾と受け入れた。元からの覚悟が無い状況で行動していたのであれば、出来ない反応であった。
「第三艦隊は、新たな提督を迎え、再編されますが、この際、ディーアモント・インダストリアルから何かと勧誘を受けた形跡のある隊員は、他部隊への転向、又は除籍となります」
これに対しても、否はない。と頷く二人。
「ディーアモント・インダストリアルについてですが、
此には、ややほっとした様な、しかし、納得しきれない様な表情が、一瞬見えたが、異論は無いと答える少将であった。
「で、ご相談ですけれど、お二人とも。家名をお捨てになる気は有りませんか?」
そう、問われ、何のことだ? と固まる二人。
じっと二人を見つめたまま、返事を待つまゆ。
ややあって、ハッとした表情で問い掛ける少将。
「俺を…ずっとファーストネームで呼んでいたのは、其れ…か?」
「わ…わたしも、一度も名を呼ばれていない?」
一つ頷いて話を続けるまゆ。
「ライオネル・ディーアモント少将と、ロバート・アレックス准将はこの後、処刑されます。ですから、その前に、家名変更をお願い出来れば。と」
其れまで、事の成り行きを眺めていたキティが、突然声を上げる。
「あー。特務機関への勧誘だー。ひっさしぶりに見たよー」
「ああ、こうゆうパターンもあるのか。俺とは違ったな」
キティの言葉を聞いて納得するウオルター大佐。彼は、操艦訓練で、成績優秀につき引き抜かれたパターンであった。
「もう一つの案、と言うのをお聞きしても?」
「そちらでは、お二人と艦隊は其の儘。ディーアモント・インダストリアルは解体して引き受け可能な企業へ譲渡。ですね」
それを聞いて、少将が心を決める。
「俺、個人としては、二つ目の方がすっきりするんだが、お言葉に従います。ライオネル・ディーアモント少将は、処刑されましょう」
「私も、同様にお願いします」
二人揃って、頭を下げる。
「では、お好きな家名を選んで下さい。何でしたらお名前も変更可能ですよ? 決まったら登録を行います。ご家族の扱いは、その際に決めましょう。とりあえずは、此までの住民カードや隊員証と言ったものを持って来て頂けますか?回収致します。あ。階級ですが、恐らく大佐。中佐辺りに降格となりますが、ご了承下さい」
「いや、佐官で止まるのであれば、文句など有りませんよ。準備します」
そう答え、身支度へと向かう二人であった。
にこやかに二人を見送ったまゆであったが、二人の姿が見えなくなると、全身から力が抜けて、掛けていた椅子に埋まった。
「ふへ~。つっかれた~」
「お疲れさん。中々格好良かったぜ」
「あはははははははははははははははははははは。あいてっ!」
「ありがと」
ねぎらってくれた大佐にお礼を告げ、隣で爆笑するキティの頭をぺいっ! っと平手で叩くまゆ。
「しかし、あの少将殿、あんな難しいこと考えてたとは思わなかったな」
「只の意地悪おじさんだと思ってたよー」
中々に酷い、大佐とキティの評価であった。
「実は、わたしも今回の調査報告書読むまで知らなかったよ。本気で吃驚したもの」
此方も、更に酷かった。
とりあえず、一部軍人の暴走劇として、上手く落とし所を付ける事が出来、傷を大きく広げずに済んだのも、隠された様々な情報を集める為に頑張った諜報部隊のおかげだと、三人で頷き合う。そして、あの二人の隠蔽能力の高さに驚愕するのだった。
「ディーアモント・インダストリアルの方は、ホントに処罰無しなの?」
納得出来ない表情のキティが訊く。
「放置するわけじゃ無いよ。あの二人の住民登録が死亡抹消扱いになる件を報告するついでに、次は無いよって釘は刺されるでしょうね。今回は、会社経営に影響を与えたくなかったから超特例措置になるんだよ」
次が有ったら、只じゃ置かねー。とばかりに答えるまゆ。
「いずれにしろ、今後のインダストリアル経営陣には、要注意ってことだな?」
「そうなるね。このまま大人しくなると良いんだけどね」
「無理じゃないかなー」
「「言うな!」」
キティのあんまりな一言に、思わず突っ込むまゆと大佐だった。
ところで、元ディーアモント少将と元アレックス准将の見た目であるが、口ひげ、オールバックの厳ついがたい。一部メイク。と、中々に老練な感じを醸しては居たのであるが、実はまだ三十代前半。若い為、侮られる事が多かった二人が、精一杯威厳を保とうとした姿だったりする。
言い換えれば、其れだけ優秀。という事でもある。
そんな二人が、心機一転。色々と準備を終えてまゆ達の元へ戻った時、その姿は前髪を下ろし、メイクも落とし、口ひげを綺麗にそり落とした年相応の見た目となっており、キティの漏らした第一声が、
「誰?」
で有ったとか、元部下達の側に立とうと、通路ですれ違おうと、誰も気が付かない。などと言った騒動もあったのだが、今回は割愛させて戴く事とする。
新しい仲間が増えはしても、万年人手不足の特務機関は、明日も騒がしく活動するのであった。
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