第4話 ある第一艦隊特務機関の一日 それから (前編)

 西暦二千百十一年二月二日。この日届いた報告を睨み付けているのは、天の川銀河連邦宇宙軍第一艦隊特務機関所属の、姫野まゆ大将待遇軍属である。

 黒髪をショートボブに纏め、十六、七歳の少女に見える外観の、実際の年齢はさておいて、二十二歳と登録されている女性である。

 報告書を最初から読み深い溜息をつき、改めて初めから読み返す。報告が届いて以来、既に十回ほど繰り返しているのだった。

「まゆ。そんなに面白い事が書いてあるの?」

 そう、声を掛けてきたのは、彼女の相棒であるキティ・キャット・シャリエティプス大佐待遇軍属。

 鮮やかなブルーグリーンの長髪をポニーテールに纏めた、大きな笹の葉の様な耳が特徴的な女性だ。

「面白い情報だったら、こんなに溜息をついたりはしない。と、思わないのかね? 君は」

 ジトッとした視線を、キティに向けるまゆ。

 今、二人が居る場所は、彼女たちが所属する特務機関の執務室である。

 現在、室内に居るのはまゆとキティの他、二十代後半のモデルさん?と言う外見の、特務機関隊長である秋山信二上級大将だけだ。

「たーいちょー。何で姫野重工に決めちゃったんですか? 此、絶対どっかの提督さんが暴走するフラグじゃないですか。だいたい、良く姫野側が承諾しましたね」

「大変だったよ。三回断られたんで、四回目に土下座して頼み込んだら受けてくれたよ」

 ぶすっとした表情で質問するまゆに、肩を竦めながら答える信二。

「第一艦隊提督でもあるあなたが、なんて事してんですか! 第一艦隊旗艦艦隊の艦艇更新なんて、軍需関連企業なら何処の企業に発注したって二つ返事で決まるでしょ? なんでわざわざ民間機専門企業に、そこまでして発注しなきゃ為らないのよ! 此、絶対姫野に対して迷惑が掛かるの、決定じゃない!!」

「いや、試しに特注したウオルター大佐の艦隊で、評判爆上げだろ? 従来の企業に、ちょっと刺激を与える必要があるかと思ってな」

 その後に想定されるやっかい事を、一体どうしてくれる! と喚くまゆに対し、しれっと答えを返す。

 その態度と表情に、一瞬怪訝な表情を見せた後、一人で納得した顔になって落ち着きを取り戻すまゆ。

「まゆ?」

 キティが、その変化を疑問に思って声を掛ける。

「いや、此の隊長、どうやらどっかの艦隊提督、見限ったんじゃないかな…」

 ぽつりと返ってきた答えの意味が判らず、こてんっと首を傾げるキティ。

「暴走させたいんじゃないかって事」

「あー…」

 其処まで聴いて、納得したキティ。

「此で事を起こすようじゃ、立場上、非常に拙いだろ? で、十中八九、暴走すると見ているよ」

 頭の後ろで手を組んで、天井を見上げたまま、問題点を告げる信二。

「あー。又厄介な仕事が増えるのか…」

 当面の間、やっかい事が確定したのかと、机に突っ伏すまゆ。

 キティは、良く意味が判らないため、そんな二人を見て、首を傾げるだけであった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 同じ頃、実家から届いた手紙に対し、盛大に怒りをぶつけている男が居た。

「ふざけるな! 脳天気な馬鹿兄貴めが! 如何に相手が憎かろうが、十発もあれば惑星ですら破壊可能な、出所バレバレのミサイルなぞ、使えるわけがなかろうが! 此でも、俺は連邦軍の艦隊を預かる立場だぞ!」

 手にしていた手紙を丸めると、デスク脇のディスポーザーへとたたき込む。即座に作動を開始したディスポーザーが、丸められた手紙を分子レベルで分解し、素材として回収する。

「まあ、しかし… このまま放置というのも業腹だな。そう言えば…」

 何か、憂さを晴らす手段はないか、と、しばし考え、デスクに固定されているビジフォンへと手を延ばし、こう告げる。

「アレックス、明日掃討作戦を予定している宙賊の状況を、できる限り詳しくまとめてくれ」

 少々慌てた様子でスクリーンに映った将校が、何やら端末を操作する様子が見られ、やや遅れて、返事が返ってくる。

「了解致しました、二時間ほどご猶予を戴きたく思います。提督」

 その答えを聞き、満足そうにうなずきを返す、提督と呼ばれた男。

「頼んだぞ」

 一言答え、通話を切る。其の儘、豪華な執務用の椅子に身体を鎮め、目をつぶって何やら思いを巡らし始める。

 第三艦隊を率いる提督。ライオネル・ディーアモント小将その人である。

 贅肉のない鍛え上げられた体躯と、口元に蓄えられた髭に加え、身長が二メートルに届こうかという巨躯で、老練の将、と言った風体である

 実家が、連邦における企業ランキング第二位。軍需関連では他の追従を許さぬトップ企業の重工業メーカー、ディーアモント・インダストリアルの総長を始めとした役員一族の本家で、現総長は、先ほど彼が罵っていた実兄である。

 数日前に発表された、第一艦隊旗艦部隊の艦艇更新にあたり、入札無しで、しかも、第一艦隊提督自らの依頼により、造船メーカーが姫野重工業に決まったと言うニュースから、姫野グループ本部惑星に、新規開発を終えたばかりの大陸破砕弾頭ミサイルを撃ち込めと、会長である兄からの手紙が届いた所であった。

 一発でも着弾すれば、オーストラリア大陸程度、僅かな群島を残して海中に没する様なミサイルを、しかも、開発、製造がディーアモントインダストリアルである以上、実行出来るはずもないのである。その結果がどのようになるかなど、考えるまでもない事である。

 しかし、と、思考のルートを変更する。

 そう。第一艦隊では、特務機関という特化組織が存在し、その部隊では、現在、ディーアモント製の旧型艦から、姫野製の新造艦へと、切替が進んでいるという事実がある。

 飽く迄、実験部隊であるという説明であったため、此まで気にしては居なかったのだが、今回は旗艦艦隊を入れ替えるというのだ。話が違ってくる。

 連邦軍には、第一から第十まで、十の艦隊が存在する。中央星系の守護と、全艦隊を統括する第一艦隊。ペルセウス・サジタリウス・ケンタウルス・シグナスの四大渦状腕を管理する、第二から第五艦隊。渦状腕の間と、その他の腕や弧を管理する、第六から第九艦隊。そして、銀河外縁部から外側の勢力圏を管理、警戒する、尤も規模の大きな第十艦隊となる。各艦隊の基本構成は、連邦軍統括本部で決められているが、その構成は、各艦隊提督に決定権がある。

 そして、第一艦隊の旗艦部隊というのは、尤も練度の高いエリート集団という認識が強く、此の艦隊における構成が、各艦隊の標準的構成スタンダードとなっている。

 此まで、軍艦のスタンダードという地位を守ってきたディーアマント・インダストリアルにとって、第一艦隊提督の望みで、他の企業にその座を奪われるという事は耐えがたい屈辱であり、ある種の危機感を抱かせる物であった。

 だが、ディーアモント少将にとって、今それ自体は、どうでも良い事で有った。寧ろ、選ばれた企業が、姫野グループの工業部門である事が問題だった。他の艦隊が決めた事、と、放置出来る物ではないのだ。第一艦隊の旗艦部隊を置き換える、という話となれば、特に。事は、連邦軍の存続に関わる事だ。彼は、そう判断していた。

 やがて、副官のアレックス准将から届いた討伐対象の宙賊が航行中の宙域、構成や装備、予定進路などを確認し、討伐に向かわせる艦隊を決め、作戦行動の指示を与えるディーアモント少将であった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 その男達は、いや、女も多数混じっているが、広い食堂に集まって、飲めや歌えの大宴会を開いていた。

「頭。幸先の良い獲物が手に入ったんだ。今度の計画は成功間違い無しでさぁ」

「ちげねえ! 始めは罠かと警戒したが、トラップがないどころか、酒も食いもんも、何なら艦載機まで残ってるたあ出来過ぎですぜ」

 そう言いながら、酒を酌み交わし、大声を上げて笑う一同。宙賊である。

 そして、彼らがいる食堂は、どこかの町中にあるそれでは無く、戦闘艦の施設であった。全長が五千メートルを超える、中型戦艦の。

 実は、サジタリウス腕を管理する連邦軍第三艦隊は、五年前、副官であったディーアモント准将が昇進し、定年であった前提督に変わって隊を纏める様になった。始めの二年ほどは、問題なく、寧ろ、高評価を得ていた新提督であったが、実家の経営するディーアモント・インダストリアルと、サジタリウス腕の外縁寄りに存在する、姫野グループ所有の企業星系、太陽系(仮)の間で確執が表面化。まあ、一方的に、連邦軍が、この星系に対するサボタージュ行動を取る様になって居る。と言う噂が、各方面に広まって、其れが事実で有ると信じられる様になってから、では有るのだが、結果、宙賊の間に於いて、この星系が狙い目として有名になってきていた。

 此の宙賊達も、ご多分に漏れず、当該星系を狙って行動を起こしたのだが、その進路途中に於いて、連邦軍払い下げの戦艦一艦と曳航中のタグボート数艇。、その護衛艦、二艦が航行して居る所に遭遇。護衛艦が民間の警備会社である事を見抜き急襲。大した戦火を交えるまでもなく、タグボートも護衛艦も逃走したために労せずして手に入れた物であった。

 廃艦寸前の戦艦であろうと、何かしら利用出来るモノがあるだろうと艦内を確認した所、つい先ほどまで稼働していたかの様な装備や補給物資が其の儘残されており、罠ではないかと手分けして調査したが、その様な形跡を微塵も発見出来なかった結果、狂喜した挙げ句の現在なのだった。

「此の戦力なら、企業星系の警備隊なんぞ怖いこたあねえ。明日は派手にやらかすぞ」

「「「「「「おおー」」」」」」

 気勢を上げて、目指す星系へと速度を上げて行くのであった。

 因みに、払い下げを受けて、戦艦の入港を待っていたはずの、ディーアモント・インダストリアル、サジタリウス中央工場からの被害届は、翌日の、日付が変わる直前になってから提出された。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 西暦二千百十一年二月三日。作戦行動中の、第三艦隊、第十五大隊、第三戦隊司令官、ホルツ少佐は焦っていた。

 艦隊司令から、夕刻の、パトロールを終了する間際になってからの指示で、管轄宙域へと侵入した宙賊の小隊を駆逐する任を受け、該当宙域へ急行したのだが、民間用輸送船を改造した小型駆逐クラス二艦、大型駆逐艇クラス一艦と聞いていた艦隊構成が、遭遇してみれば、中型の戦艦を加えた四艦構成である。

 此方はと言えば、旗艦こそ、五千メートル級戦艦ではある物の、随行艦は最大でも千メートル級の巡洋艦が二艦。他は七百メートル級巡洋艦や駆逐艦に至っては五百メートル級でしかない。敵船艦に追従している駆逐艦クラスはなんとでも為るが、戦艦を相手に確実に駆逐出来るとは言い切れない状況だった。

 宙賊艦を捕らえた直後から、包囲のための展開を始めている物の、即座に逃走に移った宙賊艦との距離が、中々縮められない。

 敵艦のエネルギー反応から見て、ワープに移行して逃走しようとしているのは明らかで、先攻させている駆逐艦や小型巡洋艦では、ワープ航路のトレースが出来る観測機を装備していない為、取り逃す事は明白なのだった。

 何故ならば、観測機器を持った艦が、対照となる船艦がワープ開始する時点から観測出来れば直ちに追跡出来るのに比べ、観測可能な距離まで近付く前にワープで逃走されてしまうと、ワープ地点に到達した後から、その痕跡を検出してトレースし、行き先を割り出すためには、膨大な時間が必要となる為である。

 ワープでの逃走を避けようと、先行した艦の射程に宙賊艦を捕らえた直後、その観測データを元に、全艦による一斉射撃を決断し、砲撃を開始する。

 しかし、当然、主力の大型巡洋艦や旗艦は射程外からの攻撃となる為照準が甘く、更に、威力を上げるために、エネルギーチャージに時間を取られる為、散発的な砲撃にならざるを得ず、結果、宙賊最大の戦力である戦艦には、逃走を許してしまうのであった。

 その後、宙賊の戦艦がワープへと移行した空間で、逃走先の観測を始めると共に、艦隊本部へと経過報告を入れたホルツ少佐の元に届けられた指示は、次の様な物であった。

 曰く、討伐依頼のあった宙賊艦は三艦であり、任務は完遂した物と見なす。逃走した、報告になかった戦艦については、可及的速やかにその逃走経路を検出し、報告する様に。尚、追跡並びに討伐の必要は無い。

 逃走先を特定すれば、自身の任務は完了すると判明したホルツ少佐は、ほっと安堵すると共に、早急に逃走先を割り出して、該当宙域を担当する艦隊へその情報を届けるべく、情報の収集を急がせるのであった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 特務機関の執務室内は、非常に微妙な雰囲気に包まれていた。

 待機状態なのは、まゆとキティのコンビに加えて、オレンジ掛かった金髪をポニーテールに纏めた、十五、六歳の少女にしか見えない、ルアン・ルアーブル少将待遇軍属と、緑がかったブルーの紙を持つ長身で、笹の葉の様な大きな耳の、ルナ・キャット・シャリエティプス大佐待遇軍属のコンビ。

 他の隊員や、遊撃のウオルター艦隊は色々な仕事で出撃中。

 秋山上級大将も、兼務する他の部隊を指揮するため、まゆに指揮権を委ねて不在だった。

 そして、緊急事態に対応するため待機中の四人の元へと、一つの報告が届いた所だ。

「掃討対象である艦隊行動中の宙賊を発見。包囲殲滅しようとして、艦隊の展開が終わる前に旗艦らしき一艇に逃げられたと。で、逃走先が判らないので現在捜索中…」

「第三艦隊からの報告で、交戦場所から一番近い星系って、[太陽系(仮)]だよね。此の座標だと…」

 まゆとルナが言葉にして確認する。

 キティが、添付されている戦闘データを展開すれば。四人が囲んでいる作戦立案のためのシミュレーション・デスクの上に、三次元表示で事態の推移が表示される。

 発見から追跡。速度差に物を言わせた包囲展開中、一艇がワープして離脱、その後、残りの宙賊を殲滅する様子が表示される。

 三度ほど、流れを確認した後まゆが断定する。

「明らかに、一番遠い宙域に居た部隊を派遣しているし、逃走方向を限定する宙域をワープアウトポイントに指定してるよね。これ」

「一応、充分間に合うし、尤も手隙状態の部隊だから自然な流れに見えるけど?」

「確かに自然には見えるね。只、最も近い部隊の行動内容が、宙賊退治より重要なのかなって思うんだ。第三艦隊って。命令通り、忠実に動くんだよね。トップがあれだけど」

 ルアンの、君ならどう見る? と言う、一般的見地からの反論に、ルナが答える。

「ある一点にだけ目をつぶれば、非常に優秀な艦隊司令なんだよね、第三艦隊提督って」

 まゆが、同意する。

「姫野グループが絡むと、どーしてあそこまでポンコツ化しちゃうのかねー。ディーアモント少将」

「キティー…… みんな、あえて名指しを避けてたのに…」

「ダメだった?」

「いや、全然。わたしがちょっと落ち込むだけだよ」

 はぁ、と溜息を溢すまゆ。

「あはははははははははははははははははははは」

 その様子を見て、指さし爆笑を始めるキティ。

 拗ねたまゆが、机に突っ伏し、それを眺めてお互いに顔を見合わせたルナとルアンが、やれやれと言った表情で、首を左右に振るのだった。

「んで、どーするの? 緊急発進すれば、ぎりぎり間に合うんじゃね? ペガサスⅡなら」

 ルアンがまゆに、行動を起こして良いのかと、問い掛ける。

「いや、良いよ。海賊の戦艦一艇位、どうとでもするでしょ。あそこの防衛隊。何なら、最強の助っ人もいるんだし」

「まぁ… そうね。平気そうだね」

 答えるまゆと、それを聞いて納得するルアン。二人の脳裏には、あるトンデモ能力を秘めた、とある、豊かな金髪を持つ人物の姿が浮かんでいた。その人物の、脳天気な笑い声と共に。

「「あはははは…」」

 話を聞いていたキティとルナも、その人物を思い浮かべて、うつろな笑いを漏らす。

「とりあえず、連絡だけはしておこ。黙ってると、後が怖いから」

 そう言いながら、ポケットから携帯型の端末を取り出し、呼出しナンバーを入力するまゆ。

「こんにちは、お母さん。ちょっと緊急のお知らせがあるんだけど…」

 と、事の次第を伝え始める。

「…じゃ、後はお任せして大丈夫?  了解、お願いします」

 伝えるべき事を伝え、通話を終了する。

「[総帥]、何だって?」

 ルアンが声を掛ける。

「そんな役職、ないから。防衛隊の訓練と、なんか凄い新人がいるから試しに対応させてみるって」

「新人… ああ。三年前に保護した娘?」

 まゆの答えに、少し考えて該当者に思い至るルアン。

「既に、NINJAの二人を抜いちゃったみたい」

「え? まだ、一月しか経ってないよね? 指導始めてから」

 驚いた声を上げるルナ。

「ははは。流石にあいつ・・・が有望新人だって言うだけの事はあるね」

 乾いた笑いのルアン。

「どちら様?」

 該当する人物に、思い当たらない様子のキティ。

 信じられないと言った表情の儘の三人。一人、疑問符を大量に浮かべたキティに対して、説明する気がある者は居ない様子だ。

「ん~~~~~。三年前にー、ルアンの言うあいつ・・・が保護して~、今太陽系(仮)に居る新人さん~~?……あぁ[槇 鹿乃子]ちゃんだ!」

 やっと思い出して、嬉しそうに左の掌に右の拳を打ち下ろすキティ。ポンッ!と言う小気味よい音が鳴り響く。

「正解」

 キティを軽く指差して、まゆが答える。

 キティ。見聞きした物全てを記憶するという能力を持っては居る。居るのだが、覚えているからと言って、直ぐに思い出せるわけではない。彼女自身の興味度合いに影響されているのだ。今回は、比較的早かった方である。それなりに、興味を抱いていたらしい。

「という事で、わたし達が今できる事は、此所でお留守番の続きをするって事で、OK?」

 ルアンの言葉に頷く三人。

 そして、微妙な雰囲気の儘、残りの勤務時間を過ごす四人であった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 西暦二千百十一年二月四日。午前八時を過ぎた辺りから、続々と入ってくる情報に、信二は頭を痛めていた。

 今日は、昨日の四人に加え、隊長の信二を加えた五人でお留守番をしていたのだが、 昨日、第三艦隊が遭遇戦で取り逃がした宙賊の戦艦が、最寄りの星系であった、銀河連邦内屈指の大企業グループ、姫野グループが本部を置く星系に現れた、と言う第一報を受けたのが、五時間ほど前の事。

 更に、第三艦隊から、昨日逃走した戦艦の行き先が、当該星系で有るとの連絡が入ったのが、その一時間ほど後になってから。直ちに、掃討に向かう、との報告も同時に上がってきたが、昨日の時点で、第一艦隊扱いになっているとして、此を却下する。

 既に、第一艦隊から遊撃艦隊を派遣して、星域の封鎖に向かっていた。但し、此は第三艦隊から、余計な横槍が入らぬ様にと執った措置、そして、万が一の事態に備えた処置ではあるのだが。

 その後、四十分ほど前に、姫野グループ防衛隊と、宙賊の戦艦との開戦報告を皮切りに、その後の経過が次々にもたらされている状況だった。

 幸い、此までの所、姫野側に死者はいない。尤も此は、姫野グループ防衛隊の隊員装備に、個人用の強力なシールド発生装置が有り、致命傷となる怪我を防ぎ、負傷箇所の止血を施すと共に、万一、気密装備無しで宇宙空間へ放り出された際には、宇宙服の代用となっている事が理由であって、この装備がなければ、多くの死者が出ていても不思議ではない状況なのである。

 負傷に関しては、銀河系規模で見ても最高位の医療施設を保有し、更に高位の治癒、再生、精神安定などの能力を持つ異能保有者を多く抱えているので、心配する必要は無いだろう。

 只、連邦艦隊の失態から発生した事変であり、最高責任者の一角を兼ねる彼としては、中々に厳しい状況ではある。

 昨日の時点で、こうなるであろう事を予測していながら、当事者と、その娘の間で話が纏まっており、あえて、特務機関が動かなかった事もあって、負傷者を多く出している事が立場的にも、個人としてもつらいのだった。

「隊長? 姫野の方から、ちょうど良いから実戦経験を積みたいってお願いされたんで、大丈夫ですよ?」

 見かねたまゆが、声を掛けるが、

「それでも相手は民間人だからな。軍の失態でけが人が出ているのは、正直きつい」

「そんな隊長に、母からです。「今回の件に関連する情報について、共有、お願い」ですって」

 なおも表情の優れない信二に向かってまゆが伝言を告げる。

「やっぱ、それが本命か」

 机に突っ伏す信二。

「民間企業が軍と情報共有するなんて、中々出来ないですからね」

 ニシシ。と笑いながら告げるまゆ。

「大前ら、親子揃って、良い性格してるよ…」

 恨めしそうに睨む信二。キティ、ルアン、ルナの三名は、そんな二人を眺めながら、爆笑していた。

 その後、戦艦は、海面にたたき落とされて無力化終了の報告が上がり、続けて、五台のパワードスーツが、姫野学園高等部グランドに軟着陸した旨の情報が入る。

「……はい?」

 更に続いた、此方は特務機関単独の極秘情報に、まゆが呆けた。

「どした? まゆ」

 キティが声を掛けると、慌てて報告を読み直す。

「えっとね、例の新人ちゃん。ガイアス社のパワードスーツ、三機を素手で十秒かからず瞬殺だって…」

「「「「何 (だ) それ!!」」」」

 まゆ以外の四人が同時に叫ぶ。

「わたし、ハイファット重工のスーツでも、素手じゃ無理だぞ…」

 呆れた様にルナが呟く。

 ハイファット重工業製のパワードスーツは、精度とスピードには優れる物の、耐久力では最も低い評価を受ける機体である。逆に、ガイアス社の製品の売りは、その頑丈さであった。耐久性だけで言えば、群を抜いて、トップ企業なのだ。ルナが呆れるのも、尤もで有る。

 まゆが、コンソールを操作すると、添付されていた現地の写真が表示される。

「うっわ…バラバラ。あ、こっちの外見が壊れてない二機はユリカ?」

 手足や頭部などが吹き飛んで悲惨な状態の三機と外観には異常が無いが、動きを止められた二機の写真を見たルアンが言葉を発する。

「そうらしい。あ、でも、新人ちゃんが倒したパイロット、腕か足の単純骨折程度で済んでるみたいだよ?」

 そう、情報を追加するまゆ。

 …

「それ、ユリカちゃんの方、どうなってる?」

 しばし沈黙した後、ルナが質問する。

「えー、両手両足が粉砕骨折…」

「「「「えー…」」」」

 げんなりとした表情でうめく四人。

「相変わらず、容赦ないよねー」

 眉間を指先で揉む様にしながら溢すまゆである。

「あ、動画が届いた。見る?」

 と言うまゆの質問に、全員が、高速の頷きで答える。

 そして、再生されたその戦闘状況に、開いた口が塞がらない五人であった。

 航空防衛隊の包囲網を突破して逃走したパワードスーツ五機が、姫野学園高等部のグラウンド上空で、防御シールドに引っ掛かり、比較的強度の低い、背中の飛行ユニットを破損して地上に不時着する。

 ちょうど、グラウンドに居た女生徒二人を人質に、上空の航空防衛隊に対し、威嚇を始めるパワードスーツ。

 そんなパワードスーツの様子を気にもとめずに、てくてく近づく、人質にされているはずの二人の女生徒。

 次の瞬間、一台のパワードスーツが、長身の女生徒の蹴りを受け、片足を吹き飛ばされて転倒。其の儘、前方一回転で右半身に踵落としを繰り出す女生徒。コックピットを微妙に外して、ボディが大破するパワードスーツ。ちぎれた足のあった辺りから、あらぬ方向へと無理矢理曲げられたパイロットの足が、ピクピクと痙攣しているのが見える。

 隣では、身長の低い生徒が、パワードスーツのパイロットの手足が収納されている辺りをポンポンと、タッチする。すると、派手な光がほとばしり、直後に、崩れ落ちるパワードスーツ。

 二人が歩みを止めてから、此所まで二秒半。

 踵落としの反動で空中に浮かんだ生徒は、隣のパワードスーツの腹を掌で打ち付ける。途端に、巨大なハンマーで叩かれたかの様にボディーがベコ、と凹み、あちらこちらからスパークと煙が吹き出す。

 打ち付けた反動を利用して、三台目のパワードスーツに接近。一度地面を蹴って回し蹴りを放つ。腕で止めようとしたパワードスーツの腕が千切れ飛び、女生徒の方は反動で逆の回転を付け、ジャンプの勢い其の儘上昇。頭部を蹴り飛ばしてしまう。

 その陰では、もう一人の女生徒が、二台目を、先と同様の手段で、非常にあっさりと無力化している。

 頭を蹴り飛ばした後、頭部のないパワードスーツを、跳び箱を跳ぶ様な要領で乗り越え、其の儘背中から蹴り倒す。倒れる寸前、無くなった頭部の穴から、失神したパイロットの白目を剥いた驚愕の表情がチラリと見えた。

 更に、大量の煙を吐きながらも、しぶとく腕の銃口を向けようとしている二台目に向かって、空中で向きを変えて突貫する女生徒。足元に、大量の水蒸気が発生していたので、空気を圧縮し、一気に開放する事で進路を変更した様である。

 向けられた銃口を、取り付けられた手首ごとたたき落とす女生徒。その反動で、ちょうど頭部に体が浮き上がった所でパワードスーツの頭部を蹴り飛ばす。しつこく、反対の腕の銃口を向けようとしているのを、くるりと前転、踵を落として腕ごともぎ取った。吹き飛んだ腕の跡には、トリガーを握りしめたパイロットの腕が覗いている。スーツの腕ごと引きちぎられなかったのは、パイロットにとって、僥倖であろう。例え、肘ではない所が、変な方向に曲がっていようとも。

 そして、何事もなかったかの様に、身長の低い生徒の隣にふわりと降り立つ長身の女生徒。

 此所まで、タイムカウントは十秒に至っていなかった。

「「「「「……………」」」」」

 沈黙が続く。

 映像は、破損のないパワードスーツの横にしゃがみ込み、指先でツンツンとつつく長身の女生徒の様子に続いて、二人で何やら話し合う様子へと進み、其処で終了した。

「人間戦車代表、キティ君。真似出来る?」

 長い沈黙を破って、まゆが相棒に問い掛ける。

「むーり~~~!」

 両手を掲げた彼女の答えは、極めて簡潔であった。

 そうだろうなと、頷く一同。

 その後、小型戦闘機やポッドを全て撃墜、戦艦も艦内に睡眠ガスを充満させて、無力化。全ての生き残り宙賊を捕縛完了したとの報告が姫野グループ本部から届いた。加えて、取り調べや処分については、全て、連邦軍に任せるので引き取りに来るよう、要請付きで。損害に対する補償もヨロシク。と、追伸も付いていた。

 星系外で、星域封鎖を担っていたウオルター艦隊が担当し、その日のうちに引き取りを行ったのだった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 第三艦隊本部執務室で報告を受けたディーアモント少々は、姫野グループ防衛艦隊の艦艇二十五艇全てが小破以上の被害を受けた事に満足していた。内訳は、小破十、中破十、大破五。

 地上施設への被害が軽微であった事には不満が残るが、たった一艦の戦艦、それも、宙賊ごときが操艦しての戦果としては、充分と言える。

 知らぬ間に、実家側で何やら謀を行っていたのは驚いたが、特に問題となる様な証拠は残していない様だ。この結果があれば、あの兄もしばらくは大人しくしてくれるだろう。破壊だけが被害を与える方法ではないのだ。業務が滞る程度の妨害工作でも充分な損害を与える事は出来る。そう考えていた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 西暦二千百十一年二月五日。昨日から泊まり込んで、情報処理を続けていたまゆであったが、主立った情報が途切れ、事務的な処理で片付く種の情報がほとんどを占めるに至ったタイミングで仮眠を取り、今し方起床した所である。相棒のキティは未だ仮眠中。

 ちょうど、其処にもたらされた情報は、連邦政府が管理運営するセントラルサーバーと同等以上のセキュリティを誇ると噂される、姫野グループ本部ビルのマスターシステムに、侵入を果たした存在が現れたという物であった。

 因みに、ルナとルアンのペアは、飛び込みの仕事でお出かけ中。信二は本日も会議で不在。

「システムのアップデートを行った直後? 可能性があるとして、普通、その前とか最中とかじゃないの? バグでもあった? 姫野の施設で?」

 そのタイミングの方がまだ、信用出来る。と言った表情のまゆが言葉を漏らす。

「あ? 侵入者は、鹿乃子ちゃんが内包している龍神の分け御霊? 電脳世界が楽しそうで、迷い込んだ? ぼーっと眺めている所を巡回ワクチンに発見されたぁ? なんで神様がクラッキングしてんの? 今時の神様って、電脳世界でも活動出来るって? 何、その無敵っぷり。冗談…じゃ無いのね。此」

 続いた報告に、机に突っ伏したまゆ。

 その後も、龍神の加護を多数のメンバーが得たなどと言う信じがたい報告などももたらされる。

「何なのよ…此のチート少女…」

 その常軌を逸した情報の数々に、情報の正確さを熟知している立場上、只、呆れるしかなく、その日、その後も、やれ、一部、加護を跳ね返しただの、今日初めてテレポートを覚えた鹿乃子が、いきなり一万キロを超えて惑星上でテレポートを成功させただの、続々ともたらされる新たな情報の処理に追い立てられて、疲れ果てたのだった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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