第3話 ある第一艦隊特務機関の一日 またまた

 星歴二千百十一年。天の川銀河連邦本部太陽系の基準時刻が新年を迎えた瞬間、此所、銀河連邦宇宙軍第一艦隊本部の人工惑星各部署で「HAPPY NEW YEAR」の声と共に、紙吹雪が宙に舞った。

 色とりどりのパーティー用はもちろん、クラッカーから放たれたもの、廃棄処理を待つ書類やチラシ、新聞紙など、手近な髪という紙が空中を舞う。もちろん、決済が済んでいない請求書や未対応の依頼書、書きかけの始末書などは含まれていない。筈である。多分。おそらくは…

 通常の惑星系にある各種族の行政府では、惑星の自転に応じた時刻設定があり、早い地域では十二時間前に新年を迎えている。しかし、此の人工惑星は直径五千キロの球形巨大ステーションであり、球体内部に活動空間が存在しているため、全ての部署が同一の時間帯で行動しており、たった今、年明けを迎えた所なのである。

 あちらこちらで握手を交わし、抱き合って新年を迎えた喜びに沸き立っている一同は、そのほとんどが、此の馬鹿騒ぎのためだけに集まった非番のメンバーだ。年末は、慣習として家族や親しい仲間通しで過ごすことが一般的な此の世界。ほとんどの部署で必要最小限の人員を残し、一月一日に掛けての二日間は、休日となっているはずなのだ。しかし、何故かほぼ全員が自分の所属する職場で年を越した後、歓楽施設やショッピング街へと繰り出していくのが通例となっていた。そして、運悪く当直くじを引いてしまった同僚に、食べ物や酩酊成分を含まないドリンクを大量に手渡して夫々の目的地へと散っていくのだった。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 そんな人工惑星の最外殻階層、緊急度の高い、又、緊急出動が多い部署が集められている層である此の階層の一角に、特務機関の事務処理兼待機ルームがあった。部屋の中に人影は五つ。一つは此の部署の隊長である秋山信二上級大将。自分の執務デスクに座ったまま。目の前で展開されているドタバタを面白そうに眺めている。

 その視線の先、信二のデスク横に用意された、来客対応兼、隊員の休憩スペースに於いて、鮮やかなブルーグリーンの髪を持つ女性が、黒髪ショートカットの女性に頭をつかまれて、更にその両サイドでは、やはり鮮やかな緑がかったブルーの髪を持つ女性と、オレンジが少し混じったブロンドをポニーテールにした女性が、先の二人を指さし爆笑して騒いでいる所であった。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「せっかく全部書き終えた所だったのにー。キティーの大お馬鹿ー!!」

「「あはははははははははははははははははははは」」

 大騒ぎだった。

 頭をつかまれてわめいている女性、ブルーグリーンの長髪を、いつもはポニーテールに纏めているのだが、今日は降ろしたまま。腰の近くまで届く長さがある。耳が笹の葉のように長く尖っており、目も猫のような縦長の瞳孔が目を引く。既に滅びた文明の生き残りで猫が進化したシャリエティプスという種族。身長百七十五センチ登録年齢二十三歳。名をキティ・キャット・シャリエティプスという大佐待遇軍属の隊員。

 掴んでいる方はテラ星系モンゴロイドで黒髪濃茶の瞳の女性。身長百五十八センチと小柄で童顔。十六、七歳に見えるが登録年齢二十二歳。キティを掴む右腕は高性能な義手で、トン単位の握力を持っているが、ぎりぎり痛い当たりでコントロールされているようだ。名を姫野まゆ。大将待遇軍属の隊員。

 指さし爆笑中の一人。緑がかったブルーの髪を持つ女性は、ルナ・キャット・シャリエティプスという名の大佐待遇軍属。キティ同様シャリエティプス種の生き残りで、登録年齢二十六歳。百八十センチの長身で耳と目はキティ同様の見た目。

 残る一人はオレンジが差したブロンドの髪をポニーテールに纏めた十五歳ほどに見える少女。目は大きくクリッとしていて童顔。身長は百四十五センチ。登録年齢十七歳。少将待遇軍属で、実はキティの操艦技術を指導した師匠。現在の天の川銀河で恐らく、最高の操艦技術を持つ女性である。但し性格にやや難有りの事故物件。大将待遇でもおかしくない経歴を持ちながら少将待遇の理由がそれである。名をルアン・ルアーブルという。

 事は単純。年末の仕事でキティがやらかしたあれやこれやに対する始末書を、年末待機のハズレくじを引いたルナに、話し相手にと引っ張り出されたまゆがせっせと処理。厚さが五センチにも為ろうかという紙の束をやっと全て処理し終えてキティに手渡し、秋山隊長へと提出に行かせた矢先に新年の時報。周りの騒ぎに同調したキティが手にした紙の束を放り投げたのは止める暇もあらばこそ。紙吹雪や不要書類と渾然一体となった始末書は辺り一帯にまき散らされて踏み散らされた。騒ぎが収まって慌てて始末書を集めようとしたまゆだったが、あちらこちらの目的地へと繰り出した休暇組と入れ替わりにベースキーパーと呼ばれるステーションやコロニー用のお掃除ドローンが大量にやって来て、あっという間に床の紙屑他を集めてしまう。慌てて近くの紙束のいくつかを確保したまゆではあったものの、残念なことに、その中には目的の始末書は含まれていなかった。信二のデスクの横で、ルアンやルナと談笑していたキティの頭を、でっかい涙を目に湛えたまゆの右手が掴んで、そして現在に至る、と言う訳だった。

 やらかした本人が提出するべき書類であるとは言え、やらかすことが標準搭載のキティに、新年を迎える時刻直前であることを失念して手渡し、提出に向かわせてしまったまゆにも、一Åほどの責任があるかも知れない。が、今回は、ほぼ全ての原因がキティにあるのは間違いないと擁護しておく。

 騒ぎまくる彼女たちを、見ていて飽きない連中だなー等と、仲裁するでもなく、にこやかに眺めつつ考えている信二も、大概な性格をしているのだが。

 四人が騒ぎ疲れ、差し入れのドリンクに手を伸ばした頃に為って、信二のデスクが鋭いアラームを発した。緊急メッセージの着信を知らせる音だった。中身を確認した信二がまゆに向かって言う。

「手伝ってくれたら、今の分提出済みにするけど。乗るか?」

「乗る!!」

 一も二もなく即答。内容の確認もしないで大丈夫かと問いたいのだが…

「よし。ルアン、まゆ。緊急発進スクランブル。まゆのペガサスⅠは通常ドック内からの超光速飛行ワープ発進も許可する」

 ドック内からの緊急ワープ。これは相当な事態だと一瞬、引き受けたことを後悔するまゆ。

 此所で言う、静止状態からのワープ飛行突入は、最新のワープ機関で可能になったまだ市販されていない技術だ。今のところ、まゆ達が使うペガサスⅠとルナ達の使うペガサスⅡだけに搭載されている。此の二機は姫野重工業の実験機であって、実戦稼働テスト中なのである。そして、ワープ飛行に入る際には、メインスラスター、サブスラスターが全開噴射を開始する。その噴射による光の奔流は、長さが一万メートルを超える。スラスターの吐き出す噴射は炎ではなく、タキオン系重粒子の奔流だ。宇宙空間で吐き出す分には、光速で飛び出した後、あっという間にその速度を失い、光とエネルギーを放出しながら蒸発するタキオン粒子だが、他の物質、例えば、空気の主成分である窒素分子であったとしてもぶつかった瞬間に膨大な熱を放出して消滅する。これが、物質で囲まれたドックで行えばどうなるか、辺り一面焼き払われて、最悪爆発炎上となること必至。これを防ぐためには、ドック内部全体を強力なシールドバリアで保護した上で、通常エアシールドで保持されている大気を、全て排出する必要がある。それでも、シールドと反応した熱量で、数百度程度までドック内の温度が上昇する。本当に緊急事態でないと許可は下りない。

「行き先、状況は今来たメールをペガサスⅠ,Ⅱへ転送しておく。まゆ。時間が惜しい。飛んで良いぞ」

 信二の此の発言に、更に後悔の念が強くなるまゆ。しかし、あの始末書の全てと引き換えとなるとやるしかない。心を決め指示を出す。実働隊最高位が彼女だ。指揮権の優先順位は彼女にある。

「じゃあ、とにかくW1xpワープワンで飛び出して十秒でハイパージャンプ。レーン移動中に内容を確認しながら、後は出た所任せだね。コクピットへテレポートする。集まって」

 言葉が終わると同時に四人の姿が部屋から消える。まゆの能力の一つ、テレポーテーションだ。先ほどの信二の発言。「飛んで良い」は、基地内でこれを使って良いという許可だ。非常事態以外通常許可されない。所謂超能力の一つで、遠隔地へと一瞬で移動する能力のことを指す。見通し距離しか移動位しか出来なかったり、テレポート直前のベクトルを保ったままだったり、制約の多い能力ではあるが、まゆの場合、此れ等の制約がほぼ無い。只、精神的に強い疲労感があるため、連続で使いたくはない能力ではある。

 四人で飛んだ先は、ルアンの操縦するペガサスⅡのコクピット。そこにルアンとルナを残し、再度テレポートした先が、まゆとキティ、二人の乗機であるペガサスⅠのコクピット。夫々、専用シートの真上に出現しているので、其の儘シートベルトを締めれば準備が完了する。

 メインジェネレーターの出力を一気に上げてガントリーを解除。ドックの中央へ横滑りさせ、静止する。ドック内スクランブルの指示が出た時点で、ドックに満たされた大気を回収するのを諦めたクルーが、あらかじめエアシールドを開放しドック内の大気を宇宙空間に放出してあったため、直ちに対タキオン奔流用のシールドが展開されゲートにGOサインが点灯、サイン点灯と同時にメインとサブのスラスターを全開に。一瞬でワープ速度に到達。光の帯となって飛び出したペガサスⅠは、早々にハイパージャンプの準備をスタート。きっかり十秒でジャンプアップした。

 ペガサスⅠが発信した直後のドックは、内部に残された熱を排出すべく、エアシールドを再生し大気が充填される作業と並行して、冷房装置が全開状態だった。

 一方、ペガサスⅡはと言えば、此方は元々、今日のスクランブル要員である。スクランブル専用のパイプ状ドックで待機していたため、特に問題は無く出発出来ている。此の専用ドックは、ワープ速度での発進こそ想定外ではあるが、メインスラスターによる加速での発進が想定された頑丈な造りであり、ドック内を大気で満たすようなことは行っていない。直ぐに、次のスクランブル対応の機体が準備されていく。只、作業に当たる隊員の表情は、呆れを通り越して無表情になっていた。

 何故か、と言えば、この日のスクランブル所要時間三十五秒は、歴代最速の三分四十秒をぶっちぎって、単独トップの記録となった為だった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 一方、ペガサスⅠ,Ⅱの機内。転送されたメールを確認した四人が、ハイパーレーンを併走状態にして維持し、互いの船内を通信で繋いで打ち合わせを行っている。

 年末から年始に掛けて、各地で起きる馬鹿騒ぎに乗じた惑星単位で質にとっての人質事件だった。現在進行中で発生直前。重要な星系の警備は拡充されているものの、他は普段通り。寧ろ、待機組の警備や艦体が減ることもあって事件が発生してからの対応が普段より遅くなる位の状況だ。全く無警戒、且つ人口密集度の高い辺境の星系に向けて、衛星軌道から地上を照準して惑星ごと人質にしようと動く一団が有った。これを、事前に阻止したいので協力をとの依頼が、各地の状況を常時監視している情報機関から来たのだった。たまたま引っ掛かった不審な船団を発見して追跡したとのことで、船団の通信を傍聴していて判明。船籍も登録内容もでたらめな不揃いの船団で典型的な辺境の宇宙海賊であった為、直ちに排除が決まった。しかしながら、緊急に動ける艦隊がない上にスクランブル可能な軍艦は火力が心許ない者が多く、近くの重要な星系を警備している第五艦隊から一部を派遣する様に手配中。とりあえず足止めして欲しいと言う内容であった。

 目標とされた惑星の静止軌道に海賊が到着する予想時刻まで後三時間弱。軌道に入られてしまえば、簡単には手が出せなくなってしまうので到着時刻をなんとか遅らせて、第五艦隊を間に合わせたいという事らしい。

 ハイパーレーンは最高速度で移動中。しかし、場所が遠くて到着予定時刻が海賊が惑星に近付く時刻ぎりぎり。しかも、海賊艦隊の構成は、五千メートル級戦艦が一、三千メートル級戦艦が二、千メートル級重巡洋艦が五、五百メートル級軽巡洋艦が十、三百メートル級駆逐艦が二十という大艦隊。対するペガサスはハミングバードクラスという最小型の恒星間宇宙艦で全長二百メートル。搭載しているジェネレーターや火砲は戦艦でも相手取ることが可能とは言え、二艦しか居ない。これは、奇襲して引っかき回すしかないな。という事になった。

 ハイパーレーンを最高速度の光速で移動しつつ、標的とされた哀れな惑星や、駆けつけたパトロール、哨戒艇と言った各所からの情報を纏め、敵艦隊を構成する艦艇の機種を推測して行く。

 小型艦艇は、軍や施設防衛隊などからの払い下げ艦を使い古したもの。民間用の船に砲火器を武装したもの。ジャンク品を寄せ集めてでっち上げたものが大半と思われた。

 中型は、ほとんどがコンテナ船やタンカーの装甲を補強し武装したもの。

 問題は大型の戦艦だが、どうやら中古の軍用艦を横流しで手に入れたものらしい。現役の型番ではないものの、なかなかの火力と防御力が予想された。

「面倒そうだなー。横流しなんかしてくれちゃった人。迷惑行為でギルティだね!」

 キティがプンスカしながらそんなことを騒ぐ。

「いや、横流しの時点でギルティなんだけどね? でっかい方の戦艦、ビームやレーザーが通りにくい装甲じゃなかったかな」

 ネットワークのデーターベースから資料を探しながら、記憶をひっくり返すまゆ。

「そうだよー。小さい方は逆に実弾やミサイル特化な外装だね。」

 すらすら応えるキティ。一度見た物は全て記憶する能力の実力を発揮した瞬間だった。

「後、どっちも主砲が幾つか減ってるよ? 壊れて外しちゃったんじゃないかな?」

「それは助かる。いや、コンシールドに載せ替えたって事は無いよね?」

「ビスやら溶接で蓋しちゃってるっぽいから平気じゃないかな?」

 キティが、自らの記憶と外観の違う部分を指摘する。格納されているんじゃないかというまゆの疑念に拡大した映像から判断したのはルナだった。彼女はキティのような完全記憶の能力は持っていない。代わりに動体視力と反射神経が異常に高い。移動物体の未来予測をする能力もある。此の後どう動くかが何となく察知出来る能力で、集中してる時にはほぼ百パーセントの的中率をたたき出す。担当している砲撃手としては最高の能力と言える。

「Ⅰはこの前の改造でレールカノン積んでるからデカい方を受け持つよ。小さい方はⅡのパルスレーザー主砲なら周波数調整すれば楽に抜けると思うよ」

「一番効果が高いのは、百四十四メガヘルツか千二十四メガヘルツのどっちかだったはずだよー」

 まゆの提案とキティの補足で担当が決定した。

 ペガサスⅠは先日、キティの提案で艦首側にカナード翼を追加した。めったにはないものの、大気圏内での機動を補助するために増設したのだ。その際に、試作品だと言って無理矢理搭載されてしまったのがレールカノンだった。今回初めての使用となる。威力が今ひとつ把握出来ていないまゆだった。

 因みに、此所で言うレールカノンとは、ローレンツ力を利用し弾丸を発射する、レールガンを元に・・改良された実弾を発射する大型砲で、弾速は最高毎秒千キロメートルを越える。口径二百ミリ、長さが千五百ミリの破壊力重視で作られた特殊砲弾は大地に向けて砲撃、着弾した場合、直径数キロメートルのクレーターを穿つ威力がある。

 又、パルスレーザーとは、連続したレーザー光線ではなく、一秒間に数回から数千億回のオンとオフ繰り返す断続的なレーザーのことを言う。別の音波やパターン波でパルスを変調することの出来るタイプも存在し、Ⅱに搭載された物も此方のタイプとなる。光線の熱量で焼き切る通常レーザーに比べ、一瞬の熱量により、材質表面に、蒸気爆発を高速で連続発生させ、熱量と衝撃の相乗効果で破壊するため、効率的な威力を発揮する砲火器である。

「敵艦のシールドは打ち抜けるの?」

 ルナから重要な質問が出た。

「確か、デカい方はデブリ避けの高密度シールドって艦首側にしかないんだよ。側面はミサイル避けのシールドだから秒速十キロを超えれば貫通するよ」

 まゆが説明する。隣でキティが頷いている。

「わたしが受け持つ、小さい方の対ビームシールドは?」

「あの艦の対ビームシールドはパルスレーザーを想定してない時代のものだったはずなの。それに、一回飽和させちゃえば、もう一度シールド展開するのにものすごく時間が掛かるはずだから、その前に止めることが出来るんじゃないかな」

 と、会話が続く。

 艦載用のパルスレーザー砲は制御と構造が複雑で高額、且つ操作が複雑なため、あまり普及していない。普及し出したばかりとも言える。設計自体がかなり古い艦船では。パルスレーザーに対応出来るタイプのシールドがない。そして致命的なのが、一旦シールドが破壊されてしまうと、過負荷でシールドジェネレーターの保護回路が働いてしまう。再起動には、型が古いほど長時間の冷却を必要とする。その間のシールド展開が出来なくなってしまうのだ。シールドジェネレーターを複数搭載した艦船も存在したが、今回の相手はそれには該当していなかった。

「周りの邪魔なのは手当たり次第で良いんだよね?」

「良いけど、これ、ホントなら君がリーダーでわたし達はお手伝いだよね?」

 ルアンの問いかけにもまゆが応える。

 本来、彼女たちは本日非番だ。 答えだけでなく抗議も含まれていた。

「いやいやいや。大将閣下に従いますよ」

「ルアン! こんな時だけ。よし。じゃあ周りの邪魔者は全部君に任すよ。命令ね」

 階級を盾にするルアンに雑務の一切を押しつけ、命令にするまゆ。

「いや? わたし、軍属! 命令に従う必要ないよね?」

「残念ー。作戦行動中は軍人扱いですー」

 その通りで、作戦行動が始まってからは上官の命令が優先される。特攻命令に対しては拒否権がある分、軍人よりはマシかも知れないが。

「しまったー!」

 嘆きの叫びを上げるルアン。しかし、時既に遅しだった。

 現在の情報で立てられる作戦なんぞ、こんなものだろうと適当な所で切り上げた四人。現時点では、外観や挙動からでっち上げた全てが推論の作戦なのだ。結局は突撃して見て、行き当たりばったりの出たとこ勝負と結論づけて、ハイパージャンプの残り時間は夫々ノンビリくつろいで過ごすことになった。緊張したまま過ごすより精神疲労的に良い選択とは言え、それで良いのか? と声を大にして問い詰めたい。

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 やがて、タッチダウンまで後数分となり、タッチダウン後の行動に合わせた準備を始める四人。

 まゆはレールカノンにエネルギーチャージを行い、タッチダウンと同時に発射するよう自動制御の設定を。

 ルナも同様に、パルスレーザー砲のチャージと周波数の自動調整をプログラムして、タッチダウン直後に二門の主砲から二種類の周波数で全開出力による砲撃が行われるよう設定を。

 キティとルアンは、タッチダウンする座標とベクトルを、夫々が受け持つ敵戦艦の横っ腹に合わせ、タッチダウン直後からワープフィールドが再生する僅かな時間に夫々一度目の攻撃を行い、直後、反転して、第二次攻撃以降の足止め戦闘用に出力やワープ機関の設定などを行っている。

 大まかな予定として、W1xpでワープ状態の儘ハイパージャンプしている関係で、ワープ機関を切っていない今の状況からタッチダウンを行うと、ハイパーレンでは維持出来なくなるため、現在消失しているワープフィールドが、通常空間に出現直後、再生され包まれて再びワープが開始される。時間にして約一秒弱。

 又、ワープフィールドに包まれている限り、特殊な状況を覗いて、通常空間との接触が出来なくなる。次元が僅かにずれた状態になり、重なった状態で存在出来るようになる為だ。要するに、衝突事故が起こりえない。

 これを利用して、タッチダウンポイントを目標艦の側面に設定。タッチダウンと同時に一度目の攻撃を行い、其の儘ワープで一旦離脱。反転して効果を確認次第、攪乱しての足止め作戦となっている。

 時間となってタッチダウンする。同時にセットした自動攻撃コマンドが夫々の砲を発射。直後にワープに移行して目標戦艦を通り抜けるようにすり抜けて離脱。射程外に出た所でワープアウトし機体を反転。再び、敵艦隊に向けて最大加速を開始すると共に、電子対抗手段E・C・Mによる自機の隠蔽と通信の妨害。加えて、先ほどの攻撃による効果、敵艦隊が見せる反応等の観測を始める。

 結果は上々。未だ、人質として狙われた惑星の静止衛星軌道までかなりの距離を残していた敵艦隊は、最初の一撃で、大型戦艦は加速が停止して慣性により移動しつつも実質は漂流中。小型戦艦の内一隻も煙を吐き出しながらかなり移動速度が鈍っている。周りの追従する巡洋艦クラス以下に至っては、何が起こったのかすら把握出来ず、右往左往している状態であった。

 いや、破損した戦艦二隻に於いても、攻撃を受けたという情報以外、なにも確認出来ない状況にあるようだった。中には闇雲に発砲を開始した艦も居る。E・C・Mが効果を上げたのか、仲間を敵艦と誤認し、同士討ちを始める者まで現れた。

「これ、回り込んで正面から叩いちゃおう。レールカノンでもう一層の小さい戦艦のシールドを砕きつつ、大きい戦艦の艦首側兵装叩くから、ルアンは小さい方の動きを止めて。その後はゲートやハッチと兵装を潰しつつ、それ以外の艦を動けなくする。行くよ」

 宣言と同時に一旦惑星側へと回り込み、敵船団の正面から一直線に接近し、残る一艦の無傷な戦艦と、漂流しつつも艦首の砲座が動き始めた大きな戦艦に向けて、レールカノンの砲弾を発射するペガサスⅠ。

 着弾。小さい戦艦のシールドがはじけ飛び、無傷の砲弾が其の儘艦首へ命中。戦艦の前方四分の一が平らにひしゃげる。

「あれ?」

 あまりにもあっけなく砕け散る敵の防御力に、まゆが呆けて首を傾げる。実は、レールカノンの破壊力が異常すぎるだけなのだが、全く思い至らないまゆである。

 同時に、大きな戦艦へも着弾、直径数十メートルの大穴を艦首部分に作ったかと思えば、その穴から炎が噴き出し、数秒後に戦艦自体が巨大な火球へと姿を変える。数秒後、周辺に随行していた幾つかの巡洋艦を巻き込んで消滅、大量のガスと塵を周辺に拡散するのだった。

 直後に、艦首が大破した小型戦艦も、周りの護衛していたと思われる艦艇数艦と共に火球へと姿を変える。

 ペガサスⅠの後方を追従していたペガサスⅡは、攻撃目標が大破した瞬間標的を変え、煙を吐き出す最初の標的を急襲。艦首に大きなダメージを与え、続けて周辺の巡洋艦や駆逐艦へとその矛先を向け加速と減速を巧みに繰り返しつつ、相手を翻弄しながら着実に敵の戦力を減じて行く。

 そして、三十分が過ぎた頃、海賊艦隊はその数を三分の一にまで減らし、全ての艦が動くことも、反撃をすることも出来ない巨大なデブリと化していた。

 更に一時間が経過して、やっと到着した連邦軍艦隊に残された仕事は、漂うデブリと生き残りの海賊を回収することだけであった。

「年明け早々ご苦労さん。教官殿はハズレ籤を引いたって聞いてるんだが、嬢ちゃん達は何故一緒に居るんだ?」

 ウオルター大佐の艦隊だった。彼の言う教官殿とはルアンのこと。操艦手上がりの艦隊司令である彼を、新人時代に教導したのがルアンだったりする。そして、彼の第一艦隊特務機関所属遊撃艦体に最近配備された新造の重巡洋艦は、基本は白。各所に青や赤で割と派手な塗装が為されたままになっている。テスト採用で配備された時の、デモンストレーション用の塗装が為された儘なのだった。ネイビーカラーに塗り替えようとした際に、此の艦が目立っていれば、周囲への警告代わりになって良いんじゃないかとウオルター大佐が止めたのだ。派手な色ながら落ち着いたデザインの塗り分けが、大佐の好みに合致したのではないかとの噂だった。

 そして、似た配色の塗り分けが為された同系統の艦が他に三艦。小隊の旗艦として加わっていた。彼の艦隊は三つの小隊と、艦隊旗艦で一つの遊撃艦隊を組織している。一小隊は重巡一艦、小巡二艦、駆逐艦五艦から構成され、旗艦には三艦の駆逐艦が随行。総数二十八艦構成となる。

 新型が増えた理由は、会議などで大佐の艦に乗艦した部下達から、その居住性の良さから入れ替えの要求が多数上がり、順次入れ替えが決定して反映している為だった。年内に、同一メーカーで統一予定だと大佐から説明を受ける。これまで、戦闘艦の軍への納品実績がほぼ無いメーカーを採用しての実験艦体扱いになるらしい。まゆやルアンの乗るペガサスの製造メーカー、姫野重工業が製造元だった。

 普段は小隊とは別行動が多い大佐も、今回は事が事だけに、全艦隊でやってきたのだったが、結果は前述の通り。

「ベン大佐だー。あけおめー。大佐も貧乏くじだったんだねー」

 キティが空気を読まない挨拶をかます。ベンジャミン・ウオルター大佐の愛称だ。普段から何かと一緒に仕事をすることが多い。気心の知れた…知れすぎた相手だった。

 昨日から今日に掛けては、年末当直籤に当選して、スクランブル待機所に居たため、キティ達と顔を合わせるのは年明け最初である。

「ルアンの暇つぶしに引っ張り出されて、挙げ句、巻き込まれたのよ…」

 仏頂面のまゆが答える。

「おう。キティ嬢ちゃん、おめでとう。って、そりゃ又…災難だったな」

 何かを感じた大佐が無難に応えた。

「でも、おかげで始末書の束五センチ分がチャラになったじゃない」

「わたしね!? 全部一度は書き上げてたの! キティが追加でやらかした結果の書き直しがなくなっただけなのよ!!」

 ルアンの言い訳じみた反論に涙目になって叫ぶまゆ。

「苦労人だな。嬢ちゃん」

「ベンー」

 感極まって泣き始めたまゆ。どうしようとキティとルアンを交互に見やる大佐。

 ルナは一人、我関せずと耳を塞いでいる。そして、

「ウオルター大佐、派遣される予定だった第五艦隊はどうなったんですか?」

 頃合い良しと見たルナが、一番大切な事柄を質問する。依頼メールに拠れば、第五艦隊の一部を派遣する。とされていたはずなのだ。

「陽動が有ったんだとよ。第五艦隊総出で処理する羽目になって手一杯だってんで、艦体単位でスクランブル待機していたウチにお鉢が回ってきたんだよ」

「此所の騒動まで陽動じゃなくて良かったですねぇ」

 はぁ、吐息をはいてルナが愚痴る。

「それと、嬢ちゃん達が本部に居たこともだな。二人の私服ってのは久しぶりに見たぞ」

「「ああ、そう言えば…」」

 まゆとルナが同時に答え、全員の飯線がまゆとキティに集中する。

 飽く迄残務処理と話し相手の予定だったため、二人は私服で執務室に居た。そして、その儘飛び出して来たのだった。

「戦艦頼みのへっぽこさん達で良かったねぇ」

 とキティが言えば、

「いつもの高機動が必要な相手だったら、今頃痣だらけだったね」

 ほっとした表情でまゆが溢す。パイロットスーツも着けずにドッグファイトなど、考えただけでも恐ろしい。と自分の肩を抱きしめるまゆであった。

 耐Gスーツを兼ねた制服兼パイロットスーツを着ていない状況で、いつもの、船内Gが瞬間最大三十を超えるような機動を行えば、痣どころか、骨折、内臓破裂も考えられる筈なのだが。いつもの通り、ゆるーい二人である。

 各艦の艦長同士、そんな愉快な遣り取りを繰り広げている間も、ウオルター大佐の隊員達がせっせと残骸やら海賊やらを拾い集めていた。そして、艦隊の全能力をゴミ拾いに向けた結果、辺り一帯を漂う元海賊艦隊が綺麗に掃除されたのはわずか一時間の後であった。

 敵海賊艦隊全滅。連邦軍特務機関艦隊無傷。あまりにも一方的な結末であった。

 そして、本部へと帰ってきた現在。ウオルター大佐は報告書を纏めるために事務処理におわれていた。

 まゆは、帰りにキティがやらかしたドック内タッチダウンに関する始末書、多数を涙目で処理していた。

 ルアンは、キティの真似をしてやらかしたドック内タッチダウンに関する始末書、多数を自ら涙目になって処理していた。

 ルナは、そんなルアンの横に厳しい目つきで陣取っていた。手には何故かハリセンを持っている。

 キティはソファに寝転んで笑っていた。

 秋山隊長は、愉快そうにそんな事務室を眺めていた。

 今日も平穏な特務機関の日常風景であった。

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