第13話『冷血卿』
「テオ、おそらくその印は一生残るわよ。覚悟はいい?……ん。……汝、我を主と認めるならば応えよ。真名を刻まれし隷属の証を示せ」
…………ん?
待って待って!隷属の証って何!?怖いんですけど?いやでもそうか、召喚主と被召喚者なら上下関係は明白だ。俺の中で歴代最強を誇るデーモンくんだって、アーデに片膝ついてたしな。
俺が焦ったり納得したりしていると。突然、首筋が燃えるように熱くなった。火傷確定だ。熱い。さすがに熱すぎる。
「熱っつ!!!!」
思わず声が出てしまうくらい熱い。焼きゴテでも押し付けられてる感じだ……!
俺は契約の印のことなんか忘れて、痛みにのたうち回った。
なんでも、幸福に感じる時間は体感時間が短く、逆に苦痛に感じる時間は長いんだそうだ。いやいや、それにしたって長すぎる。
それとも痛みのピークはすでに過ぎていて、その感覚だけが残っているのか?火傷なんかはその典型だ。強い痛みを感じるのは、負傷したその時だけじゃないらしい。
首の熱さを誤魔化そうと、どうでも良いことをひたすらに考えていると。
長い長い根性焼きタイムが、ようやく終了した。ヒリヒリとまだ痛む首筋を、三人が覗き込んで沈黙している。
「どんなのが出たんだ?」
パウルが唇を震わせながら、アーデの方を見る。一体何が出たんだ?早く教えてくれ!
「アーデルハイト・フォン・ディアドラ……様」
イツカはそう呟くと、パウルとふたりで跪いた。頭を垂れるその先には、困ったような表情で銀髪をいじるアーデの姿。
状況がよく理解できない。アーデルハイトさん?アーデの本名っぽいな。どうやら俺の首筋には、彼女の名前が焼印されているらしい。
別にそれはいいんだ。さっき残るって言われてたしな。なにより俺が精神異常者じゃないって堂々と宣言できる。そのことが嬉しかった。いや、消えないのは少し困るか。
そんなことを考えて突っ立っていると、パウルが俺の服を掴んで、必死な表情で耳打ちしてきた。
「何してんだテオ、さっさと跪けって!この御方は、ここを治めるディアドラ辺境伯の御令嬢だぞ!」
◇
ディアドラ辺境伯。城塞都市エリゥを含めた、ここエスメラルダ神聖帝国の最北端。その護りは強力で、今まで侵略者を生きて帰した事が無いそうだ。
そのあまりの無慈悲さに付けられた渾名が『冷血卿』。ここ一帯を治める有力貴族だ。
その辺境伯の娘がアーデだって……?
俺はパウルの言葉に従って片膝をつく。
「頭を上げなさい、私はそのような関係を望まない。……ホントに、もう普通にしていいから。やめてよ」
アーデの言葉で俺たちは顔を上げた。
「いえ、アーデルハイト様——」
「やめてったら。こういうのが嫌で冒険者をやってんの。分かってよ!」
イツカを遮ってアーデが叫ぶ。
この世界において、貴族と平民の身分差は絶対的だ。言葉を交わすことはおろか、視線を合わせることすら忌避される。そもそも貴族の娘が冒険者をするなんて、普通認められるのか……?
「アーデルハイト様、貴女が望もうと、私どもはそうはいかないのです。御当主様が知ったら何とおっしゃるか」
パウル……。その言葉を聞いたアーデは俯いてしまった。気持ちは分かる。どういう経緯で冒険者になったかは知らないけど、一緒に冒険する仲間なんだ。他人行儀にされたら辛いに決まってる。
しかし彼女の生まれ持った、いや持たされた立場がそれを許さないんだろう。本来ならば、社交ダンスでも踊って政略結婚させられるのが貴族令嬢の唯一、歩むことの許される生き方だ。
アーデはそれを望まない。しかし彼女が嫌だと言ったところでどうなる?
イツカとパウルの態度だって、平民としての常識を貫いているに過ぎない。おそらくは俺もそうするべきだ。
……このままじゃ、間違いなくパーティが立ち行かなくなる。解決する方法は一つしか思い浮かばない。あまり良い案だとは思えないが、とりあえず俺は口を開く事にした。
「アーデ。よく聞いてくれ。みんなでディアドラ辺境伯の屋敷へ行こう」
「……え?」
「お父さんの許しがあれば、二人とも普通に話せるようになるんじゃないか?今までみたいにさ」
仲間という立場を公認されれば、変にかしこまる必要もないと思うんだ。かの冷血卿がそれを許すかは断言できないが。
けどアーデは現に、冒険者として生活している。いくら冷血卿と言ったって、大賛成とまでは行かなくても黙認くらいはしてるはずだ。分の悪い賭けだとは思うが、父親に直談判するくらいしか選択肢は無いと思う。
「……分かったわ。二人はそれでいい?」
「……御意」
「仰せのままに」
二人の同意は貰えたが。このお返事は……いただけない。逆に、普段通りに話す俺が非難の目で睨まれてしまっている。
平民にあるまじき態度って奴かな。非常に居心地が悪い。
このまま移動するの、嫌だなぁ…………。
◇
俺たちは宿へ戻らなかった。ギルドでゴーレムを倒した報告を済ませ、その足でディアドラ領主の屋敷へと向かった。俺が初めてこの街へやってきた時に強く印象に残った、あの尖塔のある場所だ。
……つまりアーデは屋敷のすぐそばで冒険者活動をしていたという事だ。遠方の地でギルド登録をしないってことは、そこまで親子関係は悪くないのかな?これじゃまるでプチ家出だ。俺は楽観的に考えようとした。
しかし、道中の空気は最悪だった。誰ひとりとして必要以上の会話はしなかった。なにより悲しかったのは、必死こいて手に入れた魔石を、辺境伯に挨拶代わりに献上しなきゃならなくなったことだった。
まあ。倒したゴーレムの半分はアーデの手柄だったし、クエストの達成報酬はエルダーゴーレムの乱入で割増になったからみんな納得はした。
むしろ魔石はどうでもいい。冷血卿からの印象が良くなるならそれに越したことはない。提案したのは俺だけど、誰が好き好んで、クッソ怖い蛮族狩りおじさんとお話しなきゃならないんだ?ただただ憂鬱だった。
そして、楽しく談笑するのが俺たちの目標って訳じゃない。アーデの冒険者としての生活。これを公認してもらう。黙認じゃ駄目だ。それさえ認めてもらえれば、パウルとイツカの態度だって元に戻るはずだ。
無言の行進はやがて終わった。領主の住まう、尖塔が中央に鎮座した立派な屋敷が見えてくる。番兵がアーデの姿を見て腰を抜かした。
「アーデルハイト様!?ど、どうなさったのですか……?」
「ただの帰省。嫌だったかしら?……お父様はいらっしゃる?」
「め、滅相もございません!……はい、ご在宅です。さ、こちらへ」
あたふたする番兵を尻目に、俺たちは中へと案内された。屋敷内の景観は見事だったと思う。しかし緊張のせいで、景色を楽しむ余裕なんて少しもなかった。
長い長い廊下を歩いた先。ついに執務室の前までやって来た。辺境伯はこの中に居るのだろう。使用人が恭しく扉を開け、俺たちは中へと進んだ。
「まずはご苦労。馬鹿娘を連れてきたこと、感謝しよう」
重々しく告げる、部屋の主の表情は硬い。何より目に付くのは、引き締まった頬と礼服に包まれたがっしりとした身体。俺は一目で理解した。やはり武闘派らしい。
白髪交じりの短髪は丹念にまとめられており、眼鏡の下で光る目つきは鋭い。視線だけで人ひとり殺せてしまいそうだ。
「ディアドラ家当主。ケネス・フォン・ディアドラである」
この男が、冷血卿…………!
拝啓、エスメラルダより 海老名 点睛 @Ebiten1995
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