第8話『ジャックポット』
俺とイツカは、パーティを組んでちょうど三ヶ月目の日を立ち合いの期日に選んだ。
場所は俺たちのマイホーム。
安宿『ビバリーばあちゃん』の、背の高い雑草がぼうぼうと生え散らかった庭。
手狭だが、それでも一対一で木剣を振り回すには十分な広さがある。何より俺が朝晩素振りをこなす定番の場所だ。
間違ってもどこかに剣をぶち当てるような心配はない。
「とうとうこの日がやってきたな。モンスター討伐で実力はさんざん見てきたが、それなりに見れる試合にはなるんじゃねえの?あとテオ、終わったらカイロ代わり頼むな〜」
酒瓶を片手にくっちゃべるパウル。クエストが休みになったのを良いことに、こいつは昼間っからの酒盛りを決め込んだらしい。
……人を暖房器具扱いするんじゃねえ!
「テオー!ググーっとゾゾゾー!いけー!」
理解不能の暗号を叫びながらワンドを振り回すアーデ。未だに擬音の謎は解明されていない。
残念ながら、魔力操作の訓練は進歩がなかった。この立ち合いじゃ使えないだろうな。
「何だよ、みんなテオ贔屓じゃないか?こいつは妬けるね」
余裕綽々といった感じで木剣を担ぐイツカ。
こうして対峙してみると、ただでさえ大柄なイツカが、普段より大きく見える。これが、歴戦の気迫なのか?
正直、勝てるビジョンが全く見えない。嬉しいことに、俺は相手の技量を見定められるくらいの実力はついたらしい。
現段階で目の前の男にどこまで食らいつけるか試してみようじゃないか。イツカを睨んだ俺は、木剣を中段に構えた。
◇
イツカとの立ち合いが始まった。しかし俺は動けない。
一見隙だらけにも見える革鎧の戦士は、半歩近づいただけで俺をひと振りで斬り捨ててしまうだろう。
そんな確信めいた予感があった。彼の間合いを目前にして俺はしばらく攻めあぐねた。
「うん、半分正解だ。次はこっちからいこう」
処刑宣告に近しい言葉を聞いたかと思うと、イツカはすでに間合いを詰めて剣を振っていた。
ひと呼吸遅れて脳天に衝撃を受けた俺は、早々に意識を手放した。
◇
「試合にもならなかったな、これじゃ俺の大損じゃねーか。ほらよアーデ、賭け金だ……。
目覚まし代わりに聞いたのはパウルの回復魔法の詠唱だった。
……賭け金?
「毎度ありー!いやぁ悪いねえ、パウル?ひと儲けさせてもらってさ」
ホクホク顔で銀貨を受け取るアーデ。こいつら賭けてたのかよ!道理で盛り上がってた訳だ。
「見世物じゃない。勝ち負けで賭けなんかすんなよ」
俺は抗議した。
「オイオイ、勝ち負けな訳ねーだろ。お前が勝つなんて大穴も良いとこだ。俺は何発か耐えるって結果に銀貨十枚」
「あたしは一発KOに十枚。大当たり〜!ってね。んふふ」
「それにピンピンに治してやったんだ。これくらいはやらせろよ」
予想以上に悲しくなってくるベットだ。これでも剣をぶつけ合うくらいは想定してたんだが。
「なに、まだまだ腕は上がるさ。まずは反省会だな」
ひっくり返った俺を起こそうと手を伸ばすイツカ。俺は差し出された手を掴み、ふらつきながら起き上がった。
「ありがとう。半分正解って?」
賭けのことは捨て置いて、立ち合いの反省をしよう。こうなったら意地でも腕を上げてやる。
「格上とやるなら基本的に先手は譲れ。ここまではテオも正解だ。相手からしたら、お前の隙だらけの攻撃なんて良いカモだ」
俺は頷く。俺が先手を打てなかったのもそこだ。まあ俺の場合、動かなかったんじゃなく動けなかったんだが。
半分正解ってのはそういうことか。
「改善点はいくらでもあるが、一番は相手の動きをまるで読めてないとこだな。踏み込みの時、俺がどっちの足を前に出したか覚えてるか?」
「……いいや。全く見てなかった」
「相手の気迫に呑み込まれるな、テオ。よく観察するんだ。何か動作をするってことは、他の何かが出来ないってことなんだ。それは、素人も百戦錬磨の猛者も変わらない」
なるほど。今の俺がイツカに勝つには、カウンターの形で攻撃するしかない。
最低限必要なのは相手の予備動作を見極める観察眼と、剣の軌道を見切る予測能力だ。
「少し分かった気がする。もう一回付き合ってくれないか」
観察眼は立ち合いの経験値を積んで、少しずつ養う他ない。剣の見切りも同じこと。
せっかく凄腕が近くにいるんだ、盗み放題じゃないか。
俺の言葉を聞いてイツカが獰猛に笑う。こえーよ。
「元からそのつもりだ。今日は動けなくなるまでやるぞ、覚悟してくれ。これから夜の素振りは立ち合いに変えよう。一歩ステップアップだな」
その日俺が気を失ったのは、最初のも含めて三十回以上。
何度も回復役をやらされたパウルは不満たらたらといった感じだった。
ありがとな、無茶な修行が出来るのもパウルのおかげさ。
◇
宣言通り、イツカと俺は夜中の立ち合いをひたすら繰り返した。
剣を打ち合うのは、スライム相手に剣を振り下ろす作業とは別物の感覚だった。
対人戦に不慣れな俺は戸惑ったものの、それでも辛抱強く付き合ってくれるイツカの足捌きを、構えを、剣筋を。俺は必死に盗んだ。
立ち合いを続けるうちに気絶するまでの間隔は、どんどん広がっていった。
残念なことに、それに比例してアーデとパウルの賭けも白熱していった。白熱しなくて良いから。
◇
季節は目まぐるしく過ぎていき、イツカに一撃入れることが出来たのは辺りに新緑が芽吹いた頃だった。
「よく頑張ったな、テオ。ここまで出来たんだ。免許皆伝とは言わないが、剣士って名乗るくらいは許されるだろ」
イツカの言葉に俺は自然と涙腺が緩む。涙目の俺をパウルがいつものように茶化した。
「ド三流から二流くらいにはなったんじゃねえの?良かったな、テオ!やっと俺らもマトモなクエストに行けるってもんよ」
「パウル!アンタねぇ、賭けに勝ったからって調子に乗りすぎじゃないの?……ともかくテオ、おめでとう。これからは魔力操作のほうにも本腰入れてもらうわよ」
二人の労いの言葉が沁みる。けどここがゴールな訳じゃない。むしろやっとスタートラインに立ったんだ。
「みんな、本当にありがとう。改めてよろしく」
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