第9話『第二の石像』

 晴れてスライム狩りを卒業した俺たちは、難易度を上げてさまざまなクエストを受けるようになった。そんなある日のこと。


「今日のクエストはストーンゴーレムの討伐だ。目標は二体、場所は郊外の石切場だとさ。奴らに群れる習性は無い。各個撃破でいこう」


 イツカが依頼書を持ってきた。この世界の書籍によるとゴーレムの体長はおよそ四メートル。魔術で動く不恰好なロボット、というイメージが一番近い。材質も豊富で氷やらマグマやらで出来たゴーレムも存在するらしい。


 俺たちのパーティ構成は以下の通り。大盾で壁役を張るイツカと近接要員の俺が前衛。遠距離攻撃を得意とするアーデが続き、最後方には回復役兼バッファーのパウルが控える。生存重視の堅実な編成だ。


「作戦は単純だな。イツカとテオでちょっかい掛けて、怒り狂うゴーレムさんにアーデの魔法をぶち込む。俺は万一に備えて周囲を警戒しなくちゃな。退路も確保しとこう」


「異論なし、いつも通りね。何の魔法にしよっかなー」


 てきぱきと作戦会議を進めるパーティの面々。手慣れたものだ。気になる事がひとつだけあったので口を挟んだ。


「野営はどうする?あそこの石切場なら往復で二回ぐらいは必要だと思うけど」


 あっ、とイツカが漏らす。何か思い出したみたいだ。


「すまん、伝え忘れてた。行きは馬車を借りていく。代金は報酬から差し引かれるそうだ。節約のために帰り道だけはお外で一泊、って感じだな」


「分かった。それなら荷物も少なくて済む」


 早々に確認を済ませた俺たちは遠征へと乗り出した。



 ◇



 馬車に揺られること四時間。目的地に着いた俺たちは、ひとまず凝り固まった体を伸ばした。


 石切場はゴーレム出現を受けたギルドの要請により、人払いがされたため無人。

 人がいないのを良いことにゴーレムさんを始めとしたモンスターが居ついてダンジョン化しているようだ。


 これで宝箱でも置いてくれたら攻略のやる気も上がるんだが、この世界じゃそんなサービスは存在しないらしい。ちょっとレアな魔石を落とすだけ良しとしよう。


「“火球”(ファイアボール)」


 アーデの撃ち出したほのおの塊は易々とゴブリンの集団を吹き飛ばす。さすが師匠だ。かろうじて生き残った数匹はパウルが容赦なく叩き潰した。お前後衛じゃん。何やってんの?


「おらよッ!……ふぃー、やっぱ聖杖メイスは最高だぜ」


 ホントに元聖職者か?パウルは帝都にある、イオリア教団本部の所属だったらしい。話を聞くに、人員削減の煽りを受けて左遷。出向先のエリゥの教会も素行不良でクビになったんだとか。


 イオリア聖教は帝国内外に信仰者が多く、勢力を弱めるような不祥事も聞かない。

 わざわざ縮小する必要性もないと思うんだが、まあコイツのことだ。適当に理由つけられて放り出されたんだろ。


 俺は思考を中断して無心に剣を振るった。盾持ちゴブリンの攻撃を弾き、お留守になった喉元をぐ。不快な断末魔を上げたソイツは緑の血を吹き出して倒れた。


「よっ、剣士テオ!敵将討ち取ったり〜!ってな。ゴーレムさんもソロで余裕じゃね?」


「敵将じゃないだろ、今の。ゴーレムさんとのタイマンはパウルに譲るよ」


 軽口を叩く余裕まで出てきた。なんか冒険者の会話って感じで……良い。俺たちは順調に進み、早くもダンジョンの最奥へと足を運んだ。



 ◇



 ゴーレムさんは、石切場の一番奥で俺たちを待ち受けていた。……のだが、想定よりデカい。いやデカすぎる。棒立ちのソイツは十メートルを優に超えていた。


「マズイな。エルダーゴーレムだ」


 イツカがいつになく焦った声で呟く。エルダーゴーレムって?


「ゴーレムを喰うゴーレムよ。あたしたちの討伐対象はコイツのおやつになっちゃったって訳」


 ゴーレムという単語を聞きすぎてゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。

 アーデの言葉を聞いて周囲を見回すと。確かにストーンゴーレム達の残骸が辺りに転がっていた。こらこら、食べ散らかしちゃダメだろ。


『アオォォォォオオン!!!』

 お食事を邪魔されたエルダーゴーレムが吠えた。うるせえ。初号機かよ。


「丁度いい。共喰いでも魔石は落とすんだろ?デカブツを狩りゃ三つも売れるんだ、俺はやるぜ」


「あたしも賛成。やる事は変わらないんだもの、楽勝よ」


 パウルとアーデはやる気だ。マジで?俺はイツカの様子を伺う。


「了解。テオ、いけるか?……大丈夫そうだな」


 え、やるの?大丈夫じゃねーよ、イツカも焦ってただろ!こっちは普通のゴーレムともやり合ってないんですけど?


 非常に不本意ながら、エルダーゴーレムとの戦いが始まってしまった。



 ◇



 ゴーレムさんとの戦いが始まった。俺とイツカがエルダーゴーレムの足元に躍り出る。いざ目の前にするとやっぱりデカい。足の裏の面積だけでも一人暮らし出来てしまいそうな巨大さだ。


 ゴーレムの動きは緩慢だが、その動きを俺たちが止めることなんて出来ない。コイツは蟻を踏みつぶす要領で足を振り上げた。


「テオ、下がれ!」


 大盾を掲げたイツカが俺をかばって前に立ち、自由落下する足裏を受け止めようとする。


 鈍い金属音が響いたかと思えば、イツカの足元の地面が大きく窪んだ。石だよ?そこ。馬鹿力もいい加減にしてくれ。


 ゴーレムの攻撃で出来た隙に、俺はヤツのアキレス腱あたりを斬りつける。刃は火花を散らして装甲の上を滑った。


『バオォォオォオオア!!!!』


 くすぐったそうに叫ぶゴーレムさん。こいつ倒せんの?


「流石に重いな……!パウル、頼む」


「最初っからやっときゃ良かったな。大盤振る舞いで行くぜ?“頑強”(ハードニング)“頑強”(ハードニング)“自己再生”(リジェネレート)」


 最前線で耐えるイツカにパウルがありったけのバフを掛ける。その甲斐あって大盾と足裏の均衡が破られた。

 体勢を大きく崩したエルダーゴーレムは、土煙を上げて仰向けに倒れる。


「お次はもちろんこのあたし!“氷鎚”(フロストハンマー)“雷砲”(ボルトバレット)“焔剣”(フランベルジュ)」


「こいつはオマケだ、遠慮なく受け取りな。“光刃”(クラウ・ソラス)」


 色とりどりの魔法がゴーレムの装甲を砕き、出来た隙間に僧侶魔法が突き刺さる。良い連携だ。


「おっと、テオにも華を持たせなきゃな?“貫通”(ペネトレイト)」


「助かった、これならいける!」


 俺はボロボロになったゴーレムの胸部に飛び込む。コア……。あった!

 走る勢いをそのままに、バフが掛かった愛剣をコアに突き立てた。


『ウ、オオォォオオアー!!』

 ゴーレムさん、安らかに眠れ。核を失った鋼の人形は原型を失って崩れ去った。



 ◇



俺たちはエルダーゴーレムが落とした乗用車ほどの大きさの魔石を前に頭を抱えた。


「倒すだけでもキツかったってのに、どうすんだこれ……」


「心配すんなよテオ?アーデの魔法でちょちょいのちょいだろ」


「そんな便利なものじゃ無いわよ。それにアンタだって使ってたじゃない?魔法」


「ま、俺もほんのちょっと、すこーしだけ本気出したからな。魔力もすっからかんさ。変なこと言って悪かったよ。……イツカー、どーするよ?」


俺たちのリーダーは少しの間思案した。


「現実的なのは俺の盾に乗せて引っ張るくらいかな?転がすよりは楽だろ」


ああでもないこうでもないと議論していると。 石切場にひとつの影が飛来した。


轟音を立てて着地した巨体は身長十メートルを優に超えていた。足の大きさだけでも途轍もなく、その広さがあれば十分ひとり暮らしが出来てしまうだろう。


どこか見覚えのある真っ赤に光る目をした鋼鉄の人形が、俺たちを見下ろしていた。


『オオォオォォン!!!!』



…………は?

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