第7話『粘性の恐怖』

 ……へ?


 さっきまでの最高の笑顔はいったい何だったんだ?合格です、良かったね!みたいな表情じゃなかったの??性格悪いんか君???


「……そっか、残念だ」


 最悪の笑顔の意味はともかくとして。


 目の前が真っ暗になるっていうのは、今の俺にはピッタリの表現だった。

 どうやら俺にパーティ加入の資格は無かったらしい。


 さんざん人を騙してきた俺に、ついに報いが来たんだ。

 召喚者を見つけてもいないのに、パーティも組めずにどうやって生きていけばいい?


 これからのことを思って絶望した俺は、ただただ項垂うなだれた。


「……ちょいちょーい?不合格ではあるけど、不採用だなんてひとことも言ってないんだけど?」


 ……どういうことだ?


「とりあえず、調べた結果から伝えるわよ。まず、アンタに欠けてるのは魔力の出力アウトプットに関する才能よ。魔力を魔法という形にして、体の外に撃ち出す能力は全然ないの」


「つまり?」


「魔法を使うのは諦めろってこと」


「じゃあ、どのみち不採用じゃないか」


「話は最後まで聞きなさい。いい?魔力自体はアンタの体の中にちゃーんとあるの。これなら、並の剣士以上に戦える。魔導剣士の素質は十分よ」


 何が言いたいのかよく分からない。魔力があったところで、使えなきゃ意味ないんじゃないのか?


「ごめん、よく分からない」


「大丈夫よ。魔力自体、体内に留められない人がほとんどだもの。気に入ったわ!あたしは出来の悪い弟子だって見捨てない主義なの」


 弟子になった覚えはねーよ。


「アンタに魔法は使えない。けど、魔力を体に流すこと自体は訓練次第で出来るはずよ。アンタのこれは、そんじょそこらの奴には到底マネ出来ない。そういうれっきとした才能なの。極めれば自分の得物にだって、魔力を流せるようになるわ」


 ……おぉ、やっと俺にも理解できた!

 魔力を流すっていうのがピンとこないが、属性付与みたいなものかな?


 せっかく見つけてもらった俺の才能だ、絶対にモノにしてみせる。


「そうそう、条件を一つ増やすわ。あたしはアーデ。正式に弟子になりなさい」


 願ってもないことだ。もともと頼み込んで教えてもらうつもりだったんだ、受けない手はない。


「ありがとう、俺はテオ。よろしく、師匠」


 先ほどまで緊張した面持ちをしていたイツカが安心したように口を開く。


「いやー、話がまとまったようで何よりだ。今日のところはパーティ結成を祝って飲もう。しばらくは軽いクエストをこなしながら、テオの修行だな」


「良かったじゃねえか、盗賊野郎。これからは仲良くやろうぜ?」


 軽口を叩くパウル。こいつはそのうち泣かそう。

 そんなこんなで、俺の鍛錬の日々が始まった。



 ◇



 季節は冬。この地方は雪も降るらしい。積もらない程度に小さな氷の結晶がチラついている。

 召喚者探しは相変わらず進展がない。そもそも自分の異能スキルに関しても、何一つ分かっていない。


 ないものはしょうがない。まずは地力をつけるのが最優先だ。

 パーティを組んでからというもの、一日の流れは大体決まっていた。


 安宿『ビバリーばあちゃん』で目を覚ましたらすぐに、買い直した真剣で素振りを五千回。


 この世界では一般的な刃渡りおよそ七十センチ程の両刃の直剣。


 結局一回も振らなかった 不良品ガラクタに代わり、新たな相棒として握っているのがこいつだ。


 目覚めた時から寝る直前までの時間を共に過ごす、俺だけの武器。響きだけでワクワクしてくる。


 朝食もそこそこにギルドに集合したら、その日のクエストを受注して出発する。

 日によって内容はまちまちだったが、今のところは弱めのモンスターを狩る事が多かった。


 いくら雑魚でも魔石は落とす。安宿を取って生活するだけなら雑魚モンスターの魔石を売った金で十分成り立つ。


 それに元々モンスターの多い地域だからか、雑魚がいなくなってしまうことはなかった。


 いくら弱いといっても最初の頃はスライム一匹倒すのにも命懸けだった。

 奴らはゼリー状の体をかき分けた奥にあるコアを壊さなけりゃ死なない。


 核を壊そうと近づいたとしても、抵抗するスライムに顔をゼリーで覆われてしまえばそのまま窒息死は避けられない。某世界的RPGで雑魚扱いされてるのが不思議なくらいだ。


 スライム相手に何度も死にかけて、パウルの回復魔法にもさんざん世話になった。


 ようやく剣の一振りで核を砕けるようになったのは倒したスライムが二百匹に差し掛かった頃だった。


 イツカいわく。スライムを一撃で狩って初めて、剣の握り方をマスターしたと胸を張って言えるらしい。

 剣の振り方じゃないぜ?初歩の初歩の握り方でだ。剣の道は深いな。


 そんなこんなでクエストを終わらせたら、もう時刻は日没だ。さっさとベッドで横になりたいがそういう訳にもいかない。


 宿に到着したらすぐに、アーデの部屋へ行って魔力操作のお勉強だ。聞いてみると彼女と俺は同い年だそうだ。それもあってか、すぐに打ち解けることができた。


 アーデにとって俺が初めての弟子らしい。ずいぶん期待してくれているようで、かなりやる気に満ち溢れていたのだが……。


 教えてもらう立場で言うのははばかられるが、彼女の魔法は感覚的すぎる。はっきり言って指導には向いていないと思う。


 一番ひどかったのは手のひらに魔力を集める訓練をした時だろうな。


「いい?手にググーっともって来たら、ワーって熱くなるから。あとはそれをゾゾゾーってキープするだけよ。分かった?じゃ、やってみて。……違うちがーう!」


 素の彼女は快活そのものだ。初対面が最悪だった俺からしたら、受ける印象は百八十度違う。仲間の本来の性格が分かって嬉しいものだが、いかんせん教え方が滅茶苦茶なのは勘弁してほしい。


 ゾゾゾーってなんだよ。どんな擬音だよ。どうにもならないので、空いた時間に彼女の本を借りてひたすら読み込んだ。


 魔法を起動させる術式は俺には関係ないだろうから、魔力の操作だけを重点的に学んだ。


 ページを穴が開くほど睨んだところで彼女の感覚論はさっぱり理解できなかったが。


 目に見える成果は出なかったものの、寒い夜には魔力を集中させて手をほんのり暖かく保てるようになった。


 もしかするとアーデが言うところの「ワーって熱くなった状態」は、これをもっと強くしたものかもしれない。


 魔法の特訓を終えたら、寝る前に朝と同じように素振りを五千回。

 寒い日に素振りをするには丁度いい小技暖房器具を手に入れた俺は、痒いところに手が届いたような気分だった。


 これはイツカの受け売りだが。剣の初心者なら一日一万回は素振りをして、手に剣を馴染ませるのが上達への近道なんだそうだ。


 手のひらにいつの間にか出来ていたマメはとっくに潰れて固くなっている。なるほど、これがいわゆる剣ダコか。


 隣の部屋のパウルは素振りの最中にしょっちゅう茶化しに来たが、俺は元々ひとりで黙々と何かをこなせる性分じゃない。

 そういう意味では、なかなか退屈しなくて助かった。酒を飲んだ時だけはうるさくて仕方なかったが。


 ひねくれた奴だが、パウルも不器用なりに俺を応援してくれてるんだと思う。出会いはどうあれ良い仲間たちに恵まれたものだ。


 パーティメンバーに助けられて少しずつ戦う力をつけていった俺は、ついに腕試しをすることになった。

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