第6話『魔導士アーデ』

 腹の探り合いもそこそこに、イツカのパーティへ加入することとなった俺とパウル。

 イツカに連れられた俺たちは、もう一人のメンバーと会うためにギルドへ向かっていた。


「彼女は中々辛口でな。悪い子じゃないんだが」


 歩きながら、イツカが俺たちに話しかける。


「まあ、俺たちが組んだのもひと月前だから、お前たちが特別新入りって訳じゃない。すぐに仲良くできるんじゃないかな」


 そういうことなら俺としてはなんの問題ない。

 持論だが、パーティに限らず集団を作るときは短期間で結成するべきだと思う。


 RPGみたいにひとりずつ段々に仲間が加入するのって、終盤で仲間になるメンバーは気まずかったりしないのかな?

 なんか友達の友達とご飯に行くみたいでしんどそうだ。


 RPGよろしく魔王軍みたいな困難を前にすれば自然と団結できるものなんだろうか?

 そう言えばこの世界では、魔王軍やら魔族やらの噂はまったく聞かない。


 憎き魔王を討ち果たすのじゃ!とか言われないだけ、こっちの方が良いかもしれない。

 そんな下らないことを考えながらギルドの扉を開けると。


 冷たい視線が俺たちに刺さった。


 視線の主は、ひとりの女性だった。身につけた漆黒のローブは、彼女のやや背の高いほっそりとした輪郭を浮き彫りにしている。黒は女を美しく魅せると聞くが、事実だったようだ。


 そしてこれまた黒く、組分けでも始めてくれそうな三角帽子を目深にかぶっている。

 首元で綺麗に切り揃えられた銀髪が帽子の下で揺れていた。


 かたわらには拳大の宝玉がめ込まれたワンドが立て掛けられていた。魔法使いだろうか?

 透き通るほど白く華奢きゃしゃな腕を組んでおり、そのせいで控えめな胸が押し上げられている。


 可憐というより美しさを思わせる顔立ちだが、それが余計に相手に圧迫感を与える。半ば強制的に視線を吸い寄せる紫水晶の瞳は、鈍く輝いていた。

 高貴な出自なのだろうか?俺たちを威圧する仕草すべてに無駄がなく、流麗だ。


 俺とパウルは、刺さる視線にたじろいだ。


 間違いなくこの女性が、イツカの言うもうひとりのメンバーだろう。さっそく彼が声を掛けた。


「連れてきたぞ」


「……問題外。仲間を連れてくるって話だったのよね。どうして厄介事を二つも持ち込むの?イツカ」


 彼女はバッサリと切り捨てる。俺たちが抱いた印象とは裏腹に、思いのほか砕けた口調だった。


 厄介事だってさ。俺たち二人は間違いなく、パーティの爆弾として認識されている。


 これじゃとりつく島もない。懐柔は顔見知りのイツカに任せよう。

 我らが頼みの綱の大男は黙ったまま、彼女の言葉を待った。


 イツカから言葉が出ないと分かった魔法使いは恨めしそうに彼を睨んだあと、魂が抜けて出るんじゃないかってくらいに長く、深いため息をついた。


「はぁ……。そこの不良僧侶は三百歩譲って認めたげる。貴重な回復魔法の使い手だもの。手放す理由はないわ」


「パウルだ。……どうも」


「盗賊もどきは諦めなさい。恨みを買い過ぎよ?……まだ盗賊連中に吊るされてないのが不思議なくらいね。見たところ剣の目利きも出来ないようだし、ド三流じゃない」


 どうやらパウルはお眼鏡に叶ったらしい。良かったな?俺は少しも良くないが。


 盗賊もどきにド三流。彼女の俺に対する評価は、目も当てられないくらいに悲惨なものだった。


 さらに悲しいことに、俺が掴まされたのは粗悪品の剣だったらしい。今さら売ったところでロクな金額にはならないだろうな。


 色々言われるだろうと思ってはいたが、まさかここまでボコボコにこき下ろされるとは……。さすがに凹む。


 だが、自分を売り込まないことには始まらない。


「ご存知頂いてるようで何よりだ。俺はテオ、騙すのは得意なんだ。剣の腕は将来性を買ってくれ」


「騙しの腕なら俺が保証する。前情報がなけりゃ、俺なんか煙に巻かれていただろうさ。剣だって俺が鍛えるんだ、どうとでもなる。目利きに関しては何とも言えないが……。こいつはそのうち化けるぞ」


 よく言うぜ。ただ見破られるならまだしも、俺の嘘を全部見抜いたイツカが言うんだからタチが悪い。


 とはいえ援護射撃は心強かった。ありがたい。


「随分と買われてるようだぜ、盗賊野郎?ハハッ、良かったじゃねえか」


 パウルが横槍を入れる。うるせえよ。


 お前はいいよな?合格貰って堂々と俺に嫌味を言えるんだから。

 視線でパウルに抗議していると、魔法使いが面倒そうに口を開いた。


「アンタがそこまで言うならいいわよ、イツカ。ただし条件付き」


 条件は何だ?パウルと俺は息を呑む。何なんだよコイツ?嫌味言うのか味方すんのかハッキリしろ。


「魔法の適性があれば、認めたげる」


 どうしたものか。人体に魔力が宿る理屈なんて知らない。

 何より、俺のいた世界は魔法なんてファンタジーな物とは無縁だった。


 そんな所からやってきた俺に適性を求めるのはナンセンスじゃないか?……保険をかけよう。


「いや、魔法なら君が本職だろ?俺が使ったところで邪魔になる」


 魔法使いは二度目のため息をついて、俺に語りかけた。


「いーい?剣の鍛錬をほんの数ヶ月やったって、技量でいえば新米兵士になれるかなれないか止まりなの」


「今のアンタは、そのスタートラインにすら立ってない。そんな半人前がパーティに入るなら、魔法を覚えて魔導剣士になったほうがあたしたちの生存率は上がるの。わかる?」


 耳が痛い話だ。正しいのは、間違いなく彼女のほうだ。

 俺は自分の保身のために、不合格になりたくないから喋っただけ。


 目の前の魔法使いは、パーティ全員が生き残るために、俺に魔法を使わせようとしているんだ。


 イツカとの会話で自分を恥じたというのに、俺は未だに自分本位だった。

 そうだ。パーティになるっていうのは、命を預ける仲になるってことじゃないか。


 だからこそ、組む相手を慎重に吟味する。俺が入りたいかどうかじゃない。

 これは俺がパーティにとって、有益かどうかを確かめるのに必要な作業なんだ。


 彼女に等身大の自分を見せるのが、俺に出来る精一杯の誠意だ。受けよう、この条件を。


「分かった。確かめてくれ」


 そうは言ったものの、魔法のの字も知らない俺には何も分からない。彼女の指示に従おう。


「どうやって適性を調べればいい?」


「おでこ出して。……そう。じゃ、始めるわよ」


 魔法使いは熱を測るようにして、俺の額に手を当てた。その状態が、時間にして二十秒ほど続く。


 おそらく魔法の適性を調べてくれてるんだろうが、俺の体には何の変化もなかった。

 うんうん唸っていた彼女は、額から手を離して黙り込んでしまった。


「えっと。……どうかな?」


 押し黙った彼女を不安な気持ちで見守っていると、不意に魔法使いの表情が和らぎ、満面の笑みを浮かべた。かわいい。


「うーん才能ナシ。不合格!」


 ……へ?

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