第5話『僧侶パウル』

 俺に悪い噂が立ち始めているらしい。この状況でパーティメンバーを募るのは絶望的だった。

 しかし幸運にも、俺と同じく訳ありな様子のイツカがパーティに誘ってくれたんだ。


 ここまでは良かったんだが……。


「剣を握ったことがないんだ、俺。多分戦力にはならない」


「安心しろ、剣なら俺が教えるさ。これでも多少の心得はあるんでね」


 イツカは先ほどまでの値踏みするような目ではなく、真っ直ぐな目で俺を見据えている。


 思えば、この世界に来てからだけじゃなく元いた世界でだって人を騙すことしか出来なかった俺だ。


 彼の真摯な目を前にして、自分を恥じる他なかった。

 イツカの想いに応えたい。心からそう思った。


「ありがとう。世話になるよ、イツカ。これからよろしく」


 俺たちは今度こそ手を握り合った。



 ◇



「そうと決まれば、早速メンバーに紹介しよう。それから……。もう一人誘いたい奴がいるんだが、そっちが先だな。この酒場にいるみたいだし都合がいい」


 その言葉を聞いた俺は、辺りを見渡す。


 時間帯もあってか、人気のないここには俺たちの他に、飲んだくれてひとりくだを巻く、残念な僧侶くらいしかいないんだが……。まさかこいつを誘うのか!?


 動揺する俺をよそに、イツカが酒盛り僧侶に近づく。


「昼間から酒か?神様が見たら卒倒しそうだな」


「……うちの主神は神じゃねえ。だ」


 不機嫌そうに返す僧侶の男。修道衣を着崩し、テーブルに足を掛けて酒をあおる姿は聖職者とは程遠い。


 男にしては長めの金髪を後ろで束ねており、鼻筋の通った顔付きは中々の美丈夫だ。

 しかし浮かべる表情は心底生意気で、せっかくの色男が台無しになっている。歳は俺と同じかひとつ下くらいかな?


 ……ん?女神……??まさか。


「そうか、そりゃすまなかった。訂正しよう、卒倒するのは女神様だ」


「卒倒もしねぇだろうよ。何の用だ」


「なぁ、それ……女神エスメラルダか?」


 俺は二人の会話を無視して僧侶に話しかける。最悪の予想が当たらない事を、それこそ神に祈りながら。


 頼む……外れていてくれ。あんなちゃらんぽらんな女神を支えているのがここの主力宗教だとしたら、この世界は泥舟どころの騒ぎじゃないぞ!?


 俺の言葉を聞いた僧侶は不快そうに眉をひそめる。そうだよな、信じてるのがあの女神だなんて……。そんな訳ないよな?


「……俺らの主神の御名みなを、軽々しく口にするだけじゃ飽き足らずに呼び捨てるとはな。どういう了見だ?盗賊野郎」


 やらかした。最高に嬉しくない大当たりだ。


 それどころか、俺の個人的興味のせいで俺たちの印象は最悪だろうな。イツカ、ごめん。

 目の前の飲んだくれは口こそ悪いが、信仰心だけは本物みたいだ。


 ……待て、盗賊野郎って俺のことかよ??とんでもない悪評が広まってないか?


「えーと。彼は遠い異国からやって来たんだ。多少の無礼は許してくれないか」


 フォローを入れてくれるイツカ。本当にごめん。俺のせいだ。


「すまなかった。名前を出さずに信仰する宗教とは知らなかったんだ」


 俺は素直に頭を下げる。僧侶は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「いい。俺だってもう聖職者じゃねえしな」


 驚いた。しかし現役の僧侶なら、昼間から飲んだくれたりはしないか。そんな風に考えを巡らす俺とは反対に、イツカは平然としている。


 これを知ってて話しかけたんだろうな、イツカは。本当に耳が早い。


「そうらしいな。仕事の当てはあるのか?俺たちなら用意できる」


 早速イツカが勧誘に掛かる。


「願ってもない話だが、お前ら冒険者だろ?命をかけてまでやる仕事じゃねえよ。お断りだ」


 そうだろうな。一週間ギルドを眺めていて分かったのは、ヒーラーを全くと言っていいほど見かけなかったことだった。


 RPGの世界じゃ必須級の僧侶職がどこにもいない。が、この世界にも回復魔法が存在しているのは観察していて分かった。なら、どこに使い手がいるかと言えば。


 癒しの魔法による手当ての多くはエリゥの聖教会で行われていた。

 これは俺の予想でしかないが、回復魔法の使い手を教団内にとどめて権威にしてるんだろう。

 そういう事情で、イツカは教団から弾かれたこの男に白羽の矢を立てたという訳だ。


 と、柄にもなく推理をしてみる。大きく外れちゃいないはずだ。


「そう、普通なら断られて当然だよな。しかしどうやら、お前には込み入った事情があるらしい。冒険者の稼ぎなら解決出来るんじゃないか?……パウル」


「……どこまで知ってる」


 パウルと呼ばれた元僧侶の眼光が強まる。それを受けてもイツカはどこ吹く風といった様子だ。


「お前が知ってる以上のことは知らないさ。広めるつもりもない」


「チッ……分かった、組んでやる。でかいのは腕も立ちそうだしな。おい盗賊野郎、お前は使えるんだろうな?……ハッ、心配いらねぇか。死にそうになって大ホラ吹いたらしいな?どうかしてるぜ」


 どこまで噂になってるんだよ……。


 しかし、俺が大嘘ついたのが周りに知られれば、ありもしない遺跡を探し回るような馬鹿はいなくなるだろう。

 その点だけは少し安心した。俺の嘘のせいで冒険者が野垂れ死ぬなんて、目覚めが悪いどころの話じゃない。


「剣はこれから習うんだ。あと盗賊野郎はやめろ。テオだ」


「……よし、取引成立だな。俺はイツカ。俺たちはお前を歓迎するよ、パウル。テオに関しては俺が殺す気で鍛えるから心配ご無用だ」


 聞いてない。聞いてないぞ、イツカ?


 だがパーティを組んで命を預けるんだ、二人からすればそこまでやっても足りないくらいだろう。


「後は仲間を説得するだけなんだが、これが一番大変そうだ」


 イツカがとんでもない事を口走ったような気がするが、聞かなかったことにしよう。

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