第10話 報告
大きな公園の一角にその図書館はある
見事な大木が悠然と立ち並び、真ん中には池があり、近づくと鯉が群れで寄ってくる
綿菓子やホットドックを売る店が何軒かあって、学生の頃は、暖かい日に、その辺のベンチに座って本を読んだり、うたた寝したりするのが好きだった
図書館の中は一階の自動ドアを入って、すぐのところに児童書、子供が靴を脱いで遊べるスペースがある。
そのすぐ隣に雑誌、広いスペースには椅子がたくさん置いてある
壁際にパソコン専用の仕切り付きの机が配置されていて、集中できそうな空間になっている
雑誌の側には漫画やアニメ関係の本も置いてあって、椅子に座って読んでいた人が居眠りをしている時もある
注意されることもないので、とても居心地がいい
二階の奥には持ってきたものを食べられるところがあり、ベランダには大きな木の枝が気持ちよさそうに揺れている
自分はこの場所が本当に好きだった
そして今もやっぱり大好きだ
研究職については、ここ数日ずっとパソコンにかじりついていたし、
焦っても仕方がない
ずっと読みたかった小説を読むことにした
「コーヒーが冷めないうちに」
読み進むうちに、感情移入しすぎて、何度も泣けてくる
小説を読んだのは何年ぶりだろう
喜びで全身が満たされる
閉館時間はPM8:00
腹減ってきたな
6時か…崇に連絡してみるか
いつもの居酒屋に着いたのがPM7:00頃
カウンター席で厨房の人と談笑しながら飲んでいる
相変わらずのコミュ力
「よお!お先にやってる」
「ああ、早かったんだな」
「そりゃお前の話を早く聞きたかったからな!」
「本当かよ、うそくさ…」
店員が注文を取りに来たので、焼き鳥とライム割を頼んだ
「なんか元気になったな!」
崇がビールを一口飲んだ後にそう言った
「うん、いろいろ思うところがあって、お前に報告しとこうと思ってさ
俺たち、いつからの腐れ縁?」
頼んでいた焼き鳥とライム割が目の前に置かれた
「小学校だったような…」
まっすぐに崇の目を見、姿勢を正した
「ほんとずっと、ありがとな…お前のありがたさにもやっと気づけたよ」
かれこれ20年来の幼馴染の友人は、きょとんとしている
「おまえ、大丈夫か?具合悪い?」
ライム割をほんの少し味わってから
「どこも悪くない、いたって健康!」
「俺のありがたみにやっと気づいたか」
崇がニヤニヤとこちらを見ている
ほんと…こういうやつだよ
「元気つうことで、今日はお前のおごりな」
「あー任せろ!吐かない程度にな」
今までの、そしてこれからの彼との交流を考えれば安すぎるくらいだ!
「やった!あらためて乾杯しようぜ」
グラスを合わせる音が心地よく響いた
「で、就職活動はどうなった?」
「おれさあ、お前に言われてから自分のこと本気で考えてみたんだ
わかっているつもりで、よくわかってなかったよ」
俺が頼んだ焼き鳥に勢いよくかぶりつきながら、崇は大きく頷いた
「どんなことをするのが好きか、とかさあ
今日、久しぶりに図書館に行ったんだけど、図書館に行くの好きだったことに気づいて…泣けてきた」
自分は大学を卒業してからいったい何をしてきたんだろう
ほとんど興味の無い仕事を覚え、こなしていく毎日
その間に自分の好き嫌いさえ、どうでもよくなってしまっていた
仕事をした8年間、何に喜びを感じていたのか思い出せない
崇が、生ビールをグイっと飲んで、ダンと大きな音をたててジョッキを置いた
「俺もやった!2年前だ…本気で自分の納得のできる仕事に就こうと思ったんだ」
崇の顔がほんのりと赤い
「それで、何か見つけたのか?」
「まだはっきりとは、わからないんだ…実験とか研究とか好きだけど、何の?って感じだよ」
「そうだな、具体的になればなるほど、あいまいさが許されないからな」
「だよなーまだ霧の中だ」
一口飲んだレモン割が酸っぱく感じた
「追いかけていれば、そのうち答えがやってくるさ、気長にいこうぜ
俺だって、まだ、ほんの少し見え始めたばかりなんだからさ」
焼き鳥を取った瞬間
「そうだ!お前の得意なことって何?」
こいつは何やっても器用にこなすから、何が得意なのかわかりずらい
「俺って器用だから何でもできちゃうだろ!」
ニヤリとしながらこっちを向いた
俺は聞こえないふりをした
「だからこそなんだよな…ほんっとわかりずらくてさ
まあでも、人と話すのが好きだなあってぼんやり思うわけだよ」
「俺と違ってお前コミュ力高いもんな」
「あー外国の人ともしゃべりたいから、語学をやってみてる
英語と中国語とりあえず2か国、そのうちもっと広げるつもり」
「まじか、すげえ…英語なんか何年やってもダメだもんな」
崇は旅行会社に勤めているらしい
二年前転職したんだった…おかげでいいアドバイスをもらえた
語学の勉強をはじめて、もっともっと広げて、いずれは通訳の仕事に就けるよう頑張ると言っていた
あいつも自分の道をしっかりと見つめ、進みたい方向に向かって努力を積み重ねている
俺も頑張らなくちゃ
美味しい酒と食事をたらふくたいらげて、また会おうと言い合い帰路についた
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