第6話 海

認定日になったので、職安へ行った

働いていないことが認定されると、お金を支給してもらえる

帰り道、電車の中でふと、行ってみようか

と思った場所がある


会社へ向かう電車、降りるべき駅から先にあるそこへ

行こう

ずっと行ってみたいと思っていた

休日は寝てばかりだったし、どうしてもというほどでもなかったから

行ってみたことはない


いつも降りていた駅で降りる人を見ても、不思議と羨ましくは

なかった

スーツ姿のサラリーマンを見ても平気になった

相変わらずTシャツとジーンズ、あとは小さなポーチが

腰にぶら下がっているだけだ


ちょっとだけ、ワクワクしながら外を見ていたら、流れる景色

が唐突に海に変わった

近いことは知っていた

海が近いことを頭では理解していたんだ

それでも、実際に広がった海は圧巻だった

夏は通り過ぎ、冬へ向かう頃、平日の真昼間、海にいる人は多くはない


青い空と白い雲、少し冷たさが混ざった風に吹かれている

俺、この先どうなるんだろう…


両親が死んで、一人だけ生き残って

仕事も失くし

やりたいことも探せず

足元からぐらぐらと崩れてゆくようだ

押しつぶされそうな不安がどっかりと

全身を包んでゆくような気がした


俺は真っ暗闇の中に居るのに

この世界はキラキラしているなあ


立っていられず、その場に座り込んだ

太陽の光を全身で浴びながら、打ち寄せる波の音を聞く


体育座りの太腿の間に顔がめり込んでゆく

乾いた砂の上に小さな丸が増えてゆく

あー泣いているのか

両親が死んだときも、会社が倒産した時も、

卒業式の時も、そういえばあまり泣いたことがなかったな


幾層にも重なった悲しみが、涙と一緒にほろほろと零れ落ちてゆく


どれくらいそうしていたんだろう

天上近くにあったお日様が海に近づくころ

「にいちゃん!にいちゃん!大丈夫かい!!具合悪いんかい?」

突然声をかけられ、何も答えられずにいると、その人は俺を無理やり立たせ

ぐいぐい引っ張ってゆく


さっきまで気が付かなかったところに掘っ立て小屋が見えてきた

おばさんらしき人が何人かいる

一番奥に案内され、力なく座り込んだ


「なんも聞かねえから、うまいもん食ってけ」

そう言って連れてきてくれたおばさんは外に出てしまった


よく見ると濡れている人がたくさんいる

ゴーグルらしきものも見える

海女さんかな…

さっきのおばさんは、まだ海から上がったばかりのようだった









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