第2話  近くて遠い

とうに目は覚めている

だがどうにも体が動かない

痛い…筋肉痛…

うとうとしながら、ごろごろしていると

スマホが振動していることに気づいた

「おう、大丈夫か?生きてる?今日駅前の居酒屋に7時に来いよ」

返事を待つこともなく、通話は一方的に切られていた

腐れ縁の幼馴染

なにかと気にかけてくれる、たった一人の友人

林葉 崇

のろのろと身支度をしていると、飼い猫の”にゃん”が足元にすり寄ってきた

エサ、ちゃんとあげてたっけ?!

「俺の仕事は猫にエサやることだけだな」

自嘲的に笑うと、”にゃん”が「にゃっ!」と鳴いた


時計を見ると19時20分と表示されている

居酒屋の引き戸を開けると、威勢のいい店員の声が飛んできた

それを軽く受け流し、来ているはずの友人を探すが

いつもの席にはいない

「オバタ様ですか?」

うなずくと奥にある個室に案内された

正直、友人の気づかいが、とてもありがたかった

「おう!遅かったな」

快活で張りのある声を、久しぶりに聞いた気がした

「ああ、いつも待たされるのは俺の方なのにな」

仕事帰りの友人のスーツ姿に、落ち着かない気持ちになる

今日の自分の格好は、ポロシャツとジーパン

「奢ってくれるのか?」

上目遣いで聞いてみた

「奢ってほしいのか?」

すかさず聞き返され、答えに窮していると、にやにやしながらこっちを見ている

そうゆう奴だったよ

まだ生活には困っていない

貯金もあるし、両親の保険金も手付かずに残っている


「良かったな」

やきとりの入った皿をこちらに寄こしながら、幼馴染の友人がそう言った

「えっ!なんで!」

やきとりを取ろうとした手が一瞬止まった

「だっておまえ前の仕事合ってなかったよな!学生の頃だってもっぱら興味あるのは化学とか物理とか、そっち系だったろ」

学生時代のことなんて、最近は思い出すこともなかった

「いやいや!そんなことないよ!会計の方,そろそろ資格でも、とろうかなって思ってたし…」

「勉強してたのか?」

「いや、まだ…」

友人のにやにやが止まらない

「てっきり化学系の会社に行くと思ってたのに、経理の仕事をするって聞いたときは驚いたよ!なんでだったんだ?」

枝豆をつまみながら、8年前の就活を思い出していた


友人たちが次々と就職を決める中、俺は自分がどんな仕事に就きたいのかわからず,焦っていた

手あたり次第に、さまざまな会社の面接を受けまくった

受かったところに就職すればよいと思っていたのだ

追加のビールを受け取って、おいしそうに飲みながら

「たまたま受かったところに就職したんだろ」

図星だった

「おまえさあ、自分のこと本当にわかってる?」

なんか悔しい、でも言い返せない

「俺は自分のことよくわかってなかったよ」

友人はビールを一口おいしそうに飲んで先を続けた

「最初に入った会社でいろいろあって、結局辞めちまったんだけど、

そのとき痛感したんだ…就職するとき、いや、もっと前から自分はどんな仕事をしたいのか、どうしてもっと真剣に考えてこなかったのかって!自分は何をしたいのか、自分にはどんな仕事が適しているのか!真剣に考えれば、答えはきっとあったはずなのに…でも今からでも遅くない!まずは自分を知ることが先決!ノートを作って好きな食べ物嫌いな食べ物から始まって週末にやったこととか書きまくったんだ!必死だったよ、じぶんを知りたかった、そうしているうちに、今まであやふやだったいろいろなことが、はっきりとわかるようになってきたんだ

やっと、やりたい仕事がおぼろげながら見えてきた!」


とりあえずビールと枝豆の追加注文をした

久しぶりにしたたかに酔っぱらって、いい気持ちで家路についた


崇に言われたことは、はっきりと自分にも当てはまる

俺は自分のことわかっているだろうか?理解するための努力をしただろうか?

頭の中でぐるぐるとそのことばかり考えていた





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