本当の理由

@pirikalua

第1話 登山

登山口に着く前に疲れちまいそうだな

早朝、久しぶりに登山靴を履いたが少し窮屈だった。

やっぱ太ったかな

まだ平坦な山道までの道を歩いているだけなのに息が上がる

昨日雨が降ったせいで道が滑りやすくなっている

見上げた空に雲が少し残っているが、いい天気だ

本格的に山に登るのは何年ぶりだろう

大学時代は暇を見つけてはどこかしらの山を登っていた

サークルに入る気にはなれず、いつも一人登山だった

両親が事故で逝ってしまってからは、いっそう登山にのめりこんだ

大学を卒業してから、もう8年、夏が来れば30になる


歩いているうちに久しぶりの靴にも慣れてきた

登山入口と書かれた看板が見える

木の枠で縁どられている土の階段を登りきると、そこから先は本格的な山道になる

少しずつ緑の香りが濃くなってゆく

運動不足だなあ

息が荒い、いつの間にか汗だくになっている

さっきまで風を冷たく感じていたのに

少し休むか

石が椅子代わりに座れるところに腰を下ろし水筒の水を飲む。

新鮮な空気を吸いながら一週間前のことを、ぼんやりと思い出していた


9時に出勤して18時に帰る

いつものように自分の机の上に積まれた書類に目を通していると

社内放送がかかった

全社員のみなさん、大会議室に集まってください

しわがれた野太い声

誰だろう?

数分考えてやっとわかった

社長だよな・・・

大会議室は名前の通り一番大きな会議室だ。机や椅子がたくさんあったはずだが

今は取り除かれている

だだっ広い空間に、ぞくぞくと社員が集まってくる

総勢二百人あまりか

今さらながら、こんなに社員が居たとわ

正直驚きだ

社長は自らドアを閉めると前方へ進み、マイクを持って話し始めた

「我が社に今日まで、力を尽くしてくれてありがとう

しかし、残念ながら本社は、本日をもって倒産と相なりました

本当に申し訳ない」

社長以下役員重役たちが90度に頭をさげている


課長の禿、目立つなあ

その後どうやって家に帰ったのか、よく覚えていない


汗も落ち着いたので山道に戻った

日頃の運動不足がたたって、すでに体が重いし、足取りもおぼつかない

「お先に行きますねえ」

明らかに自分より年をとっているおばさんが、そう言ってシャンシャンとしっかりした足どりで登って行ってしまった

追い越されると癪に障る

意地でペースをあげて山頂まで一気に登ったが息が上がって吐きそうだ。

追い越していったおばさんが

「よく頑張ったわねえ」

と言いながら水の入ったペットボトルをくれた

ありがたい

ごくごく飲んだ、よく冷えたおいしい水だった

下りは膝ががくがくするし、頑張りすぎてあちこち痛いので早々に家路に着いた

体は重かったけれど、どこかスッキリとして落ち着きが戻ってきた気がする

山に登って良かったと初めて思った








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